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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
6章

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54話.うわさ話

 木津根町の郊外にある継寂乃杜つぐなきのもりは、良くも悪くも規模の小さい素朴な神社である。父 泰然たいぜんを宮司とした天野あまの家による家族経営であり、参拝客といえば天野家の顔なじみか、あるいは境内に店舗を構える食事処、小酒館しょうしゅかんの常連ばかり。後者などは、昼食ついでに泰然や従業員と立ち話をして帰るといった始末である。

 一応ニッチな趣味のマニアや旅先でたまたま寄ったなど、他にも客がいるにはいるのだが、それも極わずかで、基本的には境内には閑古鳥が鳴いている。

 それでも経営がなんとかなっているのは、定期的に町ぐるみのイベントに参加していたり、泰然の人柄と顔の広さによる祈祷依頼や、神社へ支援者の多さからであろうか。



 そんな継寂乃杜だが、最近は少し様相が異なってきている。具体的には、参拝客の人数が増えてきているのだ。

 理由は何となく心当たりがある。宵華が都市部にくりだした時、かなり人の目を引いた事を思い出した。あの時は箕山みのやま組が助け舟を出してくれたのだが、それでも多くの人が写真を撮っていた。あの一件から話題になったのだろう。


「なんか最近忙しいですよね」

 社務所の休憩室で、隣に座っている須々すずきが独りごちた。「いや、他のバイトと比べたら楽勝ですけどね?」と付け加えているが、その顔には若干の疲労が見え隠れしている。

 宵華ゆうかとの絡みができてからというもの、樹希いつきも彼女と話す機会が増えた。時々休憩が被るのだが、そういう時は決まって誘われる。初めこそ須々木に辟易していた宵華も、満更ではなさそうな様子で会話に加わる事がある。厭世的えんせいてきな頃の宵華を見てきた樹希には嬉しい変化だが、今日の宵華はあいにくと非常に忙しい。

「別に怒ったりしないよ。確かに最近は参拝客が増えてきてるんだよな」

 慌て気味の須々木に苦笑しながら答える。事実、ここ数週間の間に参拝客の人数は倍近くに増えた。そもそもの数が少ないとはいえ、購買も祈祷依頼も多くなるのだから、業務の密度は実際に高くなっているのは間違いない。

「はあ〜、こんな時こそ宵華さまの尻尾に埋もれたいのになあ…」

「宵華も祈祷が立て込んでて忙しいからな…というより、そんな事をしてあいつが嫌がらないのか?」

「それが案外モフモフさせてくれるんですよ。耳は触ったら怒られました」


 その場にいない宵華の話をしていると、須々木は思い出したように神妙な顔つきになった。

「そういえば樹希さん、最近の宵華さまの噂って何か聞いてますか?」

「噂?」

 樹希には心当たりがなく、怪訝な顔をして首を振った。仕事関連の話はともかく、いかんせん事務方に徹するため噂話などはあまり耳に入ってこないのだ。

「何か気になる事でも耳にした?」

「いや、その…」

 須々木にしては歯切れが悪いが、やがてためらいがちに口を開いた。

「最近、参拝客の間で悪い噂が出回ってるんです。獣臭い神社だとか、狐が化かしてるとか」

 SNSでもよく見るんです、と自分のスマホを樹希に見せてくる。結構な数の誹謗中傷が投稿されている。

 寂れた景観を批評する投稿も多い中、やはり目に留まるのは宵華の事を指しているであろう狐耳の巫女の内容だ。綺麗、格好いいなどの賞賛もあるものの、須々木の言ったような投稿も半々といったところだ。

「これはひどいな…」

「許せないですよね!宵華さまはそんな変な臭いなんかしませんよ!」

「いや、そこじゃないんだけどな?」

 憤然とする須々木を宥めつつも、樹希の顔からは深刻な表情は消えない。


 宵華への中傷も看過できない問題ではあるし、なにより神社のネガティブキャンペーンに発展している事が大きな問題だ。根も葉もない話が大半なのだが、なにぶん小さな神社なので知名度は低い。その分実情を知らない人々が鵜呑みにする事は想像にかたくない。

 これは明らかに営業妨害と言っていいだろう。しかし犯人が特定できない事には対処のしようがない。

 タイミングも悪かった。新しい参拝者が流れ来ている今、変な悪評が広まる事になれば、彼らが参拝をためらうどころか、昔から来てくれている人達が離れていく事態も考えられる。そうなれば、小さな神社の経営など簡単に破綻してしまう。


「あ、そろそろ時間だ。樹希さん、先出ますね」

「ああ。午後からもよろしく」

 手に持ったペットボトルの中身を飲み干し、須々木は立ち上がった。休憩室を出ていく彼女を見送ったあと、大きく伸びをしてからため息をつく。

「どうしたもんか…」

 何をどう手をつければ良いのか。先の分からない問題を前に、樹希は頭を抱えた。

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