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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
4章.縁は異なもの味なもの
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35話.血か想いか

「それで、彼女が狐巫女殿の妹君であると…」

 社務所で始業準備をしていた泰然は、突如現れた(しかも、またもや不法侵入である)宵華の妹に目を白黒させた。無理もない、姉妹とは言うものの、性格も容姿も全く異なるのだ。それでもさすがは泰然というべきか、その一瞬を除いては戸惑いをおくびにも出さず、藍暁を無碍に追い返す事はしなかった。

 少し宵華と樹希を貸してほしいという藍暁の申し出にも、今日は自由に連れて行ってやってほしいと、むしろ泰然から願い出るという対応ぶりである。

「でも、神社の事は」

「気にするな、樹希。元々今日は忙しくない日だし、お客人…こと、狐巫女殿の妹君がいらしているとあれば、おもてなしするのもある意味仕事だろう」

 こうなった泰然は意見を曲げない。穏やかな顔をしているが、神社に関わる事となると意外と頑固なのだ。なんとなく忍びない気持ちを抱えつつ、樹希は従う事にした。


「じゃあ改めて、お互いの自己紹介といきましょうか」

 パンと手を叩き、宵華は2人を促した。社務所の一角にある応接間のような空間に、3人はいた。普段は面接や外部の方との会議、あるいはほとんど来ることは無いのだが、折り入って神社に用があるというお客さんとの話で使っているのだが、幸いにも今日はそのような予定も入っていない。好きなだけ使うといいとの泰然の言である。

「とは言っても、藍暁は私たちの事はほとんど知ってるものね」

「まあね。お姉ちゃんのついでだけど、あんたの事も観察してたから」

 宵華の話しかけに藍暁が頷いた。千里眼…何度聞いても、樹希には非現実的な話に聞こえる。しかし自分を捉えるその双眸は、否応にもその現実を突きつけてくる。よく見ると、藍暁の眼はただ大きいだけでなく、何やら妙な円模様が入っているように見える。

「何よじろじろ見て。もしかして私に惚れちゃった?」

 いつまで見つめていたのか、藍暁は顔を近づけ、からかうようにして樹希の目を見つめ返していた。瞳に入った円模様が広がる。その様子を見て鳥肌が立ってしまった。悲鳴を上げなかったのは我ながら偉いと思う。

 しかしその驚きは伝わっていたようで、藍暁はくすくすと笑っている。隣では宵華が頭に手を当てため息をついていた。

「ごめんなさい樹希。この子、人をからかうのが趣味だから…」

「初対面の人は大抵、この目を見て驚くのよね。反応を見るのが面白いったら」

「なんて妹なんだ…」

 しかし、おかげで外での緊張感はほぐれた気がする。まんまと罠に嵌められたというのはやや腹立たしいが…思い通りの反応が見られて満足そうな藍暁は、ようやく居住まいを正してくれた。

「はー面白かった。ええと、なんだっけ?ああ自己紹介ね。名前はもういいと思うけど、私は藍暁。宵華は姉よ。といっても、血の繋がりはないけどね」

「…ああ、契約姉妹とかいう」

「なぁんだ、知ってるの。じゃあ話は早いか」

 説明を省こうとした藍暁を慌てて制止する。樹希は宵華の昔話から『契約姉妹』という単語は知っていたものの、その詳細な内容については知らなかった。

 あからさまに嫌そうな顔をする藍暁だが、きちんと説明を始めてくれた。これでいて、案外真面目な人なのかもしれない。

「なによ、メンドクサイなあ。まあいいわ。契約姉妹っていうのは、天狐の一族に伝わる、いわゆるしきたりみたいなものね。……その言葉を知ってるなら、お姉ちゃんの事情もある程度知ってるって事でいいわね?」

「あ、ああ、まあ多少は」

 宵華の過去についてはよほど話すのが嫌なのだろう、藍暁は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら話した。樹希の隣に座る当の本人は、どこ吹く風といった顔で耳の銀鈴を鳴らし、茶まで飲んでいる…ゆらゆらと尻尾を揺らしているあたり、本当に気にしていないようだ。樹希としても、2人を思うと重い過去を何度も語らせるのは気が引けた。


「じゃあお姉ちゃんの個人的な過去については省略するわ。天狐の一族は、他種族との交流、特に番う事を強く嫌ってる。血統だかなんだか知ったこっちゃないけど、それは他種族との交際、特に恋愛感情を絡ませたモノを掟で禁じるくらいにはね」

 そこまでは、宵華の話で聞いていた事だ。理解しているという風に頷くと、藍暁も頷き返して続けた。

「それから、私たち天狐が長命なのは…言うまでもないわね。でも代わりに、子供がものすごく産まれにくいの。そんな一族の仲間をホイホイ追放していったら、そのうち滅んじゃうと思わない?」

「それはそうだな。でも、他の種族とのハーフというのは」

「そんなのがポンポン産まれてたら、掟なんか存在しないわよ。他種族との混血児は、純血よりもはるかに少ないわ。少なくとも、私は見た事はないくらい」

 掟が生まれるからには、それ相応の事情があるという事かと、樹希は内心で納得した。

「とにかく!追放してハイさよーならで、そのあと野垂れ死にしたり自殺されたりされちゃ一族の存亡にかかわるわけ。だからね、掟と一緒に追放者と一族との窓口を設けてあるの。それが契約姉妹あるいは契約兄弟って事」

「その制度で選出された人が、追放された人たちの様子を里に伝えてるのよ」

 藍暁の説明に、宵華が補足してくれた。

「言ってみれば、種族ぐるみでその後の生存確認をするわけか。でもそれだけじゃ、追放された方は変わらなくないか?別に子供ができるわけでもなし」

 そのような回りくどい事をせずとも、厳重注意で済ませればよいものを。随分とお優しい制度な上に、樹希には穴が多いような気がした。

「当然の疑問よね。さっき血統って言ったけど、天狐は昔っから純血主義の塊みたいなモンなのよ。だから、里に別の血を招き入れる危険分子は排除したいの。でもそれだけじゃ、何度も言うように一族が減っちゃう。だから、追放者同士でくっついちゃって?っていうハプニングを期待してるみたいよ」

「なんだそりゃ」

「主義と現実を天秤にかけた、苦し紛れの策よ。実際、追放者同士が番って子供まで設けた話はこの数百年の内で数件だけ。大抵は一人で過ごすか、今だったら人間社会に姿を消した連中もいるわね」

 ほとんど機能していないのが実情のようだ。藍暁ほど目をかけてくれる存在の方が珍しいのかもしれない。


 ここまで話して、藍暁はお茶を飲んで一息ついた。どうやら契約姉妹の説明は以上になるらしい。

「ほとんど風化したような制度だけどね。契約姉妹っていうのはそんな感じ。でも私は、まあお姉ちゃんの事は本当の姉だと思ってるから。そんな制度に頼らなくても、元気に過ごせるならなんだってする。別に種族が違う恋をしたって構わない。純血主義なんかより、そっちの方が大事」

 朝から見てきたどの場面よりも、真剣な表情だった。本気で姉を想っている事が容易に伝わってくる。

「なんで、っていうのは聞かないでね?それは私だけの宝物だから。…本当はね、あんたにも感謝してるの。お姉ちゃんがこんなに幸せそうなのは久々に見たから。嫉妬したのも本心だけど、これも本心。だから、改めてお礼を言わせて」

 そう言って藍暁は樹希に頭を下げて見せた。パラパラと崩れる髪の隙間から、小さな耳が顔を覗かせる。見てはいけない物を見てしまった気分になったのも相まって、樹希は慌てて顔を上げさせる。その様子を、宵華は驚きと喜びをない交ぜにしたような表情で眺めていた。

「いい子でしょ?自慢の妹なの」

 小首をかしげて樹希に笑いかけた宵華の顔は、いつしか境内の庭で見たような、慈しみに満ちたものだった。

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