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9.冒険者というもの 前編

 遠征が始まる。コンロはいつもの明るい声で見送ってくれた。肩にロワを据えて、ラッキーは目的地に向かっている。


(ラッキーさんは開拓者の一員になります。史官という肩書きを他の人に知られないよう努めてください)


「押忍」


 セントラルから東へ、馬車で移動する。人通りが少ない東側の地域に、未開拓の地があるという。


「お前さん、見ねえ顔だな。新米の冒険者か?」

「そんなところです」

「この先は上級者じゃねぇと死ぬぞ」

「まあ、死んでも最悪大丈夫です」


(…いや、死んではダメです。私もコンロ様も悲しみますよ)


「随分と肝が据わってるみたいだが、まさか現地に合流するパーティがいないなんて言わないよなぁ」


「いませんよ、一人です。一人と一匹」


「…この先に冒険者が集まる協会の施設がある。そこで仲間を探してこい。そしたらセキレイの山岳まで送ってやる」


「急いでるんですけど」


「お前みたいな若造を一人で送って死んじまったら、眠れなくなるじゃねぇか」


 お爺さんの目は閉じ切っていた。馬車が揺れる。少しの沈黙の間に、反論する気が、すっと失せた。




~~~



 宿屋。受付のあるフロアには冒険者で溢れかえっている。壁にはズラッとクエストの手配書のような紙が貼り付けられている。まるで居酒屋の壁にある芸能人のサインだ。


「かわいい鳥さんですね」


 見た目からして、明らかに魔法使いである。トンガリ帽子に杖。ラッキーはコスプレではない、本物の魔法使いの服装に高揚していた。


「そうですよね、あはは…」

「おまえほんとに冒険者?なんか服装がやけに安っぽくねぇか?」


 魔法使いの後ろから、筋肉質の剣士が近付いてくる。


「うちの魔法使いにちょっかいかけといて、ただで済むと思うなよ!?」

「キャバクラみたいなやり方だ」

「何!?キャ…何だ?訳わかんねぇこと抜かしやがって」


 周りの人は気に留めていない。こんなことは日常茶飯事なのだろう。ラッキーにとっては、久しぶりのハプニングだった。この世界に来てから、意外にも楽しく生活できていたが、少し刺激が足りなかった。


「…先に話しかけて来たのはそっちのブスだろうが」


 尖った発言に、ロワも剣士も魔法使いも思考停止した。ラッキーの脳は、戦闘モードに切り替わっている。


「てめぇうちのメルのこと悪く言いやがって…ただじゃおかねぇぞ!?」


 ようやく、周りがざわつき始めた。剣を抜いたからだ。そのままの勢いで、剣士は腕を振り上げる。


 ラッキーからすれば、とてつもなく遅い。死犬(スロワ)はもっと早い。それよりもコンロの岩石魔法の方が早いのだ。


 剣が降りてくる瞬間に、握っている手を矢でチクリと刺す。動作が遅れた瞬間に剣を側面からはたき落とし、弓を首に構える。


 わずか1秒の攻防だった。剣士は呆然として、両手を挙げる。


「わ、悪かった」

「俺もやりすぎてごめん」


 ラッキーの心は晴れ渡っていた。

楽しい。威勢のいいヤリチンみたいなやつをこんな大人数の前で分からせる。自分で言うのもなんだけどやっぱり俺、この世界に好かれてるんじゃないか?とりあえず無言で立ち去って、より猛者感をここに植え付けてやろう。


(ラッキーさん、いやらしい顔をしないで下さい)


 ロワには下心を見透かされていた。


「ちょっと待ってくれないか、そこの鳥を連れてる青年」

「何ですか」

「私は『灯台の影』という組織の司令官補佐を任されているモルテンと申します。ラッキー•オルデン様、少々お話ししたいことがございます」


 既視感のある服装。ラッキーは、話を聞いている最中に思い出した。


 フロルだ。あのフロルと同じ服装をしている。同時に、フロルを気絶させた瞬間のことが頭をよぎった。


「え、いや俺、急いでて…」

「では行きましょうか」


 がっしり腕を掴まれて、二人で廊下をツカツカと駆け抜けていった。流れるようにモルテンの個室に連れ込まれ、一瞬で紅茶を注がれた。


「この間は、うちの部下がご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした」


 部屋は驚くほど整っている。磨き込まれた机、寸分の狂いもなく並ぶ書類。紅茶の湯気が、張り詰めた空気をわずかに和らげている。

 第一声が謝罪だったことに、ラッキーは安堵した。


「え、いや、フロルを気絶させちゃってこちらこそごめんなさい」


「お気になさらず。全てはフロルの行動が所以でしょう。彼には少々、落ち着きが足りない」


「んで、話って何ですか」


「話が早くて助かります。私は史官アンビシオン様の命によりセキレイの山岳へ視察に向かうよう指示された所存です。アンビシオン様、ラッキー様、二人の史官が山岳(そこ)に興味があるということは…」


(灯台の謎がそこにあるかもしれない。少なくとも戦争に関する情報が眠っている)


「!?」


「言っちゃうの!?」


(どうせバレていますよ)


「ラッキー様がいたことで確信に至りました。『灯台の影』はラッキー•オルデンの情報をまだ組織内でしか流していません。単刀直入に申し上げますと、私たち『灯台の影』と手を組みませんか?」


「…」


 部屋には、時計の針が鳴る音のみが響く。


「少しの間、お悩み下さい。私は部屋に居ますので返事が決まり次第教えていただければ幸いです」




~~~



「信用していいのかな」

(何とも言えないですね)


 裏があるようにも思えるが、そもそも争う必要があるのか?戦時の情報を知りたいだけならば、手を組んだ方が効率がいいことは確かである。


吹き抜けになっている二階から、下にいる冒険者たちをラッキーたちは見下ろしている。冒険者は蟻の群れのように常に動いていて、罵声や笑い声が聞こえてきた。


「おい」

 サンドバッグにさせてもらった剣士が来た。後ろにはブスと言ってしまった魔法使いと、優しそうな僧侶が気まずそうに立っている。


「何?」

「さっき喧嘩をふっかけてしまってすまんな。実は昨日、仲間の前衛が一人死んでな。このままだと未開拓の地セキレイの山岳に行けない。パーティを組まないか?都合の良いことを言っているのは分かってるが、ここまでみんなで辿り着いたんだ」


(なぜ我々に?下にいっぱいいるでしょう、前衛)


「鳥が…」

「しゃべった!」


「今そこはいい」

ラッキーは、脱線しそうな流れを断ち切る。


「優秀な前衛はもうパーティ登録済みの連中ばっかりだ。前衛が弱いとパーティとしては逆にやりずらい」


「なるほど」

(ラッキーさん、どうするんですか?)


「この辺りに魔物のいる場所はある?」

「あっ、確か…湖の横に…」

「じゃあ今からその魔物を一緒に討伐しよう、俺がやりやすいって感じたら組んでもいいよ」
















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