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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
2章.菩提樹の接木
9/44

7話.夜が明けて

今回から章が変わります。


自己満足で投稿を始めたこの物語ですが、読んで下さった方がいらっしゃる事に喜んでおります。良い作品だと自信を持ってお出しできるよう邁進致しますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(2025年7月6日)


2025/08/27 描写を若干追加しました。

 翌朝。爽やかな朝日が小酒館しょうしゅかんを照らし、窓から差し込んだ光が館内を明るくさせた。

 割れそうな頭痛と共に目を覚ました樹希いつきは、ゆっくりと頭をもたげて周囲を見回し、昨日の出来事を思い出した。

「…酒盛りしたまま寝ちゃったのか」

 徐々に頭がはっきりとしてきて、腕に感じる柔らかな感触にも気が付いた。腕の中で宵華ゆうかが静かな寝息を立てている。そして腰に巻きついている、毛皮の感触。彼女のあどけない寝顔と腰の暖かさに、カッと樹希の顔が熱くなる。

(待て待て待て、どういうことだ。酒盛りでなんでこんなことに!?)

 宵華を慰め、勢いのままに酒を呷った事までは覚えている。しかしその先がどうしても暗闇である。

 なぜ俺たちは抱き合って寝ている?一体昨晩何があった?様々な問いが、混乱と共に樹希の脳内を駆け巡った。

 そして浮かんでくる、宵華の涙。何か言葉を放つ口元。彼女が何を言っていたのか、全く思い出せない。

(肝心な部分が思い出せない…まさか!?よりにもよって、酒の勢いでなんて…!)


「んんぅ…」

 頭を抱える樹希をよそに、宵華はゆっくりした動きで目を覚ます。視界に入った樹希の顔を認めると、ふにゃりと笑みを浮かべた。

「おはよう、樹希…ふわぁ」

「お、おう…おはよう」

「どうしたの?……あ」

 寝ぼけた宵華は、様子のおかしい樹希を見て頭を傾げた。そして自らの尻尾に目をやり、理由に気づいた。じんわりと頬に赤みが差していく。そしておもむろに樹希の顔に視線をやり、

「…えへへ」

 困ったように笑った。


「すまん…っ!」

 床に頭をこすりつける樹希を、宵華は困ったようになだめた。

「大丈夫、誤解よ?」

 樹希の頭を両手と尻尾で無理やり起こす。戸惑いと罪悪感で頭がいっぱいなのであろう樹希に、宵華は昨晩の事について説明した。


―――


『もう、離さないで…』

 抱きしめられた瞬間、宵華の中で長年忘れていた気持ちが沸き起こった。絶望と諦念の奥底に封じ込めたはずの、自分の根源。

 たかだか二十数年の年月で、ここまで自分の感情を取り戻す事になるとは思わなかった。同じく孤独に晒された境遇に加えて、自分を畏れぬ眼差し。幼い人間の相手が初めてで刺激的だった事を差し引いても、あの数百年の間、このような人物と出会うことがなかった。

 樹希という人間は自分にとって、それだけ大きな存在となっていたのだろう。

『ちょ…樹希?』

 その大きな存在は宵華を抱きしめたまま、物理的に彼女を押しつぶそうとしてきた。何とか彼の体重を支えて問いかけるが、言葉の代わりに返ってきたのは寝息。樹希の方は限界が来てしまっていたのだった。

『樹希、起きて…重たい…』

 声を掛けても揺さぶっても、寝息と共に漏れてくるのは呻き声。熟睡しているようだった。

 眠りこける樹希を慎重に床へ横たえたところで、一息つく。すると、宵華自身にも眠気が襲い掛かってきた。今しがたの回想で緊張が解けてしまったのか、それとも深酒のせいか。いずれにしても、強い睡魔に抗えなくなった宵華。早くも熟睡している樹希の隣に自分も横たわり、彼を見やった。

『あ…寒そう……』

 樹希は眠りながらも体を縮こまらせ、震えていた。こんな寒い時期だ。もはや毛布を取りに行く気力もないが、硬い床の上で寝て風邪をひいてもいけない。その一心で彼の腰に自分の尻尾を巻き付けたところで、宵華の記憶も途切れたのだった。


―――


「…というわけで、私たちは昨夜、何もしてなかったから」

「………」

 曖昧な笑みを浮かべる宵華の前で、樹希はまた別の意味で羞恥に染まった顔を伏せていた。

「…な、情けない…自分が情けない…」

 壮絶な勘違いに加えて、肝心な場面での電池切れ。あまつさえ、意中の異性に介抱をされたとあっては、もはや恥の上塗りでしかない。穴があれば入りたい。

 うなだれる樹希の心中を察して、宵華はなんとかフォローをしようと言葉をかけた。

「でも樹希、私は安心よ?私も樹希も、そんな事を期待して飲んでたわけじゃないんだし。それに、お酒の場で告白して、その勢いで樹希との初夜を経験しちゃうだなんて。お互い気まずくなっちゃう」

 実際、宵華は内心で安堵していた。自分を一時的にでも救ってくれた彼に対し、酒の力をもって迂闊に身体の関係を持つことは避けたかった。

 小さな頃から知る彼を、自分に畏れを感じることなく関わってくれ、そして自分を再び現世へと引きずり出してくれた大切な人を、そんな下らない事で失うなどと想像すると、心底ゾッとする。あの喪失の苦しみを再び味わうなど、真っ平御免だ。可能性はできる事なら避けたい。

 樹希を想う心の裏で、己の傷痕を案じる…利己的な保身の影を見て少し気持ちが暗くなったが、それでもこれは偽らざる自分の本心であった。

 表情の奥底に押し込めた自己嫌悪には気づいた様子はなく、樹希は素直に安心してくれたようだった。「ごめん、でもそう言ってくれてよかった」と呟く彼に、宵華は優し気なまなざしを投げかける。


「…ところで宵華、今何時だ…?」

「えっ」

 ふと我に返った樹希の問いに、宵華も息をのむ。そういえば、朝にしては日が高い。昼には差し掛かっていないようだが…

「「…遅刻だ!!」」

 2人の悲鳴が、明るい境内にこだました。

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