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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
2章.菩提樹の接木
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9話.穏やかな時間

 どこか遠い目をする樹希いつきを見て、宵華ゆうかは軽く笑った。

「何かあったの?面白い顔して。私の方は別に…なに…も……」

 ない、と小さな声で呟きながら、顔を赤らめる。笑顔も少しぎこちなくなっている。どうやら彼女の方も、何かがあったようだ。

 一瞬その場に沈黙が流れ、気まずい雰囲気が漂い出す。まずい、何か話さなければ。


「…とっ、ところで」

 恥ずかしさを振り払うようにして、樹希が先に声を上げた。しまった。声が上ずった。唐突な呼びかけに、宵華はびくりと尻尾を立ててこちらを向く。

「その花壇の花。いつも宵華が世話を?」

 宵華の目の前の花壇を指さして尋ねた。よく見ると、山中でごくたまに見かける物だ。薄水色の小さな花弁が可愛らしい。

「あ、この子たち?そうなの。神社のはずれに群生してる花。その種から育てたの」

 樹希の問いかけに、赤く頬を染めていた彼女の表情は、あの慈しみの顔に戻った。思い入れのある花なのだろうか。

「昨晩話した子。あの子が種を持ってきた事があってね。ずっと境内のはずれで育ててたんだけど、何年か前に泰然たいぜんがこの花壇を用意してくれたの」

 もらった時は別に興味なんてなかったんだけどね、と苦笑しながら宵華は話す。

 なぜ世話をしてみようと踏み切ったのか、今になっても続けていられるのかは、自分でもよくわからないらしい。

「義務的に続けてたんだけど、そのうち面白くなってきて。ここ数年は特に、愛着が湧いてきたかな。この子、希少な品種らしくてね。意外とお世話難しいのよ?」

 花壇の申し出だって、二つ返事で受けちゃった、と楽しげに話す宵華は活き活きとしている。

 昨晩からの出来事で、彼女が自分に特別な感情を抱いているのであろう事は感じていたが、樹希の事以外にもこうして打ち込めるものがあったようだ。


 思えば昔の記憶の中でも、山中にいる宵華は楽しげな表情をよく見せていた。主には、山菜などをつまんでは食べている場面だが。

 彼女にとって、自然に触れるというのは心安らぐ瞬間なのかもしれない。

 それから樹希は宵華の隣にしゃがみ込み、一緒に花壇を眺めながら他愛もない話をした。樹希の話に相槌を打つ彼女は、花を愛でているような、慈愛に満ちた表情のように見えた。


 結局、その日はそれ以上の業務は割り当てられていなかった。珍しく表情を見せる宵華の様子を見て、耀あきらが気を利かせたらしい。今日の樹希が、仕事など到底務まる状態でなかったことも手伝ってのことだろうが…

 宵華も、祈祷を終えるとそれ以上の仕事がなくなってしまったようだ。

 思いがけず時間のできた2人は花壇の世話を続けてみたり、久々にと山中に繰り出してみたりと、一緒に日暮れまで過ごした。

 別行動でも問題はなかったのだが、なんとなく、お互いに一緒に過ごす事が決まっていたかのように思えたのだった。それは宵華も同じようで、別行動をしようと切り出す事はなかった。

 樹希は最初こそ緊張してみたり、目が合うと咄嗟に逸らしてしまう事もあったが、時が経ってしまえば穏やかなものだった。今朝の気まずさなど、今は感じられない。

 宵華も、反応を見る限りでは同じようだった。永年を生きた大先輩らしからぬ、少女のような印象をそこに抱いた事は、樹希の密かな感想である。


「あら、もうこんなに暗くなってる。だいぶ長い事話し込んじゃったね」

「本当だ」

 2人は山菜狩りから戻った後、宿舎の縁側に座って談話を楽しんでいた。

 内容は何でもよく、実際に様々な話をした。他愛のない神社の業務から日常の過ごし方、お互いの趣味や好物、そしてあまり触れないできた、自分達の過去についても話した。

 昨晩の出来事を経て、樹希は互いの過去について向き合うべきだと感じた。隣に座る天狐の女性。彼女の涙を目の当たりにした時、自分は宵華の過去をもっと知るべき、いや知りたいと思ったのだ。できる事なら、彼女もそうあってほしいと願いを込めて。

 願いが通じたのか、宵華自身も同じ気持ちだったのか、彼女は特に躊躇を見せることもなく応じてくれた。

 昨晩、なぜぼろぼろと泣き崩れたのか。その理由も知ることができた。安堵や喜びと同時に、彼女を悲しませてはいけない。そんな気持ちが胸の内に灯ったのが自覚できた。

「一度社務所に顔を出してくるよ。神主さんも耀君も、色々と便宜を図ってくれたし、お礼を言わないと」

 そう言って樹希がおもむろに立ち上がると、「私もついていくわ」と宵華もそれに倣った。どのみちこの後小酒館で晩酌だろうが、なんとなく傍を離れるのが躊躇われた樹希には、嬉しい申し出だった。

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