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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
3章.狐と狸と人間と
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24話.助っ人

 樹希は必死にこの場を何とか出来ないか考える。とりあえず、ずれた帽子を直さなければ。

「ちょ、ちょっと、見せ物じゃないんで…!」

 呆然と立ち尽くす宵華を庇いながら周りに呼びかけるが、収まるどころか騒ぎは大きくなるばかりで、果てにはスマホのカメラを2人に向ける者まで出てきた。

 樹希も情報社会について詳しいわけではないが、写真を撮られネットに流されると、さすがにまずい気がした。それ以前にこれはプライバシーの侵害である。混乱と焦りの他に、ふつふつと怒りも湧いてきた。


 無遠慮極まりない群衆に怒声のひとつでもくれてやろうかと息を吸ったその時、

「あーー!こんなところにおったー!!」

 聞きなれない大声が、その場に響き渡った。そちらを見やると、これまた見慣れない青年の男性。なんと、狸の耳と尻尾を備えている。その男は、2人に対してさらに続けた。

「もーやっと見つけたわ、僕が来るまで見せたらダメや言うたやんかユウカちゃん!イツキくんもしっかりしてぇな~。彼女、コスプレ初めてなんやろ?こないな所で見せたらそら注目浴びるやんか、もうちょい気ぃ遣たらな!」

 狸の青年はまくし立てながら、樹希にアイコンタクトを送る。合わせろ、という事だろうか。

「そ、そうなんだよ。ちょっと不注意で帽子がずれちゃって。まさかこんな騒ぎになるなんてさ」

「あかんよ気をつけな~!ああ、とにかくそういうわけですわ、皆さんお騒がせして、堪忍したってな!完成を見たい人は、SNSやってるんで僕のアカウント探してみてください!この狸の耳と尻尾が目印です~」

 自分の耳と尻尾をアピールしながらそこまで言うと、「なんだ、コスプレか」等と口々に言いながらギャラリーは早々に散開してしまった。先ほどまでの騒ぎなどなかったかのように、皆自分の世界へと戻っている。

「ふぅ…とりあえずお二人さん、ちょっと落ち着ける場所まで行こか。近くに僕の家があります。ついてきてや」

「あ…はい」

 お礼を述べる間もなく、青年はずんずんと歩き出す。ずっと呆気に取られていた宵華の手を引き、樹希は何とか彼の後をついていった。


「どうぞどうぞ、散らかってるけど気にせんでや」

 散らかっている、と言いながらも小綺麗に整頓された部屋へ案内された。促されるまま、ソファに座り渡されたお茶を飲む。ホッと息をついたところで、ようやく樹希も宵華も落ち着けた。

「落ち着いたみたいやね。とりあえず、僕は箕山和真(みのやま かずま)言います。よろしゅう」

 机を挟んでソファと向かいにスツールを置き、座った青年はそう名乗った。

「俺は…」

「ああ知ってるよ。樹希くんに宵華ちゃんやね?」

 和真は遮るようにして言った。そういえば、先ほども名前を呼ばれた気がする。あれは気のせいではなかったようだが、それなら何故知っているのだろうか?

「なんで自分らの名前を知ってるのか、って感じやな?」

 和真がニヤリと笑う。まるでこちらの考えを見透かしているかのようだ。

「まあまあそない恐ろしい顔せんと。別に君らのストーカーやあれへんよ。宵華ちゃん、天狐やね?千里眼の姉さんが教えてくれたんや、って言うたら分かるやろ?」

 その言葉に宵華は得心がいったようだった。「…ああ、藍暁(あかり)ね!」と1人納得している。事情が分からないのは樹希だけのようだ。そんな樹希に、宵華は簡単に説明する。

「前に、家で視線感じた事、あったでしょ?あれ、藍暁っていう私の妹なの。千里眼の姉さんっていうのも、その子の事よ」

 そういえばそんな事もあった。榊原の影を警戒していたのであまり印象に残っていなかったが…それに、血の繋がらない妹がいる事も、彼女の昔話の中で聞いた記憶がある。

「なるほど…あの子ったら、相変わらず過保護なんだから」

 姉の顔をする宵華。先ほどまで一番おろおろしていたのにどの口が言っているんだろうと、と樹希は少しおかしくなった。

 優しい目で彼女を見ながら樹希は和真に向き直り、そこでもう一つ疑問を思い出した。

「そういえば、箕山さん」

「和真でええよ」

「じゃあ、和真。その、あなたの耳と尻尾は一体…?」

 コスプレ、という事であの場を収めてくれていたが、ゆらゆらと揺れている尻尾を見る限り、そんなはずはない。間違いなく、宵華と同じ自前のものだ。

「ああこれ?もちろん僕から生えてるよ。カワイイやろ?」

事も無げに和真は答えた。天狐の事も知っているようだし、そういう一族なのだろうか。

「狸の一族なんていうのもいるんだな。宵華がいるから、別にものすごく驚きはしないけど」

「そういう事。僕らは狸人(りじん)って自称してる。ま、大抵は自分の組を名乗ってるけどな。僕やったら箕山組の和真やね。僕ら狸人は広く人間社会に溶け込んでるから、一族よりも小さいコミュニティで地域ごとに暮らしてるんや。その方が色々と動きやすいからなあ。天狐の皆さんとはまた違った生き方やから、面白いやろ」

 和真の話を聞く限り、人間のコミュニティにかなり近しいものを感じた。そんな樹希と宵華に、和真はやや険しい顔をする。

「それよりも!僕ら箕山組の生活圏内やったから良かったものの、現代は人間中心の社会なんや。さっきみたいに狐耳なんか出したら、格好の餌食になってまうで?最近はネットの発展ですぐ晒し者になってまうし、もう少し立ち回りに気を遣わな。僕だって、いつもやったらこんな風に耳も尻尾も出してはよう歩かんわ」

 そう言いながら、視線は樹希のみに向いている。人間なんだから、他種族が目立っていない事や、そこから連想できることに気を遣え、と暗に示されている気がした。「宵華ちゃん達天狐の皆さんは、閉鎖的な種族やからしゃあない所はあるけどなぁ…」と言っているので、間違いないだろう。


 首を軽く傾げて苦笑する樹希は、内心反省していた。街に出る際、須々木とも示し合わせていたのに、悪い予感を現実にしてしまったわけだ。なんとも不甲斐ない気持ちになる。

「…とまあ厳しい事は言ったけど、そんなもん気を付けようとしてたのは知ってる。僕ら箕山組がおる所では助けになったるわ。この世は持ちつ持たれつ、困ったときはお互い様ってね。それに、天狐の頼みで出来た縁やったら、僕らも無碍にはできんから」

「ありがとう…」

 すごんだ顔から一転、お茶目にウインクする和真。なんとなく、この人は信用できると思った樹希と宵華は、その親切な申し出に揃って礼を述べた。警戒が解けた事を感じとった和真は続ける。

「そうや、これも何かの縁やし、ついでに組長にも会っていかん?今の時間やったら暇してるハズやし」

 思い立ったが吉日!などと言いながら和真はスツールから立ち上がり、玄関まで2人を促した。樹希は流されている気がしないでもなかったが、別に急ぎの用で来ているわけでもない。話を聞く限り、組としても先ほど助けてもらった礼をすべきだろう。そう考え、ひょうきんな狸人の後を付いていくのだった。

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