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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
2章.菩提樹の接木
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15話.肉親の証明

 榊原さかきばらの侵入から数日。あれ以来、管理職による境内の警戒態勢は続くものの、至って平和な日が続いていた。

もちろん、だからといって樹希いつきたちの心中まで穏やかになったわけではなく、いつ来るとも分からぬ榊原の影に安心などできる余裕はなかった。


「それでも、無差別に参拝者を狙ってるわけじゃないと分かったのは良かったのかもしれないな…」

 社務所にて。窓から外を眺めながら、樹希はひとり呟いた。

 今日は例祭があり、その準備で境内は慌ただしくしている。祭祀場はもう整っているはずだから、今は物品の搬入だろうか。

 継寂乃杜つぐなきのもりは小さな神社だが、例祭などの神事の際には意外にも多くの人が集まる。厳かな神事の後にはお祭りのように出店が出たり、小酒館しょうしゅかんにも普段の倍以上の客が集まる。その日に限り、閑散とした境内には賑やかな雰囲気が満ちるのだ。


 そんな中、樹希は社務所の番を任されていた。神事の日にも問い合わせが来ない事もないし、何より人ごみに紛れて榊原がやってこないとも限らない。

 なるべく人の往来が少ない場所へ避難しておくようにと、泰然たいぜんが計らってくれたものだった。

(俺があの男に付いていけば、この神社にとっては一番良いんだよな…)

 樹希の気持ちは揺れていた。榊原。自分の父と名乗る男。正直なところ、あの男は危険だと思う。先日のあのやり取りを振り返っても、それは間違いないだろう。

 貼り付けたような気持ちの悪い笑み。まるでこちらの都合を無視したような物言いと行動。思い通りに事が進まないと感じた際の、あの豹変ぶり…。あれが、榊原の片鱗に過ぎない事は間違いない。特に根拠は無い。しかしそう断言できる不気味さが、あの男からはひしひしと感じられた。

 あの男の言が事実だとして、自分にも同じ血が流れていると思うと虫唾が走るようだった。しかし、それでも実父なのであれば…。

 自分が寄生している育ての親と、自分を捨てた産みの親。帰る資格があるのは、果たしてどちらの家だろうか。


 1人考えていると、泰然が社務所内に顔を出した。

「あれ、神主さん?もう例祭が始まるんじゃ?」

「ああ、忘れ物をしてしまってね。…しかし、すまないな、1人事務仕事を任せてしまって」

 申し訳なさそうに話す泰然を、樹希は「いいよそんな事」と手で制する。

 元々、従業員の少なさに対して規模の大きい例祭の時には、社務所に一人残して神事に総動員、というのが例年の流れだ。今年はたまたま、その役が樹希だったに過ぎない。

「気にしないでよ。毎年のことだろ?」

 だが毎年楽しみにしているだろう、と返す泰然。

 それは確かにそうだった。

 居場所を感じられず、かといってここ以外に行くべき場所もない樹希にとって、神事は自分が必要とされていると実感できる行事だ。もちろんそういった下心だけではなく、神社や参拝客へ貢献できるという事自体も原動力ではある。

 その意味で、樹希は神事には毎回のように携わっていた。

 しかし今回は事情が事情だ。安全な場所へ自分を置いてくれているという配慮がある以上、それを断るわけにもいかない。

「ところで、探し物は見つかった?」

 ひとしきり見て回った泰然に問うが、その手には何も持っていない。

「うむ、見当たらないな…2階に置いてきたかな」

 社務所内にないと考え、上階の居住スペースへと泰然が登っていく。その姿が階上へと消えたその時。

悠人はるとー!」

 あの男の声が外で聞こえた。


「悠人、今度こそ迎えに来たよ!」

 まもなく社務所へ、榊原が入ってきた。思わず身を固くする樹希。

 妙に機嫌の良さそうな声色で、あの耳慣れない名前を連呼する榊原。その姿、声、表情、一挙手一投足、どれも樹希に安心感は与えない。

 ダメだ。この男の元は自分の居場所になり得ない。

 そんな樹希に構うことなく、ずかずかと関係者以外立ち入り禁止の区域まで入り込んでくる榊原。その手に持った鞄から、A4サイズ用の封筒が顔をのぞかせている。

 その封筒を榊原は乱暴に取り出し、中身の書類を樹希の眼前に突きつけた。数枚にわたるその書類は、何かの検査の結果報告書のようだった。

「悠人、やっぱり僕と君はれっきとした親子だった!ほら見て、この報告書が証拠だよ!」

 目の前に持ってこられた書類を、樹希は反射的に受け取った。そしてページを繰っていく。ページを繰る度、樹希の顔は青ざめていった。

 書類は"DNA鑑定結果報告書"と題されている。依頼者名は榊原悠介さかきばら ゆうすけ。満面の笑みを浮かべて目の前に立つ男、その人だ。

 被鑑定者名、榊原悠介ならびに榊原悠人。

 鑑定目的、親子関係の有無確認。

 サンプル、毛髪。…鑑定結果、父権肯定確率99.999%。

 被鑑定者間に親子関係…認められる。


 得体の知れぬ男との親子生活。ここに、最悪のシナリオが保証されてしまった。

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