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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
5章.天狐として、人として

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52話.清算

 神社に戻ると、鳥居の前で樹希いつきが出迎えてくれた。目に見えて焦っているのがわかるが、怒ってはいないようだ。勝手に外出した引け目もある宵華ゆうかは内心ホッとした。


「色々聞きたい事はあるけど、とにかく準備を整えよう。場はもう組み上がってるし、宵華の用意が出来れば大丈夫だから」

 本殿へ向かいながら、樹希が状況を説明してくれる。どうやら依頼人はまだ来ていないらしい。ひとまずは間に合ったようだ。


 本殿に誂られた控え室では、既に装束が用意されていた。急ぎ袖を通して、装飾や化粧も整えていく。準備が整っていくごとに気が引き締まる感覚を憶える。昨日の地鎮祭では湧いてこなかった感覚に、宵華は自身の気持ちが戻ってきているのだと自覚する。

(結局何も変わってないのに、現金なものだわ)

 自嘲に笑みを浮かべながら部屋の扉を開け、祭祀場へと向かう。到着し、定位置に立った数分後には、樹希が依頼人を連れてきた。意識が祈祷に移り、顔が引き締まる。調子は万全だ。

「巫女の宵華です。どうぞ力を抜いていらして下さい」


 祈祷は滞りなく終わった。宵華も普段のように集中でき、地鎮祭の時のような気分のかげりもない。何度も頭を下げる依頼人の応対をする樹希をぼんやりと眺めながら、今回の手応えを振り返っていた。

 ふと視界の端に花が映った。日頃から宵華が手入れをしているその花が、窓辺の花瓶に飾られている。よく見ると茎の先端はちぎれたようになっている。折り取ったのだろうか。

「それ、花壇で茎が折れててさ。可哀想だから花瓶に挿してみたんだ」

 育てるのが難しいって言ってたけど元気になって良かったよ、と樹希が話しながらこちらに寄ってきていた。どうやら依頼人も帰ったようだ。

 一輪の挿花の理由も分かり、樹希の丁寧な行動を嬉しく思った。

「そうだったのね。どうもありがとう」

「ところで、今日はどうして何も言わず出かけたんだ?いつもそんな事しないのに。それに」

 言いかけて、樹希は口を噤んだ。昨夜の宵華の様子を思い出したのだろう。

「気を遣わなくてもいいの、私はもう大丈夫だか、。心配をかけてごめんなさい」

 頭を下げる宵華を見て、それなら良いけど…とこぼす樹希は口を尖らせており、腑に落ちていない様子が分かる。

「じゃあ、今夜。小酒館しょうしゅかんで晩酌に付き合って。その時に色々話すわ」

 樹希からしてみれば、恋人から夜這いを企てられた上に、理由も分からないうちに姿をくらまされた事になるのだろうか。冷静に振り返ってみると、我が事ながら意味の分からない行動にでた事がよく分かる。

 苦笑しながら、ぽかんとして宵華の様子を眺める樹希を横目に控え室へ戻る。今夜は美味い酒が飲めそうな気がする。

(とびきりの酒を用意しようかしら)

 今朝にもまして足取りの軽さを感じながら、宵華は今宵の酒盛りに思いを馳せた。


 装束を脱ぎ捨て、今朝来ていた洋服に袖を通す。初めて着た時には窮屈極まりなかったこれらも、随分と慣れたものだ。数回程度しか着ていない事はさておき、そんな事を考えながら服を整えていく。

 ふと、ポケットの中に違和感を見つけた。何か木のような硬さを感じる。取り出してみると、それは物置に置いていた木彫りの置物だった。

「握ったまま部屋に戻ったんだったっけ…」

 呟きながら今朝のことを思い返した。

 不思議な夢の余韻を引きずり、ふわふわとした気持ちで部屋に戻った。そうしてぼんやりとしているうち、手に握られた友人の形見に気付いたのだが、放置するのも忍びないので着替えてからも懐に入れておいたのだ。

「私はもう、大丈夫みたいよ」

 脳裏に浮かぶのは、この木彫りを手渡してくれた少女と、「この子がずっとあなたと居る」という言葉。

 六衛門ろくえもんの言葉を鵜呑みにするわけでもないが、姿形はおぼろげだとしてもその時の感情はちゃんとこの身に刻み込まれている。微笑むように見えるその木彫りの人形を胸に抱き、宵華は優しく微笑んだ。

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