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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
3章.狐と狸と人間と
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26話.歴史の授業

 事の発端は、もともと天狐が土着信仰として根を張っていた地域に、他所から狸人が新たな信仰をひっさげてやって来た事らしい。宗教としての性格が全く異なる事もあり、天狐としてはそれが面白くなかったそうだ。

「簡単に言うと、血統に対する考え方ですわ。天狐はその長命性と土着の信仰という性格から、純血をよしとしとりました。対して我々狸人は、天狐のような長命性もなければ、地域に根差した信仰のようなもんもなかった。じゃあどうしたか言うと、人間の社会に溶け込むようにして共存を選んだんですな。純血なんか守る余裕もなくてな、人間との共存の中で、彼らと交わる事で血筋を残しとりました。こうして現代でも人間社会に潜んどるのは、それが由縁というわけです」

 天狐からすれば、それは信仰の対象たる神と、神を崇める人とが交わる事に他ならない。神の血に人の血を混ぜるなど、彼らには自分たちの存在そのものを穢す以外の何物でもなかったのだろう。それを躊躇なく行ってしまえる狸人の思考回路は、きっと理解できなかったに違いない。

「独占していた信仰の一部を横取りした挙句、神としての自分たち一族の立場を揺るがせた狸人を、当時の天狐の皆さんはさぞ憎んだんでしょうな」

「確かに…でも、それでは貴方がたが俺たちを助けてくれるのとは、事情が正反対になってきますが…」

 自分たちの存在意義を揺るがすような大事件だ。その確執は簡単に払拭できるものではない。樹希としては当然の疑問だったが、六右衛門はそれを制した。

「まあまあ、結論を急いだらあかん。昔話には、まだ続きがあるんや…そないな風に、せま~い地域の中で信仰を取り合っとった2種族なんやけど、そこに厄介な賊が現れたんですわ。いや、儂らも実物を見たことはないんやけどな?」

 六右衛門はお茶を飲んで一息ついた。樹希たちもそれに倣い、湯呑を置いたのを見届けると、続けた。

「なんや、聞くところによると、その連中は色んな姿のもんがおったらしい。人間そのものやったり、鼬を使役する奴やったり、あるいは儂や宵華ちゃんみたいに、人間の姿に鼬の耳や尻尾を持った奴やったり…とにかく鼬を思わせるモンを寄せ集めたような、ようわからん集団やったそうですわ。まあ鼬の要素が目立つ連中やったらしいから、儂や先代箕山組長は鼬族と呼んどる。で、その鼬族いうのがな、嫌らしい事に天狐と狸人の真似事をして信仰にいちゃもんつけよったり、あるいはその信者を横取りして貢がせたりしとったみたいなんですわ」

 信仰云々はともかく、商売の邪魔なんぞえらい迷惑な連中や、と六右衛門が毒づいた。実際に相対した事はないため、現代にも存在しているのかは不明だそうだ。


「へぇ~、そんな奴らがおったんか。親父、具体的には何されてたん?」

 よほど酷いやり方だったのだろうかと気になっていると、同じ疑問を持ったらしい和真が口を挟んでくれた。

「ん?そやなあ、儂が聞いた限りやと、近くの神社の神主さんを誘拐やら殺すやらして自分らがその人に成りすましてたり、お守りの中になんや呪物みたいなもんを数個こっそり忍ばせたり、時代が時代やったんでそれこそ神社を侵略してみたり…そもそもが烏合の衆みたいな集団やったらしくて、行動に一貫性はなかったいうことは聞いとるなあ」

 六右衛門は顎をさすりながら答えた。窃盗、詐称、殺人など、広く犯罪とされる行為は一通りしていたようだ。

「厄介な連中を前に、信仰の奪い合いなんぞやってられん言うことで、天狐と狸人は、鼬族の排除に手を組んだんですな。しかし一枚岩でないだけで、鼬族もちゃちな組織ではなかった。単なる害獣駆除の感覚でおったのが、思いもよらぬ抗争に発展したわけです」


 それは、庇護の対象…鼬族にとっても餌である、地域の人間たちまで巻き込むような規模だった。周囲の村をいくつも巻き込むような、一言で言うならばまさに戦争だったと、箕山組では伝わっているらしい。宗教戦争、という言葉が樹希の脳裏をよぎり、怖気が走った。

「抗争は何年も続きました。信者の皆さんこそ、両種族が匿うなんかして守ったらしいんですが、その分天狐と狸人からは多くの死人が出たそうや。現代では、幸か不幸かあんまりイメージが湧きませんな…いや、そのお顔。お二人は違うようやね」

 六右衛門の言葉通り、樹希と宵華の頭には先の榊原の事件が浮かんでいた。場に充満していた鉄臭さ…あんなものでは比にならないレベルなのだろうと思うと、やりきれない。

「嫌な事を思い出させたみたいや。えらいすんません」

「いえ、六右衛門さんが謝ることではないです。どうか気を悪くなさらず…」

 深々と頭を下げる六右衛門を、慌てて樹希は止めた。ややばつの悪そうな表情のまま、六右衛門は話を続ける。

「もう少しで終わりますさかいに、堪忍な。ええと、どこまで話したか…そうやそうや、とにかく大規模に広がった抗争も、なんとか収拾がつく日が来たんですわ。地の利が幸いして、鼬族を籠城させることに成功した後、兵糧攻めでようやく終結したと伝わっとります。賊の処分の後は、とにかく両種族や信者たちの犠牲者を弔っていくのが大変やったそうです。…ただ、その事が、お互いの認識にちょっとした変化を与えたみたいでしてな?うちらもあんたさんらも、結局生き物やったなあと、そんな雰囲気が漂うようになったらしいんですわ。どっちが先とかはないらしいんやが、どうやら天狐の皆さんの方が先に言い始めたとは聞いとります」

 どうやら、これまでは信仰対象すなわち神格として自認していた両種族だが、仲間の死を目にして、お互い…特に天狐側から、自分たちの神性について疑問視する者が多く出てきたらしい。その一部の人々が、お互い信者の人間たちを介して、時には直接に、交易や情報交換などをするようになったのだそうだ。


「この鼬族の出現から抗争、その終結までの数年。それが大体、今から6、700年前くらいの話と聞いとりますわ。以来、ちょくちょく天狐の皆さんとやり取りさせてもらうようになりました。その中の一派が、儂ら箕山組いうわけです」

 数ある狸人の組の中でも箕山組は穏健派でご縁、つまり様々なつながりを大事にする組織で、天狐との協力には他よりも一足も二足も早く手がけたんや、と六右衛門は自慢げに語った。ちなみに、他の組について尋ねると、硬派かつ種族に強い誇りを持つ屋島組や、箕山組よりもさらに社交的で商売上手な金長組、狸人の中でもひと際ミステリアスな刑部組などが存在しているらしい。ただどの組も、日本国内とはいえ遠く離れた地のコミュニティであり、現在では全く交流がないようだった。

 信仰への価値観の違いに始まる宗教的対立のさなか、狡猾に漁夫の利を狙う第三者。解決の為に両種族が手を組んだ事は、苦渋の決断だったのだろうか。いや、最後の六右衛門の言葉を鑑みるに、案外敵というよりも好敵手だったのかもしれない。

 ちなみに宵華を見ると、彼女は両種族の対立も、鼬族の干渉も、知らないといった風に首を振った。そういえば、彼女は狸人の存在を知らない風だった。詳しい歳は知らないが、宵華は500年前後生きているのだったか。鼬族との抗争の終結が600~700年ほどと考えると、宵華が生まれた頃には鼬族の問題は解決していて、両種族の棲み分けも済んでいたのだろう。

 ともかくも、過去にそんな出来事があったとは思わなかった。まるで、おとぎ話と神話と歴史の授業を一度に聞かされたかのような…自分の暮らす現実がわずかに揺らいだような、不思議で少し怖い感覚だった。

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