表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
2章.菩提樹の接木
22/49

20話.後の祭り

2025/10/05 一部描写を変更しています。

 それから2週間後。特に異常も認められないという事で、樹希いつきはめでたく退院する運びとなった。

 仕事も復帰していいとは医師のお墨付きなのだが、大事をとって当面は肉体労働を控えるようにと泰然たいぜんからのお達しが下りてしまった。

「過保護だよなあ…こんな人だったっけ」

 神社に帰った日は、例祭の代替日だった。大がかりな神事は午前中に終えていたようで、樹希が見たのはその撤収作業、それから出店の設営など後祭りの準備の風景だった。

 張り切って参加しようと意気込んだ樹希は、泰然と耀あきらに止められたのだ。

 これまで、樹希が躍起になって神社の催しに参加してきたのは、確かに自分の居場所を感じたかった為だ。天野あまの家との確執が解消された以上、無理に参加しようという気はない。

「でも、暇だよなあ」

 これまでの労働が無くなり、ただ作業風景を眺めるだけ。社務所で事務作業をしようにも、そちらは十分に手が回っている様子だった。

佐伯さえきさん、本当になんでもできるんだな…」

 長年奉仕しているだけあってか、佐伯は事務もお手の物らしかった。樹希の入院中、社務所が回っていたのは、佐伯の事務スキルと、他神職への采配のおかげと言っても過言ではないだろう。


 いよいよする事もなくなってしまった樹希は入口の石段に腰かけ、傾き始めた陽を眺めていた。

 退屈は人を殺す。まさに現状を指しているこの名言は、誰の言葉だっただろうか?とりとめのない事を考えながらぼんやりとしていると、視界の端に金色の耳が見えた。

「そこな若者は何を黄昏たそがれておるのかね」

 軽やかな銀鈴の音と共に大仰なセリフを言いながら、宵華ゆうかが隣に腰掛ける。ドキリと心臓が跳ねた。

「宵華!?あれ、例祭の撤収作業は…」

「とっくに終わってるわよ。出店の設営も済んだから、今から後祭りね」

「もうそんなに経ってたのか」

 どうやら予想以上に長時間ぼーっとしていたようだ。気づけば、確かにあたりも薄暗くなってきている。

「樹希、暇でしょ?私に付き合ってよ」

 宵華は立ち上がり、樹希の手を引いて境内へと連れていく。一緒に出店でも見たいのだろうか?

「そんなに引っ張らなくても大丈夫だって」

 勇み足の宵華を落ち着かせ、隣に寄った。神事ではお香などは使わないのに、なんだかいい香りがする。胸の鼓動を誤魔化すように宵華の手を繋ぎ直した。彼女の手に触れる際、自分のそれがピクリと震えた気がしたが、宵華は気づいていないようだった。

 気を取り直して、出店を2人で見て回っていく。「宵華ちゃん、今日も別嬪さんだねえ!」「いつもありがとうねえ」等々、もはや顔なじみなのであろう出店の人達は宵華に挨拶をし、時にはおまけを、時には無償で商品を渡してくれる。それを宵華は簡単なお礼を述べて受け取っていく。

 継寂乃杜つぐなきのもりの神事や行事、特に例祭のような大規模のものでは、よくこうして境内に出店が出る事がある。その際には夜の小酒館しょうしゅかんも来客に開かれており、よく酒盛りをしている宵華は境内をあてもなくぶらぶらとしている。神事の主役であり神社の守り神でもある宵華は、天狐であることも手伝って目立つ存在であり、必然的に店を開く人々とも交流が生まれる。人付き合いが苦手とは言いながら、特にここ数年では例祭の恒例行事のような光景であった。

(ひとつ違うのは、俺が連れ立っている事か)

 すれ違う人も店の人も、妙に暖かい目線を樹希と宵華に送ってくる。「仲が良い事で…」等と囃し立てられる事もあり、それがどうにもこそばゆく感じられた。

 それは宵華も同じだったようで、2人の両手が食べ物で塞がるや否や、尻尾を忙しなく振り回しながら宿舎へと駆けていく。樹希も恥ずかしさやら申し訳なさやらでいたたまれなくなり、慌てて後を追うのであった。



 宿舎の扉をくぐり、使われなくなって久しい警備室の前を通り過ぎると、宿泊者が集えるサロンのような広間が見えてくる。普段は1人で宿舎を使っている樹希にはあまり縁のない場所であるため、すぐに通り過ぎて奥の自室へ向かうか、隣接する浴場へ向かうのだが、今は荷物が多く、部屋では手狭だ。

 宵華もいるし、以前のように不審者を警戒する必要もないという事で、久々に足を止める事となった。

「無事に例祭が終わって、後祭りも盛況だったな。一時はどうなるかと思ったけど、安心したよ」

「そうね。おかげで肩が凝ったわ」

 大仰に首を鳴らしてみせる宵華はしかし、ゆらゆらと耳や尻尾を揺らしている。なんだかんだで彼女も楽しんでいるようだった。

「でも、良かったよな。遅れはしたけど、例祭は無事に終えられたし。こうして地域の皆が祭りを楽しむ事もできてる」

 テーブルに商品を並べながら、樹希は言った。そうだ。神事は無事に執り行われた。自分はちょっとした傷を負ったものの、神社としての営みが潰れる事はなかった。それは神社に関わる人々だけでなく、地域の皆の安心材料でもある。

 けが人が出たという事で、比較的大きな事件だっただろう。にもかかわらず、早くも日常を取り戻せたのは僥倖ぎょうこうだ。その点に関しては宵華も賛同している様子で、樹希の言葉にこくりと頷いてくれた。


「しっかし、今年もまた沢山もらったよなあ。これ2人で食べきれるのか…?」

 サロンのテーブルに所狭しと並べられた出店の商品たち。焼きそばに卵せんべい、たこ焼き、鈴カステラ…肉巻きおにぎりやどて焼きまである。昔はもっと店も種類も少なかったのだが、ここ数年で様々な変わり種が顔を見せるようになっていた。

 それらを眺め、首をかしげながら苦笑する樹希。お店も増えたしね、と返事をしながら、宵華はどんどんと大皿にあけていく。本当に食べきれるのだろうか…

 大方を皿に移し終わり、空箱もまとめたところで、宵華がおもむろにサロンを出て、樹希が寝泊まりしている部屋の隣の部屋へ入っていった。そこは、宵華が漢方や薬の調合で使っている場所だ。

 何事かと思って眺めていると、一升瓶を抱えて戻ってきた。まさか。

「ほら、病院でも体力が元に戻るまで時間がかかるって言ってたでしょ?こういう時のために、滋養強壮に効果のある薬草や香草なんかを混ぜて、薬膳酒を作ってたの」

 ドンとテーブルに瓶を置きながら、宵華は説明した。なるほど、酒盛りではなく養生の為の酒というわけだ。

「病み上がりの樹希にそんな無理させるわけないでしょ?」

 よほど顔が物語っていたのだろう、宵華は苦笑しながら樹希にそう言った。まあ、彼女の性格を考えると、心配がなかったわけではないが…

「今日は樹希の体調第一。頂いた物を食べながら、体を労わってあげましょ」

 ピッチャーの水と、大小2種類のグラスも用意され、小さな方のグラスに酒が注がれる。その黒っぽい液体からは、なんとも体に良さそうな匂いが漂ってきた。

「では、樹希の退院と例祭の無事を祝いましてー…乾杯!」


 引きつった顔の樹希をよそに、宵華は音頭をするが早いか、早速口をつけ始めた。あまりハーブが得意でない樹希も、腹を括って薬膳酒を口に含む。

「……美味い」

 その色から来る印象とは異なり、非常にすっきりとしていて飲みやすい。樹希も普通に酒として飲めるレベルの味だった。

「でしょ?誰でも飲みやすいように、味にも気を使ってるんだから」

「疑って悪かったよ。ありがとう、宵華」

 素直に礼を言い、それに照れる宵華。チリチリと銀鈴を鳴らす耳を眺め、酒を一口。グラスから口を離した瞬間、彼女と目が合った。気恥ずかしくて目を逸らしそうになるが、その優し気な眼差しから逃げるのはなんとなく気が引けた。

「…色々と、本当にありがとうな」

 榊原の事。宵華の過去。自分の過去。寄り添う事も、寄り添われる事もした。

 もちろん、彼女との関わりは幼少の頃からだが、この約1か月は特に濃かった気がする。お互いに、お互いの深い部分へ触れて、距離が縮まったと自覚さえできる。

 …目の前に座るこの女性に、恋心という意味で自分は好意を抱いているのだ。それを認めると、恥ずかしかった気持ちがなんとなく落ち着いて、穏やかに宵華を見る事ができた気がする。次の一歩を踏み出すには、寿命や種族の壁なんかが立ち塞がるのだろうが、そんなものはどうとでもできる、そんな気がした。それに今は、そんな事よりも、彼女と共に過ごせるこの時間を大切にしよう。

「改めて…乾杯」

 樹希は宵華のグラスに、自分のグラスを付き合わせた。静かなサロンの中に、軽やかな音が響き渡った。


………

「いえ~い、かんぱ~い」

 ベロベロに酔った宵華が、本日何度目になるかの乾杯をしてきた。視界がグルグルと回る。いつの間にか宵華が2人に増えていた。もうダメかもしれない。

「やっぱり、こうなるのか……」

 2本目の薬膳酒の瓶を持って来た時に、目を覚ますべきだった。結局、養生とは名ばかりの酒盛りが、今宵も賑やかに繰り広げられるのであった。

「いつきぃ、ちゃんとのんでるか~?まらまらよるはこれかららぞ~、あはははは!」

これにて、2章完結です。いくつか幕間のエピソードを挟んで、次の章へ移ろうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ