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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
1章.宵闇の一輪華
6/43

5話.触れる

2025/08/23 セリフ・描写を一部変更しました。

「さ、せっかく酒の席に着いたんだ。まだ呑めるだろ?俺は吞み足りないんだよ」

 普段は宵華ゆうかから絡んでくるばかりだが、今日くらいはと自分から絡むような言葉をかけた。

「もう少し付き合え」

 その言葉に、宵華は驚いたように目を見開いた。戸惑うように息を吐き、すぐにパッと顔を綻ばせた。

樹希いつき…いつもは私を心配するのに…」

 短い言葉の端々に、隠しきれない喜びを感じる。目を細めた宵華はおもむろに手元のグラスを持ち上げ、軽く首を傾げた。傍に置かれたフランス人形に、金色の髪が柔らかくかかる。

「仕方ないなあ、付き合ってあげる」

 その表情に、樹希はカッと顔が熱くなるのを感じた。どぎまぎして思わず目を逸らし、一息にグラスを空けてしまった。我ながら、なんとも調子の狂う酒宴である。


(まったく…こんなに宵華の事で心揺れるなんて…)

 かつて自分の抱いた好意というものは、こうまで自分を混乱させるものだっただろうか?

 いつからかも分からない自分の気持ちに戸惑いながら樹希は杯を重ね、既に何杯飲んだのかも覚えていない有り様だった。

 そのうち、頭がぼんやりとしてきた。視界もグラリと揺れ始める。しかし身体の熱をごまかさなければ。


「なあ宵華」

 そこの酒瓶を取ってくれ、と言いながら立ち上がって手を伸ばすが、酔いのせいでバランスを崩してしまった。宵華に向かって倒れ込んでしまう。

「きゃっ!」

 突然自分に飛び込んできた樹希に驚き、反射的に宵華は彼を受け止めた。男性が倒れ込む衝撃に尻尾は強く逆立ち、耳の銀鈴が激しく鳴る。

 四肢では支えきれず、宵華は尻尾を樹希の腰に巻き付けた。なんとか共倒れは免れ、慎重に自分の腕へと樹希を抱きとめる。

「樹希…酔いすぎよ?」

 心配そうに、真っ赤な彼の顔を覗き込む。その姿に自分の酩酊した姿が重なり、介抱で心配させているのだろうと、胸の奥がチクリと痛んだ。

 しかし不思議な事に、その痛みが宵華には心地よい。普段ならば心の痛みに顰める自分の顔は、なぜか笑っていた。

「ふふ…いつも私が介抱されるのに、今日は逆ね」

 宵華は愛おしげに、腕の中でうめく男の頬を撫でた。

 そうしてゆっくりと樹希を立たせ、椅子に座らせた。耳の銀鈴が鳴り、静謐な館内を優しい音色が満たした。


「樹希?」

 座らせた樹希は、いまだ身体をグラグラと揺らしている。

「大丈夫?お水、持ってくる?」

 見るからに大丈夫ではないが、一応聞いてみた。宵華の問いかけに、樹希はゆっくりと視線を合わせる。良かった、聞こえているようだ。

 しかし当の樹希は、宵華に酒で負けたくないと、強気な返しをした。

「大丈夫だ…まだ飲める」

 樹希自身も、途中から酒のペースが狂っていた事は自覚していた。しかし弱気な彼女を見ていると、どうしてもその隣に並びたくなったのだ。気付けば、宵華と同じような飲み方をしてしまい、今に至るわけだが。


 酔いで崩れそうな理性を何とか保ちながら、しかし樹希は、普段の生真面目な彼からは想像もつかないような、ナンパなセリフを吐き出した。

「しかし宵華、お前の髪は綺麗だよなあ…サラサラだし、キラキラしてるし」

「えっ…?」

 唐突な褒め言葉に宵華は頬を赤らめた。巫女服の襟元をただし、困ったように自分の髪の毛をいじる。尻尾と耳もせわしなく動き、チリンチリンと銀鈴の音も落ち着きがない。

「そっ…そんな事…樹希ってば、ちょっと酔っぱらいすぎ…」

 舞い上がりそうになった宵華の顔がふと、弱々しいものに変わる。不安げに揺れる金色の瞳で、樹希を見つめた。

「本当に、そう思う…?」

 尻尾の先端が所在なく揺れ、そっと樹希の膝に触れては離れてを繰り返す。

 そんな宵華に、「当たり前だろ~」とだらしない調子で樹希が答える。その口から漏れる酒の臭いに、宵華は(人の事言えないなあ)と思いながらも、顔を顰めてしまった。しかしその直後、「あっ」と何かひらめいたように声を漏らした。


「ねえねえ樹希、もう一杯どうっ?」

 宵華は小走りで厨房からグラスを持ち出してきて、樹希に差し出した。中には、透明の液体がなみなみと注がれている。今度は、宵華が樹希を誘う番だった。

「おお~…」

 樹希はぼんやりと揺れる頭でグラスを受け取り、一口呷った。…妙に冷やっこくて、味がない。喉を爽やかな冷気が通り過ぎる。一瞬目を白黒させた樹希は、すぐに我に返った。

「…やられた」

 水だ。まんまと仕返しをされてしまった。酔いは完全には醒めないが、喉元を通り過ぎる冷たさが、火照った身体にとても心地よい。

「ふふふ、バレちゃった?」

 悪戯っぽく笑いながら、宵華は自分のグラスに酒を注いだ。狐の耳がぴょこんと跳ね、銀鈴も軽やかに鳴る。

「樹希も、たまには水がいいでしょ?」

「まあ、そうだけど…」

 したり顔で宵華は金色の目を細めた。楽しげだ。


「私ね」

 言葉を切り、居住まいをただす宵華。その瞳が儚げに揺れる。

「もっともっと、樹希と飲みたいのよ?だって…」

 宵華の顔が、樹希の顔に近づく。宵華の手が、樹希の手に添えられた。自分の吐息が、樹希の顔にかかる。

「樹希と飲むの、本当に楽しいの。こんなに楽しくなったのなんて、いつぶりかってくらい」

 樹希の足元に、柔らかな毛の感触。いつの間にか、宵華の尾が絡みついている。

「ねえ樹希…」

 そして目の前には宵華の、金色の瞳。切なげなその表情からは、しかし樹希は逃れられない。

「あなたのおかげで、私、今楽しいよ?」

 その声は、かすかな震えを帯びていた。


「宵華…」

 その瞬間。宵華の顔。声。表情。樹希は目の前の少女をとてつもなく愛おしく感じた。気づいた時には彼女を優しく抱きしめていた。

不意な身体の感触に宵華は驚き、彼女の尾がせわしなく揺れる。

「樹希…」

 宵華の声は震え、金色の瞳は潤んでいた。大きく見開いた瞳は瞬きを忘れたまま、宵華は自分を包み込む樹希に腕を回し、力を込める。


 ふと、宵華の脳裏には、過去の日々が浮かんだ。

 この小さな神社に流れ着き、幾度も明かした無意味な日常…。

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