16.人間だった魔物
「えっ」
ラッキー、ロワ両者とも固まってしまった。戦争の重要事項であることに間違いはない。
「お喋りはここまで」
(ラッキーさん、構えてください)
「もちろん」
彼の足が、地面を破壊する。走り出しの衝撃で地面が割れたということに気付いたのは、ラッキーが吹き飛ばされた後だった。反射的に出せた幸運魔法で斬撃は防げたが、タイミングがズレたせいで衝撃は緩和することができなかった。
(大丈夫ですか!?)
「もちろん…」
(全然大丈夫じゃなさそう)
ラッキーは緊張のあまり、真空ジェシカ川北やカナメストーン山口のように相槌が一定になっていた。
間髪入れず、彼は接近する。焦げ切った左腕をしならせて短剣を振りかざしている。そのおかげか、短剣の刃先が伸びているように見えた。
多少の浅い傷は負いつつも、ラッキーは避けていた。
(なぜ…?あの速度を追うことなど人間業では…)
ロワはラッキーの紅に染まった目を見た。赤眼鳥の呪い。この効能が功を奏していると理解した。ラッキーはこの事実に薄々気付いていた。
「その目…最初に見た時から分かっていましたが、赤眼鳥の呪いですね」
「だったら?」
「なおさら、あなたは生かしてはおけない」
「焼却魔法」
焦げついた左手から炎が現れた。剣先まで広がった炎を何食わぬ顔で眺めていた。少しの沈黙を挟み、すぐさま戦闘が再開される。
ラッキーが弓を構える前に、剣を振り上げると、その軌道に乗って炎が伸びてくる。
「熱くないのかよ!」
左腕以外に炎を送っていないところから推測するに…こいつの炎耐性は全身に適応されてない。はず。
弓を捨てて機動力を上げる。ラッキーは人間だった魔物から長時間逃げ続けた。反撃の機会を伺いながら。
「逃げてるだけでは、何も得ることは出来ませんよ」
「ふん、逃げてるだけだって?」
洞窟を駆け抜ける。段々と洞窟は、炎に包まれていった。一本道に出た瞬間、ラッキーは足を止めて正面を向いた。そして、思い切りをつけて跳び上がった。
追撃をするように、彼は短剣を前に突き出して、照明代わりに炎を広げた。が、彼の視界にラッキーは映らなかった。
「ここ!」
跳び上がるふりをして、セミのように壁にへばりついていたラッキーは、彼の左腕に向かって何かを投げつけた。
咄嗟に反応した彼は、右腕で”それ”を弾いた。右腕に触れた瞬間に爆発した。
(コンロ様が遠征前に渡していた魔道具「発煙筒」ですか)
「逃げる用の代物だけど…この煙の粒子はかなり荒い。だからこそ粉塵爆発が起こる」
現代知識の暴力。ラッキーの足元に、全身が焦げた魔物が倒れている。
「なんだ今のは…」
「今からこの洞窟を調べ尽くすから分かるだろうけど、教えてくれない?昔の話」
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領土問題で冷戦状態にあった西の一国、東の諸国。お互いに冒険者は粒揃いで、魔物討伐のための交流が盛んだった。そこで、とある冒険者一行により未開拓の山岳が発見された。西側からは貴族のパトラ•アイリッシュという剣士が派遣され、東の諸国からも貴族、王族の魔法使いや槍使いが派遣された。
「私は命を受け、パトラ様の後を追うように現地へ向かった。山岳で赤眼鳥と遭遇したそうだ。パーティメンバーは全員優秀で、英雄になる素質のある者ばかりだった。…戦いの最中、前衛のパトラ様が赤眼鳥の呪いを受けたそうだ」
「なるほど」
(そればっかり…)
「呪いを受けたパトラ様は自我を無くして、パーティメンバーを皆殺しにした」
「え!?」
「これがきっかけで東の諸国は怒りを露わにした。王族を殺されて黙っているほどおしとやかじゃないからな。まあ、私が知っているのはこの程度のことだ」
(東西の関係修復のために打ち立てた政策が失敗に終わった、ということですか)
「簡単に言うとそうなる」
「なんでそれ以降のことは知らない?暴走したパトラはどうなったんだ?」
長い沈黙が過ぎる。魔物の頬に、純透明な涙が伝っている。
「…私が殺した。パトラ様は、私が殺したんだ」
とある山岳地帯。パトラ•アイリッシュの暴走を止めた人間は、全員の死体を山岳の地底に隠蔽し、自身で濡れ衣を着た。
西側が追加で派遣した剣士が未開拓の地で、東の諸国の王族•貴族を殺害した。その剣士は、赤眼鳥の加護を受けていた。
このように、言い伝えられた。
「パトラ様がまだ子どもだった頃、どうしてもと言われハイキングに向かった。寝泊まりをした水車小屋と澄んだ泉。飛び交うセキレイを追いかけるパトラ様を、私は忘れることができなかった」
(…辛い経験をしましたね)
「魔物にはどうやってなったんだ?」
(!?この雰囲気でよくそんなこと聞けますね…)
クスリと笑って、彼は答える。
「結界術の一つだ。この山岳は私の結界に包まれている。見えているセキレイも、そこの水車小屋も地底湖も、全て結界の創造者である私が作った。全ては、赤眼鳥を閉じ込めるためのものだ」




