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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
5章.天狐として、人として

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42話.病に臥す

 厳しい寒さがようやく遠ざかり、継寂の境内にも春の兆しが顔を見せ始めた。枝の先になった桜の蕾を眺めながら、宵華と樹希は境内を歩く。

「すっかり暖かくなったな」

「そうね、やっと樹希の抱き枕役から解放されるわ」

「宵華の尻尾が暖かくてつい…」

 じろりと樹希を見やると、笑いながら謝ってきた。一体どこまで本気なのか。「まあいいけど…」と手櫛で尻尾の毛羽立ちを繕う。樹希は荷物を抱えながら、その隣を歩く。

 2人が目指すは神社の本殿。今日は大掛かりな依頼が入っており、その準備に向かっているのだった。


「田中さんとこの子供が新しい家を建てたんだっけ?」

「そうそう。その地鎮祭を依頼してくださったわけだ。ここから距離はあるけど、ぎりぎりウチの管轄内だったらしい。こっちとしてはありがたい事だよ」

 田中ご夫婦といえば神社の近所に住んでおり、通勤や散歩のついでと言って毎日のように参拝してくれている、いわば常連さんのような方々だったか。不審者情報として榊原悠介の事をいち早く教えてくれていた事を覚えている。息子がいた事は樹希づてに聞いていたが、宵華が顔を合わせた事は数える程度しかなく、あまり詳しい事は知らなかった。

「今回こちらから出向くのは泰然と私だけだったわね」

「うん。工事関係者の方々が向こうで落ち合う予定だったかな。田中さんご夫婦は宵華が来る事を喜んでたよ、『土地の守り神様が直々に来てくださるなんて!』って」


 その言葉を聞いて、宵華はむず痒い気持ちになった。自分としては淡々と役目を全うするだけで、別にお礼や個人的感情を期待している部分は皆無だった。そもそも自分と近しい人物以外はそれほど興味がないのだが、最近はなかなかどうして外部から向けられる感情というものに対する感受性が戻ってきているらしい。

 俗世を疎んで感情を閉ざした過去のある宵華にとって、それはあまり喜ばしい変化ではない。一方で、やはり打算抜きに向けられるあたたかな感情というのは悪い気分ではないという気持ちもする。

「宵華、お前それどんな気持ちなんだよ。眉間にしわを寄せながら喜ぶなんて器用だな」

 呆れたような樹希の声を聞いて我に返った宵華は、慌てて顔を覆った。気づけば尻尾は我が手を離れてぶんぶんと揺れており、耳飾りの銀鈴もチリンチリンとうるさい。

「な、なんでもない。目的地は遠いんでしょ?さっさと行きましょ、準備が遅れたらいけないわ」

 恥ずかしさをごまかすようにして歩みを早め、勢いのままに宵華は本殿の扉をくぐった。


「泰然、頼まれた物品の用意ができたわよ。早く台車にまとめて持っていきましょ」

 本殿の入口をくぐり、ずんずんと廊下を歩きながら泰然を呼ぶ。しかし返事がない。本殿はそう広くない為、多少声を張れば奥にいても聞こえるのだが。礼儀を重んじる彼が返事をしない事はまずないのもあり、そこはかとない違和感が湧き上がってくる。

「泰然ー?」

「どうした宵華?」

「泰然を呼んでも返事がないのよ。ここで色々作業してるって言ってたからいない事はないのに…」

 追いついた樹希にも自分の感じている違和感を説明する。口を動かすにつれ、なんとなく嫌な予感がしてきた。廊下に荷物を置いた樹希と共に、急ぎ足で本殿の奥へ向かった。

 広間の横手にある扉をくぐった先にある備品倉庫。さほど広くない空間故、足を踏み入れるまでもなく異変を目の当たりにすることができてしまった。

「うう……」

「父さん!」

「泰然!」

 2人は同時に短い悲鳴を上げながら、件の宮司に駆け寄る。倉庫の真ん中で、宮司泰然は苦しそうにうずくまっていた。

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