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狐の巫女と捨て子の神主  作者: なんてん
1章.宵闇の一輪華
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プロローグ

 継寂乃杜(つぐなきのもり)神社。なだらかな山の上に建つその境内は、朝日に照らされ、清らかな空気を湛えていた。

 何百年もの歴史を持つこの神社は、幾度となく建て替えや改築が繰り返されてきており、石畳の参道や本殿の柱の風合いにその跡がうかがえる。それらが見せる歴史の重みが、郊外の小さな神社という立地にも関わらず、独特の厳かな佇まいを、立ち寄る者に見せつける。


 境内の一角には、小酒館(しょうしゅかん)という建物がある。読んで字のごとく酒盛りや、簡単な食事のできる施設である。

 継寂乃杜境内には、土地の狭さの割に、神社の施設とは思えない大小さまざまな建設物がある。継寂乃杜ではかつて町おこしの一環として、観光客や移住者に向けたサービス業を営んだ事があり、小酒館を含めたそれら建設物はその名残だ。

 当時こそそこそこの賑わいを見せていたものの、それも今は昔。町は別の観光キャンペーンを開始し、継寂乃杜はよくある素朴な神社として、時代の流れから取り残される事となった。大体の施設は今や神社の倉庫や、夜間警備用の宿舎などとして扱われ、その中で本来の営みを今もつとめているのは、小酒館だけである。

 その小酒館では、日中には常連の参拝客や観光客、稀にマニアが訪れるため、わりかし賑やかな雰囲気が漂う。しかしそれも夕方にもなれば鳴りを潜め、代わりに誰も寄り付くことのない、物悲しい空気が支配する事となる。そんな伽藍堂に居座るような物好きも、いるにはいるのだが…

 この厳粛さと世俗的な雰囲気の混在する不思議な神社に住む、ある青年がいた。名を樹希(いつき)と言う。物心ついた時からこの神社に住まい、日々あくせくと働いているのであった。


「おはよう樹希。今朝も早くから精が出るね」

 日の出が朝露を煌めかせる中、あくびを噛み殺しながら境内の掃き清めをする樹希に、男性の声がかかる。ここ継寂の当代宮司である、天野泰然(あまの たいぜん)だ。

「おはようございます。神主さんこそ、今日は早いね」

「ああ、なんだか今日は気分が良くてね。柄にもなく散歩をしてみようとね」

 こんなに気持ちの良い朝も久しぶりだからな、と伸びをして見せる。今年還暦を迎えるという泰然は、赤ん坊だった樹希を拾い、名付け育ててくれた恩人であり、樹希にとっては年の離れた父親も同然の人物であった。

 血のつながった息子が他にいるのだが、次期神主として教え込んでいる割に、まだまだ自分が現役で前線に立つつもりらしい。実年齢以上にしっかりとした足運びで、樹希の隣に歩み寄る。

「そういえば、今日はご供養の依頼が何件かあったね。巫女殿も忙しくなりそうだ」

「そうだったっけ。じゃあ準備、手伝ってやらないと」

 そうしてやりなさい、と言い残し、泰然は社務所の方へ歩いて行った。


 継寂乃杜は、小さいながらも近辺に他の寺社仏閣が無く、参拝からご祈祷、人形やお札等のお焚き上げ供養まで、一身に住人の依頼を受けている。神職の人数が少なく、小酒館の収益を頼りにアルバイトも雇って何とか回っている。

 そんな中、一日に何件も依頼が舞い込むと、やはりきりきり舞いで動き回ることになる。樹希も奉仕の傍らでよく準備を手伝っていた。1、2件程度の依頼なら、そのまま立ち会うこともあるのだが…

「本当だ、今日はだいぶ多いな」

 掃き清めが粗方終わり、社務所に入る。その際、壁にかかっている予定表を見て、これはみんなの采配が大変そうだと1人ため息をついた。祭典の時期ではないのだが、問題はお焚き上げ供養の依頼件数だ。

「5件か…久々に忙しくなりそうだ。宵華(ゆうか)、大丈夫かな…」

 ひとりこぼしたところで何が始まるでもない。もう一人目の依頼者が来る時間が迫っている。手早く朝の事務処理を済ませ、樹希は祭祀場の準備へと向かった。

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