29話.現代の遊び
案内された先は、これまた箕山組の管轄らしかった。同じ電子機器の系統とはいえ、幅広い商売のようだ。ただ、分野が娯楽に振れているためか、先ほどの店舗よりかは人の出入りは少ない。人混みの苦手な宵華にとっては幾分か気が楽だろうか。
「天狐の宵華ちゃんにはすこぉしうるさい場所かもしれんけどな。僕も最初はしんどかったから、まあ慣れやね…と思ったら、案外平気そうやんか」
2人の心配をよそに、宵華はキラキラとした表情で整然と並ぶ筐体を眺めまわしていた。「樹希、あれは何?」「あれもげえむなの?面白そうね!」等々、樹希を引っ張ってははしゃいでいる。手に荷物を持っていないと思ったら、樹希の隣に立つ和真に預けていたらしい。ちゃっかりしている。
「あらら、僕はそろそろお役御免やろか。今日はおおきに、また事務所にも遊びに来てやー」
この隣の建物にフードコートがあるでー、と言い残して、宵華の荷物を樹希に渡した和真は去っていった。樹希と宵華は礼を述べて彼を見送り、光と音の洪水の中に足を踏み入れていった。
樹希は大学時代、ちょっとした知り合いと一緒にこの手の施設で遊んだ事がある。タイトルはガラリと変わっているが、中には当時から残っている物もあった。
「おっ、これまだ残ってたのか」
樹希が懐かしそうに、ひとつのゲームへ視線をやった。リズムゲームの類である。円状に並んだボタンとタッチパネル式の画面を駆使して、音楽の完奏を目指すものだ。
「知ってるの?」
「うん、昔ちょっとな。今ほど華やかじゃなかったけど、内容は変わらなそうだ」
宵華の問いに答える。プレイを見てみたいと言うので、ワンコインだけ遊んでみることにした。
樹希はゲームが特別得意というわけではないが、このタイトルはかなりのめり込んだ。好きな曲が多数収録されている事も理由の一つだが、ゲームセンターで初めて友達と触ったのが、このゲームだったのだ。今でも財布に忍ばせているメモリカードを取り出し、機体に読み取らせる。数年前のデータなので心配だったが、問題なく読み込んでくれた。表示されるアバター名、記録、ランクが懐かしい。あの頃に戻ったようだ。
「わあ。ものすごく大きい数字が出てるけど、これってすごいの?」
「うーん、どうだろうなあ。昔は結構頑張ってたからいい方のスコアなんだろうけど、今はどうだろう」
言いながらも、周囲からの視線や「すげぇ」「ランカーかよ」のような野次も飛んでくる。宵華は自分の事でもないのに誇らしげだ。なんだろう、彼女の人嫌いは今日一日で消え失せたのだろうか?
「別に、今も好きじゃない。樹希が褒められてそうなのが嬉しかっただけ」
顔に出ていたのだろうか、宵華が照れくさそうに言ってきた。こちらまで顔が熱くなってくる。
気を取り直して、ゲームに集中することにした。選曲し、難易度を選ぶ。腕が鈍っていなければいいがと、一番得意な曲。Music Start!!の言葉とともに、曲が始まる。心地よい前奏だ。
目まぐるしく飛び交うノーツの数々だが、意外にも追えている。体も目と脳の反応にしっかりとついてきてくれた。焦ってしまうフレーズもありつつ、危なげなく曲を終えられた。傍らの宵華が「すごーい!」と拍手をしており、一拍遅れて周囲からもパラパラと拍手が沸いた。集中していて気づかなかったが、いつの間にやらギャラリーができている。宵華もギョッとして周囲の観客たちを見回していた。
照れくささを感じながら宵華を呼ぶ。寄ってきた彼女に場所を譲った。
「もう一曲できるから、宵華もやってみるか?」
「え?」
せっかくのデートで、1人だけ楽しんでいても仕方がない。その提案に、宵華は戸惑いながらもうなずいてくれた。
「曲は少しだけ流れるから、好きな曲を選ぶといい。難しさの違いがあるから気を付けるんだ。そこの数字が小さい方が簡単だから」
簡潔に説明して、宵華に選曲させる。曲選びから、音ゲーというのは楽しいのだ。真剣な表情で選ぶ宵華を、樹希は楽しげに眺めた。
無事に曲選びが終わる。初めてなので、チュートリアルもつけさせた。緊張した面持ちで、宵華はガイドに従っていく。一通りの説明が終わったところで、ついに音楽が始まった。
「…は?」
宵華のプレイは、一言で言えばすさまじかった。およそ初見とは思えない反応速度と体の使い方。難易度の低い曲を選んでいたとはいえ、初プレイでコンボを切らさないというのは、樹希の知る中ではありえない結果だ。
普段活動的でない場面しか見ないので知らなかったが、宵華はこれほどに身体能力が高いとは。それとも、天狐という種族全体が身体能力に秀でているのだろうか。
呆気にとられながらも、樹希は思わず拍手をしてしまう。周囲のギャラリーは既に解散していたが、1,2人は一緒になって手を叩いていた。おそらく、チュートリアルの段階から見ていたのだろう。
「樹希と同じのが出たよ!」
「あ、ああ、そうだな。すごいよ宵華。初めてとは思えなかった」
嬉しそうに樹希を見やる宵華の声に意識が戻り、素直な感想を言った。
「宵華、遊んでみてどうだった?楽しかったか?」
「楽しかった、けど樹希がいないなら別にやらないかな。体を動かしたり、目の体操をするだけなら山でもできるし」
なんとも宵華らしい感想だった。しかし、少しでも楽しめたのならそれは良かったと、樹希は思う。
「じゃあ、また来た時に一緒にやろう」
樹希のその言葉に、宵華は微笑みを浮かべながらうなずいた。
それからは、特に自分たちで遊ぶこともなく、他の人がプレイしている様子を眺めたり、画面に流れるデモ映像を見たりして過ごした。
そのうちに空腹を感じはじめた2人は、隣の建物にあるというフードコートで食事をした。樹希にとっては特に目新しい物はなかったが、宵華は神社ではまず見ないファーストフードの類に興味を惹かれ、「味が濃い!」等と言いながらも初めて食べるハンバーガーを楽しんでいたようだった。
「そういえば、和真の連絡先を聞いてなかったね」
指についたケチャップをぬぐいながら、宵華が言った。そういえば忘れていた。今から探そうにも、今日は彼についていくばかりだったので、事務所や和真の自宅の場所も覚えていない。
どうしようかと考えていると、おもむろに宵華はビニールの手提げからスマホの箱を取り出した。連絡先の話をしていて思い出したらしい。和真の事はひとまず置いておいて、初期設定を手伝う事にするか…と見ていると、箱の陰から一枚の紙きれがひらりと落ちた。レシートか何かかと思ったが違うようだ。見ると、なんと箕山和真の名前と電話番号、そしてLINEのアドレスが書かれていた。
「あいつ、いつの間に…」
おそらく、ゲームセンターで宵華がこの袋を手渡した時だろう。最後までちゃっかりしている男である。
ともあれ、偶然か必然か箕山組とのつながりが持てた事になる。これも、彼らの言うご縁なのだろう。ゆらゆらと銀鈴を鳴らす宵華と紙切れを見比べながら、樹希は笑みを浮かべた。




