49話.相談相手
「そんで、宵華さんはなんで街に来たん?樹希君もおらんみたいやし」
歩きながら、和真が問う。現代の文化に疎い宵華がひとりで出向いた事が意外なのだろう。
「別に何か目的があるわけじゃないんだけど…」
事情を話そうか迷う宵華の様子を見て、和真は詮索を止めたようだった。「そっか」と簡潔に返し、踵を返して歩き出す。
「あ、あのっ」
「行く宛て無いんやったら、事務所に遊びに来はる?親父も喜んでくれると思うわ」
慌てて呼び止めようとする宵華の方へ振り返り、からかうように笑った。
「あかん、そこは先方の事情が最優先や」
事務所の扉をくぐると、野太く通る声が響いてきた。奥のデスクで、組長の箕山六右衛門が社員と話をしているようだ。
「しかし以前商談を行った企業でも同じ提案を…」
「そりゃ、あん時は向こうが足元見よったからこっちも強気に出ただけや。その点今回は長くお世話になっとるからな。塩を送るくらい気前良くして丁度ええねん」
「そんなものですか」
「せや。たしか君は、今回が初めての商談やな?」
「え、ええ。そうです…」
「ほな覚えとき。マニュアルやらニーズも大事やが、向こうさんとウチとの関係性は把握しとくんや。客商売は信頼第一やさかいな。分かったか?」
「はい」
「よっしゃ。なに、君の事はちゃあんと信用しとる。なんかあったら手ぇ貸したるさかい、とりあえず企画書の数字直しといで」
「承知しました!」
話は終わったようで、社員は勇み足に出ていった。六右衛門はふぅと一息つきながら、その様子を見守っている。
「親父、ただいまー」
「おうおかえり。宵華ちゃんもよう来なさったな。元気にしてはるみたいで何よりや」
恰幅の良い身体を器用に動かしながら、六右衛門がこちらへ歩いてきた。決して広いとは言えない空間なのに、狭苦しさをあまり感じさせない。
宵華は軽く会釈をし、促されるままに応接スペースの椅子に腰掛けた。
「親父、あの人どうやった?」
お茶を運んできた和真が問う。あの人というのは、先ほど六右衛門と話していた社員だろうか。
「ええ子やな。相手のニーズがよう見えとる。お前が直々に見てくれ言うてたんも分かるわ」
「へえ…」
前回の訪問では仕事の話をしていなかったので、宵華は意外という眼差しを六右衛門に向けてしまった。彼は「なんや宵華ちゃん、そない見られるとおっちゃん照れるわ」と太く短い眉毛を八の字にして苦笑している。
「親父がふんぞり返ってばっかや思てはったんとちゃう?」
「アホか!そないな事で組のトップが務まってたまるか言うねん」
自分の茶を手に、和真が宵華の隣に座りながら言った。茶化しているつもりだろうが、宵華としては図星も図星なので苦笑する他ない。
新人なのに能力が高いだの、期待のルーキーだの、いつの間にか事務所を後にした彼の話を交えながら雑談をする流れになっていた。
「そや、宵華ちゃんはどないしてウチに来はったん?こないな所、用事でもなけりゃ来おへんやろ」
「ええと、それが…」
時間にして数分ほどだろうか。話が途切れたタイミングで、六右衛門が宵華の訪問の理由を尋ねてきたのだが、和真にも尋ねられた時のように宵華は答えに窮した。別に言えない事もないが、自分の中で整理しきれていないものをどう説明したものかと悩んでしまう。
「理由は無いみたいやで。なんや事情があって街まで来たんはいいけど、知り合いが僕らしかおらんからここ目指してたんとちゃう?」
隣でお茶を啜りながら、和真が助け舟を出してくれた。慌てて肯定の意で首を縦に振る。
「そうかあ。まあ丁度ええ頃合いやし、休憩がてら話くらいなら儂らでも聞けるさかい。宵華ちゃんさえ良ければ聞かせてんか?」
六右衛門はゆらりと尻尾を揺らしながら、穏やかな声で尋ねてくれた。




