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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
5章.天狐として、人として

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51話.シンプルなのがいいんです

「おおそうやった。最近、どうも話が長なってあかんわ」

 宵華ゆうかの言葉かけに六右衛門ろくえもんも本題を思い出したようだった。壁掛けの振り子時計に一瞥をやり、彼は話を再開する。

「聞く限りやが、宵華ちゃんが自分の気持ちの移り変わりに理解が追いついてない、って話でええんかな?」

 コクリと宵華が頷くと、六右衛門もそれに倣った。

「宮司さんが倒れたんで死をイメージしてもうて、ほんで自分の記憶も曖昧やからパニクってもうたんやったな。天狐と狸人やと価値観はまるでちゃうもんやから、参考になるかは知らんが…」

 一言置く六右衛門だが、それでも宵華は良かった。自分の失意と価値観を揺るがしたあの夢の意味を知る術は、自分の中に存在していない。わずかでもこの胸中を解く手がかりになるなら、どれだけ意味の無い話にも聞く価値がある。


「結論から言うとな、死なはった人ももう長年会うてない人も、全員の事なんぞ覚えとらん」

 あっけらかんと言い放つ六右衛門。拍子抜けしたような顔で見つめる宵華を横目に、彼は続けた。

「まあ印象的なエピソードくらいやな。そもそも、今現在自分らに深く関わらんモンを覚えとく言うのがどだい無理な話や…短命な生き物にそこまでやる必要も余裕もないしな。

 思うにな、天狐は長命かつ閉鎖的なコミュニティやから、忘れるいう事に慣れとらんのやろ。さっき話した『文化』もそれを助長しとる。宵華ちゃんは、そういう種族の性格を人間の環境に持ってきてもうたんとちゃうかな」

 宵華は戸惑いと同時に、どこか腑に落ちる感覚を覚えていた。一族と共に過ごした時間は短かったはずなのだが、それでも生き方はこの身に染み付いていたようだ。

「ま、夢の話を聞いとる限り、宵華ちゃんもだいぶ人間の死生観を受け入れてきとる。何でもはじめての経験は衝撃的なもんやし、人を忘れるいう事を自覚しただけの話やと思うんやけどな」

「…そんなものなのかしら」

「人生いうのは、案外単純なもんや」

 自分の身体からスっと力が抜けるのを感じた。何か期待を持って来たわけではないのだが、箕山組を頼って良かったのかもしれない。

 心地よい脱力感が宵華を包む中、ポップなメロディと共にポケットの中が振動した。スマホが鳴っているようだ。慌てて取り出すと、樹希いつきの名前が表示されている。六右衛門も和真かずまも頷いてくれているのを見て、イヤホンを着け通話に応じた。


「ちょっとごめんなさい。…もしもし」

『宵華。良かった出てくれて…今どこにいるんだ?』

「ちょっと野暮用で箕山組まで。何かあったの?」

『何かあったじゃないよ。今日はご祈祷の依頼が入ってただろ?』

「…そうだっけ?」

『忘れてたのか…とにかく、あと1時間とちょっとで依頼人が来る予定だから。急いで戻ってきてくれよ?それに』

 電話越しの説教を聞きながら、昨夜から今朝にかけての愚行を思い返して宵華は額に手を当てた。樹希がなおも何事か言っているように聞こえたが、もはや宵華の耳には入っていない。

「ごめんなさい、すぐ戻るわ。準備を整えておいて」


 通話を切り、宵華は粗っぽい仕草で事務所を出る支度を整え始めた。その様子を、箕山の親子が苦笑しながら眺めている。

「所用があるのを忘れていたので、申し訳ないけど今日は帰るわ。…その、話を聞いてくれて、ありがとう」

 宵華が頭を下げようとすると、六右衛門は豪快に笑いながらそれを制した。

「ええ、ええ。久々に天狐の一族とじっくり話せたんや。それも同年代は珍して儂も夢中になってもうたわい」

「そう言ってもらえると…え?」

 一族を離れて以来耳にした事のない単語が聞こえ、宵華はお辞儀をしたまま顔を上げた。

「同、年代?」

「せやで?あれ、言っとらんかったか。代々短命な狸人でもやな、偉業を遂げ崇められたモンは長寿になるんや。現人神っちゅうヤツやな。儂もかれこれ400年はこの街に仕えてきとるんや、スゴいやろ?」

「え、ええ…なんで箕山組が幅を利かせられるのかもよく理解できたわ…」


 またおいで〜と笑顔で手を振る六右衛門と和真に改めてお礼を告げ、宵華は事務所を後にした。最後にとんでもない情報を聞かされたものだが、それよりも心がとても軽い事が宵華には嬉しい。

 傾き始めている陽が、爽やかな風と共に宵華を包んでくれる。結局、自分は何を聞きたかったのか。よく分からずじまいに終わったものの、軽やかな気持ちで神社に帰れる気がした。

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