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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
2章.菩提樹の接木
20/47

18話.病院にて

2025/10/04 一部描写を追加・変更しています。

 樹希いつきが目を覚ますと、そこは自室とは異なる、白い天井だった。自分はベッドに寝かされており、四方は白いカーテンで仕切られている。さながら学校の保健室を彷彿ほうふつとさせるような景色が、目の前に広がっていた。

 俺は一体どうしたのか…と考える前に、脇腹に鈍い痛みが走り、思わず顔を顰める。

(思い出した。俺は榊原さかきばらに刺されて…)

「…気が付いた?」

 静かな鈴の音とともに、聞きなれた声が聞こえた。宵華ゆうかだ。

「宵華…ここは…?」

「病院。とりあえず、先生を呼んで来るね」

 そう言いながら宵華は立ち上がり、廊下へ出て行った。若い看護師やスタッフが、出てきた宵華に驚きながらも通り過ぎていく。

 意外と若手が活躍している職場なのかもしれない。郊外とも呼べない程度には田舎に近い地域なのに、珍しい事だ。

(…と思ったけど、神社も高校生や大学生のアルバイトさんも結構いたな。まあアクセスは比較的いい場所だもんな)

 窓から見えるのは、木津根きづね町唯一の駅。目と鼻の先に見えるそれを見ながら、以前大学へ通っていた頃によく見ていた病院がここだという事を思い出していた。幸いにもこうして病室に入る事はなく、すぐには分からなかったが。

 とりとめもなく考えているうち、宵華が医師を連れてやってきた。樹希は軽く会釈をすると、簡単な経緯の説明がされた。


 どうやら、榊原に刺されたというのは記憶の通りらしい。現在は事件から丸一日経った夕方。迅速な応急処置と連絡のおかげで、大事に至る事はなかったそうだ。

 …何故か2件立て続けに同様の救急連絡が来ていたり、軽傷とはいえ深さの割に止血や傷口の再生が非常に早かったりと、病院の中で首を傾げるような事もあったらしいが…。

 特に傷の方は軽傷とはいえ、大腸の外壁を掠め、わずかながらも肝臓の端の壁を貫通していたそうだ。「本来この規模なら、傷が塞がるまで早くとも数日はかかるはずなんですが…」と納得のいかない様子で先生が説明していた。

 どうやら、驚異的なスピードで傷口は塞がっていたらしい。今朝の検査では肝臓はわずかなくぼみがある程度であり、大腸に至っては既にまっさらな状態にまで回復していたとの事だった。

 樹希も宵華も、よく分からない様子で聞いていた…しかし、治りが早いのならそれに越したことはない。

 命を取り留めた。その事実だけで今は十分だ。

 それでも、傷の治りが早かったというだけで、体力までは回復していないらしい。退院まではあと1,2週間ほど様子を見たいとの事だし、退院後も数か月程度は生活でも勤務でも安静を最優先するようにと釘を刺された。


「しばらくは入院生活か……」

 先生の説明が終わった後、樹希はため息とともに呟いた。

 そういえば、例祭はどうなったのだろうか?あまりにも非日常的な事態が起きたせいで、すっかり頭から抜け落ちていた。

 それに、須々木や、父…泰然たいぜんは無事だったのだろうか。自分は刺されて以降の記憶が曖昧だが、少なくとも須々木が榊原に突き飛ばされて蹲っていた事や、榊原が泰然に対して並々ならぬ敵意を抱いていた事ははっきりと憶えている。

 一度頭に浮かぶと、今度はそればかりを考えてしまう。

「…どうしたの、樹希?」

 どうやら悩みが顔に出ていたようだ。怪訝な表情で宵華が樹希の顔を覗き込んでいる。せっかくなので、自分が意識を失ってからの神社について尋ねてみた。

「あの後?そうね、何から話そうかな…とりあえず、泰然は無事よ」

 その第一声で、胸のつかえが一気に降りた気分になった。一番知りたく、そして願っていた事だ。


 それから、宵華はその後の経緯について説明した。

 樹希を刺した榊原は、宵華が駆け付けた頃には、他責の言葉を漏らしながら茫然自失ぼうぜんじしつの状態で突っ立っていた。おかげで泰然はそれ以上の被害に遭うことはなく、また須々木も突き飛ばされた以外での怪我はなかった。一緒に駆け付けていた耀あきらがその榊原を取り押さえ、そこに泰然も加わった。

 その後まもなくして警察と救急が到着し、樹希は病院へ。榊原は現行犯で逮捕、警察に連れられて行ったのだった。

(『悠人が出しゃばったせいで、僕の評価が地に落ちる…』なんて言葉が聞こえてきた事は、樹希には言わない方が良いかもしれない…)

 結局榊原という男は、姿の見えなくなる最後まで、自分の事しか頭になかった様子だった。実子である樹希も、その道具としてしか見ていなかったのだろう。

 そんな事実など、樹希が知る必要はない。

「…宵華?」

 樹希に呼ばれ、宵華はハッと我に返った。嫌な事を思い出してしまった。自分は難しい顔をしていたに違いない。

 問題ないと返し、気を取り直して説明を続けた。

 例祭は結局、延期となった。途中とはいえ、境内で刃傷沙汰が起こったのだ。無理もない事である。

 事態は当日の内に収拾したとはいえ、まだまだ警察による取り調べは続く。樹希の退院も大まかな目処が立っているとして、当面は延期するというのが泰然の決定であった。

「奉納の為の小太刀にも不備があったし、整備の時間も取れたと思えばちょうど良いかも知れないわね」

 別に神事の後の出店などは出してもらっても良かったのだが、中止の理由が事件となれば、境内に来たがる者も少ないだろう。その辺りも全て別日に調整する事になり、泰然と耀が関係者に謝罪と説明をして回っていた。

 ちなみに須々木はというと、打ちどころが良かったおかげで、小さなタンコブができた程度で済んだらしい。


「なるほどな…」

 一通り話を聞き終え、樹希は腕を組んだ。

 榊原悠介さかきばら ゆうすけ。育ての親を衝動的にあやめようとしたあの男を、もはや肉親とは思わない。しかし、血の繋がった人物の起こした騒ぎを他人事として聞き流すほど、継寂乃杜つぐなきのもりという土地と樹希とは隔たっていない。

 例祭を楽しみにしていた人達、準備に勤しんでくれた神職の皆、宵華、そして父と兄弟。この祭事に携わる人々に、申し訳が立たない。樹希の気持ちは溜息とともに漏れ出た。

「そんなに落ち込まないで。樹希が悪いわけじゃないんだから」

「でも、俺が……いや、何でもない。そうだな。ありがとう」

 俺がここに居なければこんな事にはならなかったのに。それはきっと、宵華が今最も聞きたくない言葉だろう。


 最近、彼女の気持ちがなんとなく想像できるようになった。それには、自分への気持ちも含まれている。大事な人が、自分とは関わりのない事で勝手に去っていく事の辛さを、また味わわせるわけにはいかない。

 樹希が飲み込んだ言葉の続きを知ってか知らずか、宵華はふわりとほほ笑んだ。それに続くようにして、樹希の手に彼女の尻尾が触れる。

 柔らかな感触がとても暖かかく、樹希の心までも包み込むようだった。

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