28話.宵華のスマホデビュー
和真に案内された家電量販店は、なるほど大きかった。目の前に立つと、視界が店舗でおおわれる。そしてやけに目立つ狸の意匠。箕山組だからだろうか、看板にデカデカと描かれているマスコットキャラクターは、蓑を羽織った狸のようだ。およそ電化製品を取り扱っているとは思えないイラストだが、この規模ということは繁盛しているのだろう。よく見れば人の出入りも非常に多い。
人通りといえば、宵華は帽子を脱ぎ、尻尾も出している。これは和真と六右衛門の提案で、「変に隠すから見られたときに目立つんや。アクセサリやらで適当に飾って、コスプレみたいにしといたらええ」とのアドバイスだった。そういえば、和真が日中助けてくれた時も、コスプレは初めてなんだからといったような事を言っていた気がする。
狐耳に沿うようにしてカチューシャを着け、尻尾の付け根にはベルトを巻いただけの、本当にシンプルな装飾。それだけで、街行く人々は宵華に目もくれなくなった。いや、正確には一瞥したり、写真を撮らせてほしいと頼んでくる者もいるにはいたのだが、それでも昼間のような大騒ぎにはならなかった。
「この街はサブカルにも明るいからな。この方がかえって目立たんのや。ほら見てみ、そこの路地はぜ~んぶコンカフェやコスプレ用のファッションショップや」
和真が2人の目を横道に向けさせた。広い道の両側に広がる、ひときわ煌びやかな店舗の数々。歩いているのは、メイドに幽霊、吸血鬼…果てはどこぞのお姫様のような格好をした人もいる。なるほど、この中では宵華もまったく目立たないわけだと、樹希は合点がいった。当の本人は「こん?かふぇ?油揚げでもお土産に持っていったらいい?」と、純粋な疑問をぶつけて和真を笑わせていた。
店内はさらに賑やかだった。これだけの広さにも関わらず、人のいない空間が見当たらない。どうやら、箕山六右衛門の商才というのはすさまじいものがあるらしい。商売や経営というものについては、樹希はとんと疎いのだが、嫌でも目を引く商品の陳列やポップアップなどを見ていると、なるほど客を飽きさせない工夫が凝らしてあるのだなあと感じる。神社付近の商店街ではあまり見てこなかった風景だ。
「ここがスマホやら携帯機器のコーナーやね。樹希の使てる機種は…ああ、この先や」
そうこうしているうちに、目的の場所までたどり着いた。和真の案内ですぐに来られたが、1人では案内を見ながらでも数倍の時間がかかりそうだ。何せ、今何階にいるのかも怪しい。宵華を見ると、すでに目を回していた。今から彼女の分も買うというのに、先が思いやられそうだ。
そう思っていたのだが、購入自体はすんなりと終わった。宵華は樹希と同じものが良いと、迷うことなく選んでいた。これまで個人的に電子機器と触れ合う事がなかったのだから、考えてみればそうか。色まで同じにしようとしていたので、さすがに見分けがつくようにと別色を提案しておいた。樹希はグレー、宵華はゴールドを基調としたシンプルな色合いだ。
ちなみに端末購入の際、契約会社の話や分割払い、その他キャンペーンに関する説明がされたが、宵華はやはりちんぷんかんぷんの様子だった。耳と尻尾が動かないよう耐えているのか、それとも説明が意味不明すぎて混乱しているのか、終始しかめっ面で話を聞いていた為、店員さんも多少やりづらそうだった。おそらく両方なのだろうが、どちらにしてもとても申し訳ない。宵華には後でかみ砕いて説明してやるとしよう、と樹希は心の中で店員さんに謝った。
「しかし、こんなにおまけしてもらって、本当にいいのか?」
「ええてええて。このくらいの勉強、今後の事を考えりゃ安いもんや」
なんと、六右衛門の好意によって、本来の半額以下で購入できてしまった。宵華の分も含めて一台分。予算内どころか、おつりまで来るレベルだ。和真の言を鵜呑みにするなら、これでも十分に利益が出るのだそうだが…まあ、経営者が見れば何かわかるのだろう。
その傍ら、宵華はおおお…とプレゼントを掲げて目を輝かせている。力の抜けた樹希は慣れない事を考えるのをやめた。
「ところでお二人さん」
店を出たところで、和真が声をかけた。
「目的はちゃんと果たせたみたいやけど、この後はどうするん?夜にはもうちょいあるで?」
特に予定がないのなら遊んで行ったらどうだ、という提案のようだ。確かに、このまま帰るのも勿体ない気はする。樹希はともかく、宵華はせっかくの初都会なのだ。
「遊ぶって言ったって、どんな事ができるの?」
宵華が尋ねた。神社から出ることがまずない彼女には、娯楽といえば酒盛りと山菜狩り程度のものだ。想像がつかないのも無理はない。
「ん~?そうやなあ、例えば美味いもん食べるだけでもええし、ゲームセンターで遊んだり、他の店行ってショッピングもええやろ?この時間からやと、さっき見た通りも賑わうんとちゃうかな」
和真が答えると、宵華は「そのげえむせんたあ、っていう所に行ってみたい」と興味を示した。意外な回答だと思ったが、時々樹希がスマホで遊んでいるのを見ていたため、ゲーム自体には興味があったらしい。普段は、目がチカチカすると言ってすぐに離れていくのだが、大丈夫だろうか。
樹希の心配を知らずに、和真は大きく頷いて案内を始めた。宵華は意気揚々とそのあとについていく。
「仕方ないな…」
あの六右衛門が率いる箕山組の管轄下なのであれば何かあるという事はないだろうし、宵華が楽しめればそれでいい。そう思って、樹希も後を追った。