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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
3章.狐と狸と人間と
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23話.上京デビュー

 駅に着くと、まだ電車は来ていないようだった。この辺りを離れたことがない宵華が乗り方を知っているかも分からなかったので、ちょうどいい。

 改札の前で突っ立っている宵華を連れて、樹希は券売機の方へ向かった。

「宵華、電車は乗ったことある?」

「ない。あんなモノも、初めて見た」

 先ほどまで物珍しそうに眺めていた改札の機械を指さしながら、やはり乗った事はないと宵華は答えた。じゃあ、と券売機の前に彼女を立たせ、切符の購入が必要な事と、その買い方を教える。

 時々樹希のスマホを覗き込んだり触ったりしているからか、切符の購入について知った宵華は、券売機での操作もすんなりと理解できていた。地名を伝えると、それ以上の説明をする前に必要な金額を入れてさっさと購入していた。ご丁寧に、樹希の分まで買ってくれたようだ。

「出てきたこれを、改札の投入口に入れる。出口から出てくるから、それを受け取って」

 改札については、境内で似たようなシステムもないので、説明をしながら樹希が実践して見せた。宵華もおっかなびっくり切符を入れ、小走りで通り過ぎる。…可愛い。


 最初の関門を突破しホームに着くと、ちょうど電車が来るところだった。平日だからか人はそれほど多くない。幸いにもクロスシートの車両で、席にも座れそうだが…そういえば、宵華の尻尾は邪魔にならないだろうか?

「あ、それはね。足の間に巻き込んでるの」

 見せられないけどね、と宵華は小声で説明してくれた。余計な情報に少しドキリとしたが、まあ座れるのなら問題ない。一応、車両の端の方に2人並んで座ることにした。

 宵華はしきりに窓の外を眺めており、移り行く景色に驚いたり、ため息をついたりしている。継寂の周辺は緑がだいぶ残っているので、この調子なら都市部に近づくにつれ増えてくるビル群には仰天するのではないだろうか。


 その予想通り、車窓越しに高層ビルを見た宵華は飛び上がりそうになっていた。

「すごいなあ…数百年の間に、こんなにも景色が変わるものなのね」

 感心したように宵華が呟く。数百年という単語に樹希は慌てて周囲の様子を窺ったが、どうやら周囲の人々には気づかれていなかったようだ。

 変化の乏しい境内と比べると、刺激が強すぎないかというのは杞憂だったようで、極彩色のコンクリートジャングルも宵華は楽しんでいた。

「神社の周辺とは全然違う景色だよな。大学が都市部だからよく通いはしたけど、初めて来たときには俺も目が回りそうだったな。今はその時よりもさらに景色が変わってる」

「へええ、大学っていったら、つい最近じゃない。ほんの5,6年前でしょ?そんな短期間で変わるものなの?継寂乃杜なんて、どれだけ変わってないか…」

「10年ひと昔という言葉もあるけど、今や1年ひと昔でも違和感ないくらい、現代の変化は激しいよ。宵華の感覚じゃ年中目が回るかもしれないな。その服だって、2,3年後にはアンティークものになってるかもしれない。神社だって外見は変わらなくても、見えないところでは結構新しい技術を取り入れたりしてるんだからな」

 どうやら、都市部への外出は宵華にとってよい刺激になっているようだった。神社にいただけでは想像がつかないほど、外部に対する反応がある。


 楽しげな宵華は思ったよりも饒舌で、話が盛り上がっている内に目的の駅についてしまった。

「お、着いたな。元々そんなに遠くもないんだが、あっという間だったな」

「もうここがどこなのか分からないわ。電車って便利なのね、こんなに遠方までの移動が早く済むなんて」

 いつの間にやら一杯に乗っていた乗客の流れに乗るようにして移動する。宵華は間違いなく戸惑うだろうと、立ち上がる所から手を繋いでおいたおかげで、彼女とはぐれる事はなかった。

 電車のホームに降り立った2人は一旦端の方へ行き、人の流れが落ち着いたところを見計らって改札へ向かう事にした。いくつも存在する改札の案内板に戸惑う宵華の手を引き、樹希が普段使う改札へ向かう。改札機の使い方はもう知ってる!と胸を張って通ろうとする宵華だが、悲しいかなその改札はICカード専用だ。

 あえなく捕まった彼女は、何かが違うと焦りながら隣の改札へ移っていた。

「近所の駅と違う機械があった…」

「あれは専用のカードをかざして通るヤツだな。帰りに宵華用のを作っておこうか」

 しょんぼりと樹希の隣に来る宵華を宥めながら、2人は駅を出た。視界が開けるが、見回す限り高いビルがそびえ立ち、頭上には先ほど乗った電車が通ってきた線路。神社で見るような、開けた空はなく、見上げても無機質な人工物が視界から消える事はない。

 しかし、宵華はその事実に気づく余裕もなかった。目まぐるしく移り変わるビル壁のスクリーンに、途切れることを知らない人混みと車の往来。自分の立つ場所を確保するだけで、彼女には精一杯の様子だ。

「宵華、大丈夫か?」

 繋いだ手を離さないよう注意しながら、宵華に声をかける。「な、なんとか…」と言いながら、ふらふらと樹希の隣から離れないよう付いてきていた。


 しかし、注意をするにも限界はある。自分の手元に集中しながらすれ違ってくる男の肩が、宵華の肩とぶつかった。男はさっさと歩いて行ってしまい、宵華はその場でバランスを崩してしまう。その拍子に彼女の耳がピンと立ち、帽子がずれてしまった。

 外気に晒された金色の耳と、集まる視線。次第にざわつき出す周囲を見ると、通行人たちはわざわざ2人から距離をとり、示し合わせたかのように樹希たちを中心にして円形を作っていた。「何あれ本物?」「うわヤバ」「映えそう」等々、無遠慮な言葉が好奇の視線と共に聞こえてくる。

 …困ったことになってしまった。

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