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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
1章.宵闇の一輪華
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2話.酒盛り

 社務所を出ると、既に夕日が落ちかけ、あたりは薄闇に覆われていた。夜の境内には等間隔で明かりが灯いているが、それでも足元は暗い。なだらかとはいえ、元々が山の上に建っている神社ということもあり、日が落ち切らないうちに帰れる方が良い。

 特に最近は、禰宜(ねぎ)という役職に就いたせいもあって、運営業務のための残業に追われる日も増えてきた。小さな神社なので仕方のない事とはいえ、今日以上に真っ暗な境内を歩く日もザラにある。

 (宿舎までには小酒館しょうしゅかんがあるから、暗くても道に迷わないのが幸いだよな)

 社務所を出て、右手に伸びる道を通っていくと、そこに小酒館が建っている。そのさらに先に、樹希いつきの暮らす宿舎は建っていた。

 森閑としている夜の境内。小酒館から毎晩のように漏れ出ている光のおかげで、樹希が道を間違う事はこれまで一度もなかった。


「ね~いつきぃ、わらひといっぱいど~お?」

 その小酒館の入口に差し掛かると、呂律の回っていない声が樹希を呼び止めた。目線をやると、宵華ゆうかが一人、館の最も入り口に近い席で晩酌をしていた。

 彼女はご機嫌な様子で自前の狐耳と尻尾を揺らし、銀鈴の耳飾りを鳴らしている。既に出来上がっているが、今になってまでも酌の相手を探していたようだ。樹希は、呆れたように頭を掻きながら歩み寄る。

「もうめちゃくちゃに酔ってるじゃないか宵華…少しくらいなら付き合ってやるけど」

 いつもの事だな、と呟きを残し、樹希は館内で酒瓶に囲まれた宵華に近づく。樹希の言葉に、宵華もふらふらと立ち上がった。

「やったあ~!いっしょにとりにいこ~」

 まともに立つのも難しそうだが、なかなかどうして歩みはしっかりとしている。樹希の手を引く力が強い。危ないだろ、という樹希の小言にも一切耳を貸さない様子で、ずんずんと厨房まで歩みを進めていく。

「一体何本飲んだんだ…こらこら引っ張るんじゃない、ちゃんと行くから落ち着けよ」

 今日はいつにも増して、宵華の酔い具合はひどい。「ひゃく~?かも~」などと答えつつ、石畳の床に足を取られそうになりながら歩く彼女を、樹希はため息をつきながらも支えてやる。

「ほら、気を付けないと。…そんな人形まで抱えて、こけたら大変だぞ」


 えへへ~、とだらしなく笑いながら歩く宵華を支えながら、何とか厨房から一升瓶を持ってきた二人。席に着き、酔っている為に開栓に苦戦している宵華を、樹希は持ってきたグラスをもてあそびながら眺めていた。

(こいつ、いつもより酔いが酷いな…いつものアレ、やっておくか)

 おもむろに立ち上がる樹希に、宵華は気づいていない。そのまま音を立てずに、樹希は厨房に戻った。

 席へ戻ると、ようやく宵華が酒瓶を開けられた瞬間だった。顔を上げ、席のそばで立っている樹希に心底嬉しそうな表情を向けた。

「あいたよ~!あれ、どっかいってたの?」

「ん?ああ、ちょっとな。グラスを忘れてた」

 そう?と、先ほど樹希が酒瓶と一緒にグラスも持ってきていた事に気づいていない様子の宵華は、目の前に置かれていた2つのグラスに酒を注ぐ。透明な液体が流れ出て、豊かな米の香りが漂ってくる。

 良い香りだと思いながら、樹希は今しがた用意した別のグラスを、宵華の目の前に突き出した。

「ほら、飲み残しがあったぞ。まず空けてしまえ」

 突然現れたもう一杯のグラスを、宵華は金色の瞳でぼんやりと眺めた。

「ん~…?もういっぱいある~…?」

 そう呟きながら、その冷たいグラスを手に取り、呷った。爽やかな冷気が、宵華の喉を通り過ぎた。

「あれ…これ、水…?」

 唐突な清涼感に目を白黒させ、宵華は不思議そうに樹希を見上げた。多少でも酔いが醒めたのか、幾分焦点の合うようになった目で、樹希の顔を見つめる。

「なんで水…?」

 せっかく気持ちよくなっていたのに、という恨み言が言外に聞こえてくるようだったが、構わずに樹希は微笑む。

「せっかくの二人酒だ。そんな酔っ払いと飲むつもりはないぞ」

「ん~、まあそうだけど…」

 釈然としないのか、宵華はもそもそと口ごもる。そんな彼女の頭を、樹希は軽く撫でた。

「少し落ち着けよ。いつもよりも酒の進み、早いだろ。午前様なんて勘弁だぞ」

 ううぅ、と何も言い返せない宵華が、狐の耳を垂れさせる。銀鈴が、居心地悪そうにチリンと鳴った。どうやら図星のようだ。

 ちょうどよく宵華の酔いが醒めた事を確認し、慰めるように酒の入ったグラスを手渡す。

「今度は本物。さ、乾杯だ」

 笑顔を浮かべ、樹希はグラスに口をつけた。

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