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ガリッ、煎餅の破片が頬に落ちてくる。目が覚めると、コンロの膝元に寝転がっていた。
「…おはよう」
「えっ!目ぇ覚めた!?」
人々が戦慄する姿を見た。戦争だった。夢だと気付いた頃には、頭痛に苛まれてその光景が見えなくなった。
「ラッキー、大丈夫!?」
「声、大きいかも…」
「あごめん」
「えと、動けそう?」
コンロの膝の上で横向きに顔をずらす。真正面から至近距離で彼女の顔を見るのはむず痒い。だが、魔法をかけられたのかと勘違いするほどに心地が良かった。
「…もうちょっとだけ」
「いいよ〜私はいつまででも」
「…お取込み中すいません」
顔を赤くしながらシロエが近寄ってきた。何か言いたげな様子をしている。
「お取込み中じゃないって、どうしたの?」
「ラッキーさんがかけられた呪いについて、ロワ様とシェル様が結論をまとめましたので、伝言に参りました」
「二人はどこに?」
「魚の群れが出たとのことで、釣りに」
あいつら俺が倒れたという一大事に、な〜に楽しそうなことしてんだ。ていうかシェルに関してはあの老体でよく出かけようってなるな!
「美味い晩飯食わせるため、らしいよ!」
「あら、そう。あと声でかい」
「ごめん」
「ひゃっ」
冷たい手で、視界が覆われる。コンロは、ラッキーの赤目を隠した。
「目を閉じて、落ち着いて呪いについて話を聞こう」
耳元でそう囁かれる。新手のASMRを布団で聴いているような感覚だ。聴いたことないよ、もちろん。
シロエはこの光景を何かのプレイと勘違いしているのか、恥ずかしそうに目を逸らす。そして、タイミングを見計らって話す。
「まず、動体視力の上昇。これは魔力や発動条件など関係なく適用されています。そして目に魔力を込めると全身にその魔力が力強く流れて、結果的に全身の動きが良くなる。以上が戦闘を見ていたロワ様の見解です」
「めっっっっっちゃ強い、それ」
「溜めたね」
「身体能力を上昇させる魔法は数少ないしコスパが悪い。そもそも戦闘なんて基本肉弾戦なんだから、下手な魔法を一つ覚えるよりも運動神経を上げたり体力を伸ばしたりする方が大事なんだよ」
「俺の身体能力を上げるのは、魔法とかじゃなくて目に送れば全身に自動送還される形になるから…」
「コスパ最強の身体強化魔法ってこと!」
「声でかい」
「ごめんね」
コンロは食いかけの煎餅を、ラッキーの口に突っ込む。焦がし醤油のようないい風味が口に広がり、次に噛みごたえのある食感が脳を揺らす。
「美味い」
「でしょ」
シロエは手を口に当てて赤面する。
「これって…」と言いそうになって口を閉じる。
「間接キスだね!」
音圧のせいで、頭痛が走る。
「声、でかい!」
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二人は小魚をたんまりと持って帰ってきた。雑に捌き、そのまま火にかける。
「塩をかけよう、せめて」
ラッキーは横からザッと塩を浴びさせる。魚の塩焼きが完成した。
「ラッキーさん、目は大丈夫ですか」
「はい、もう」
「ラッキーは料理が上手いから、これからはラッキーが晩御飯担当ね!」
(コンロ様もかなり上達していますよ)
ロワも含め、五人で食卓を囲んでいたが、ラッキー視点では六人だった。シェルの横に、幽霊のような人物が見える。ラッキーは気付いていた。
「…シトエル•オルデンさんはどんな方でした?」
「父は静かな人でしたね」
「見た目とかは?」
「見た目…?髪を後ろでかかっていましたね」
長髪の、優しそうで大人しそうな人。シェルの横に座っている人と同じだった。
「———なるほど」
“ラッキーの目は、過去を見透かせることができる”
理解した。赤眼鳥の呪いは、停滞してきた今を変える。




