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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
5章.天狐として、人として

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47話.心展

 宿舎の出入口をとぼとぼと通り抜ける宵華ゆうかの胸の内では、先程の自分の言動と樹希の様子が繰り返されていた。


 倉庫で自分の記憶の不確かさに打ちひしがれた時、宵華の中に生まれたのは大きな喪失感と、「樹希いつきを失ってはならない」という、使命感にも似た強い衝動だった。

 彼を失えば、自分はいよいよダメになってしまう。その前に新しく樹希を産まねばならない。そのような歪んだ感情が、生殖の本能を伴って湧き上がってきたのだ。しかしてその願いは樹希には届かなかった。

 押し倒した彼の顔に浮かぶ困惑の色を見た瞬間、宵華は目が覚めたような感覚に襲われた。ネジが外れたような自身の考えに驚愕すると同時に、樹希に顔向けができないような気分になり、思わず部屋を飛び出してしまった。


 とはいえ、夜も更けた今の時間、行くあてもない。とりあえず目に留まった小酒館しょうしゅかんに入ってみたのだが、迎えてくれたのは頼りない常夜灯と薄闇に浮かび上がるテーブルの群れ。宵華は寂しい気持ちで館内の灯りをつけ、中に入った。

 厨房から酒とグラスを取り出し、いつも陣取る入口からほど近い席に座る。グラスに並々と注がれる透明の液体をしばし眺め、ひと息に飲み干した。

「…ふぅ」

 美味しくはなかった。しかし手を止めるつもりもなく、淡々と酒を呷り続ける。

 何度か繰り返すものの、一向に酔いは訪れない。別に期待していたわけでもないが、それでもやっぱり…という落胆の気持ちが心を満たした。

 やってられない。そう呟き、水が欲しくなったので、ついでにこの鬱屈した気持ちをそそいでくれればと思いながら席を立つ。しかし足に上手く力が入らず、ぐらりとたたらを踏んでしまった。身体はしっかりと酔っていたらしい。

 頭は酔いで満たしてくれないくせに、身体はしっかりと持っていかれていたようだ。ふと壁にかかった時計を見ると、宿舎を出てからはや3時間。テーブルには空になった一升瓶。ひたすら酒を飲み続けていたらしい。

「…何やってるんだろう」

 零れた言葉を拾ってくれる者はなく、かと言って、一人にしてと出て来た手前、おめおめと帰る気にもならない。そもそも、この足では宿舎までまともに歩けるかどうか…


 どうしようかと悩んでいる内に、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。気付けば鳥のさえずりが聞こえ、遠くの空がかすかに白んできている。

 今なら樹希もまだ寝ている。今のうちに宿舎に帰って寝てしまおう。どうせ今日は何もする事はないし、自分がいなくてもどうとでもなる。

 幸いしっかりと歩く事が出来るようになっている。寒空の下、身体を震わせながら宿舎の自室へ戻り、布団に潜り込んだ。相変わらず気分は落ち込んだままだが、睡魔が宵華を優しく落ち着けてくれた。


 夢の中で、宵華は病床に伏し、皆に見守られていた。樹希に藍暁、六右衛門や泰然もいる。一様に宵華を心配そうな表情で見ており、自分はしわがれた手で樹希の顔を撫でている。

 老いた宵華は穏やかな気持ちで何事かを話すのだが、肝心なその言葉は曖昧で、自分の口に意識を向けるほどぼやけてしまう。ただ、その言葉を聴く皆の表情には、寂しさだけでない何かが窺える。なぜ別れの場でそんな顔ができるのか。そのや表情の意味は、今の宵華には分からない。

 それでも、ゆったりと時間が流れゆくこの空間、景色がいずれ訪れる未来だったらいいな、という淡い願いが芽生えた気がした。


 もう少しだけ、このぬるま湯に浸っていようと目を閉じた時には、宵華は眩しい陽の光に起こされていた。間の悪さに腹を立てながらも、不思議と気分は悪くない。

 ふと病院での泰然の言葉が思い起こされた。「死は終わりではない」。言葉の端々から感じられたその意味は測りかねるし、夢の中の穏やかな感情も、もしかすると宵華の幻想かもしれない。しかし分からないと切り捨てるのは早計のような気も今はする。

 そういえばと、身体を包む温かさに視線をやると、被った覚えのない毛布が身体にかかっている。無性に樹希の顔が見たくなり、毛布に自分の顔を埋めた。しかし今会うのはやや気が引ける。何となく、自分の気持ちに折り合いを付けてからの方がいい気がした。


「どうしようかな…」

 境内でうろつくと、関係者に出くわしかねない。考えあぐねて視線を彷徨さまよわせていると、丁寧に畳まれた洋服が目に付いた。須々すずきからもらった服だ。

 宵華は閃いた。何も神社でこもっている必要など無いのだ。幸い今日は特にやる事もないし、わざわざ誰かに外出を伝えてやる事もない。自分一人で新しい行動を起こすなどいつぶりだろうかと自嘲をしながら、人待ち顔で鎮座する服達を手に取った。

 以前樹希と町に出てから、もう一度だけ彼女と関わる機会があったのを、服に袖を通しながら思い出す。「お古なので、押し付けるようで悪いんですけど…」等と言いながら、宵華に合いそうな洋服を何着か見繕ってくれていたのだ。

「世の中、何があるか分からないわね」

 必要ないのに…と渋ったこれらが、まさか役に立つとは思いもよらなかった。姿見の前で、くるりと一回転する。まだ慣れないながら、上手くまとめられたと思う。

 須々木の自分を見る目は時々怖いので、宵華にとっては関わる事にやや辟易する人物だ。今回はその彼女に助けてもらう事になるのだが、それが宵華にはなんとなくしゃくに障る事のように思えた。

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