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短編集・異世界恋愛&ファンタジー

モブ令嬢は愛されていることを知らない

6月中は短編を毎日投稿予定ですので、お気に入りユーザー登録をしていただけると嬉しいです!


 子爵令嬢、ハンナ・ヴァヴァロアはモブだ。

 黒髪に青い瞳、背は普通、体型も普通。

 友人も普通にいる程度という、目立ったところがない、まさに『モブ』という言葉が相応しい女性。


 そんなハンナには意中の男性がいた。


「あ、ジェイアス様よ。相変わらず素敵ね」


「王太子様はいつ見ても美しいわ」


「あんな方に愛される女性は幸せね」


 ジェイアス・ゴルディバ――

 氷のような青い髪。

 情熱的に燃える赤い瞳。

 身長は高く、この世の美をギュッと集めたような美しい容姿。

 誰もが振り向く美男子、彼はこの国の王太子である。


 ハンナとジェイアスは同じ学園、シャルロット学園に通っていた。

 ジェイアスのことを目で追う女性たち。

 その中にはハンナも含まれていた。

 大勢の女子の中に囲まれ、モブらしく目立たずに彼のことを見る。


(私には絶対に手の届かない存在。見ているだけで幸せ)


 ジェイアスを見て頬を染めるハンナ。

 だがそんなハンナを横目で見て、ジェイアスも同じく頬を染めていることは、誰も気づいていなかった。


 接点の無い二人であったが、運命が二人を結びつける。

 それは突然起こった悲劇。

 突風により教室の窓が割れ、顔を怪我した女子がいた。


「きゃああああああああああああ!!」


「血が出てる……大丈夫?」


「医務室に運ばないと!」


 額から血を流し、泣いている女子。

 男たちは戸惑い、どうしていいのか分からず立ち尽くしていた。


「誰か医務室に運んであげて!」


「私が運びます」


「えっ?」


 そんな中、ハンナが女子を背負い、勢いよく廊下に飛び出して行く。

 その姿にポカンとする学友たち。


「大丈夫です。すぐに医務室につきますから」


「あ、ありがとう……」


 背負っている女子の血で、背中は赤く染まる。

 だがそんなことを気にすることなく、ハンナは走った。


「すみません、この方が怪我をしました!」


「こちらに運んで!」


 医務室に到着し、常駐している医師に言われるがまま彼女をベッドに運ぶ。

 ふーっとため息をつき、ハンナは彼女を医師に任せて医務室を後にした。


「力持ちなんだね、君は」


「あ……ジェイアス様」


 外に出ると、そこにはジェイアスがいた。

 そして彼女の背中の血を見て、ハンカチで拭き始める。


「こ、これぐらい大丈夫です」


「大丈夫じゃない。汚れているじゃないか……でもこれじゃ限界があるな」


 ハンカチが赤く染まり、だがハンナの服は依然として汚れたままだ。

 ジェイアスはそれが気になるが、ハンナは笑って彼に言う。


「本当に大丈夫です。私が怪我したわけじゃありませんから」


「しかし……」


「ご心配なさってくれてありがとうございます。でも何故ジェイアス様がこんなところに?」


「騒ぎを聞いてね。私が助けようと思ったんだけど……一足先を越されたみたいだ」


 キョトンとするハンナ。

 次の瞬間、二人は吹き出す。


「でも、本当に力持ちなんだね、ハンナは」


「地元で畑仕事をしていた老婆の方がいたので、よくお手伝いをしたんですよ」


「手伝いか……ビックリしただろうね。令嬢がそんなことするなんて」


「ええ。最初は腰を抜かしていらっしゃいました」


 ふふふっと二人で笑い、そして見つめ合う。

 確かな胸のときめきを覚えつつ、だが口にすることの無い二人。

 こうしてハンナとジェイアスは話し合う仲となった。


「あ、そろそろ戻らないと」


「そうですね。私は着替えを済ませてから授業に戻ります」


「分かった。その、また」


「……はい!」


 立ち去って行くジェイアスを見送り、ハンナはクスリと笑う。

 だがそこで、妙な違和感に気づく。


(あれ? 私、自分の名前を教えたかしら)


 それから二人は顔を合わす度に会話を交わした。

 他愛もない話ばかりであったが、だがそれは幸せなひととき。

 どんな娯楽よりも、楽しく感じられる時間であった。


 そんなある日のこと。

 全ての授業が終わり、ハンナとジェイアスは廊下で話をしていた。

 空は赤く、時間はそう残されていない。

 後わずかな時間を大切にするかのように、二人はお互いの声に耳を傾けていた。


「ハンナ」


「はい」


 会話の途中、ジェイアスはどうしても聞きたいことがあり、彼女の目を見て聞くことに。

 だが緊張し、中々声が出ない。

 ジェイアスはハンナのことが好きで、そしてハンナは誰が好きなのかを聞きたいと考えていた。

 好きな女性を前にし、心臓の鼓動が高鳴るのを感じるジェイアス。

 こんなにも緊張するのが初めてで、ジェイアスは少し戸惑う。

 だが意を決し、ようやく口を開く。


「ハ、ハンナは……好きな人はいるのか?」


「え……」


 突然の問いに、ハンナの顔が赤くなる。

 ジェイアスはゴクリと息を飲み込み、彼女の返事を待った。


「は、はい……ずっと好きな方がいます」


「ずっと……」


 ずっとということは……自分ではない。

 そのショックに膝から崩れ落ちそうになるジェイアス。

 二人が出会ったのはつい最近のこと。

 ハンナは知り合う前からずっとジェイアスのことが好きだったのだが……そのことが伝わっていなかった。


「ジ、ジェイアス様は好きな方はいらっしゃるのですか?」


「あ、ああ……俺も、ずっと好きな人がいる」


「そ……うですか」


 ショックを受けるハンナ。

 ずっと好きな人がいる。

 ずっとということは自分のことではない、とジェイアスと全く同じことを思案するハンナ。

  

 気まずい沈黙が流れる。

 ハンナは元から期待などしていなかった。

 ジェイアスは、例えハンナに好きな人がいても諦めたくないと、そう思案する。


 二人の気持ちはお互いに伝わらず、何も話さないままその日は別れることとなった。


 その翌日、ハンナは友人であるエルザといた。

 金髪碧眼の美女。

 学園一の美女とも言われているエルザは、モブであるハンナのことを気にいっていた。

 怪我した女子をおぶって助けたこと、それに人が嫌がってやらない作業を、率先してやる心遣い。

 彼女のそういう部分に惹かれていたのだ。


「はぁ……」


「また落ち込んでいるのね。そんなに好きなら、告白すればいいじゃありませんか」


「そんなの無理ですよ。ジェイアス様は王太子。私なんて釣り合わないのは元から分かっていましたし、話ができるだけで幸せなんです……はぁ」


「幸せそうなため息に聞こえませんわ」


 呆れるエルザ。

 そんな二人を、教室の外から眺めるジェイアス。

 彼の隣に黒髪の美青年がおり、彼はジェイアスの友人のフィン。

 

 ジェイアスの視線に気づくハンナ。

 誰かに恋し、切なそうな表情。

 それを見たハンナはハッとする。


(ジェイアス様が好きなのは……エルザ様?)


 完璧に勘違いをするハンナ。

 ジェイアスはジェイアスで、ハンナの顔を見て勘違いをする。


(ハンナが好きなのは……フィン?)


 自分ではないずっと好きだった異性。

 本当はお互いを見てそんな顔をしていただけだが、二人の勘違いはさらに深まっていく。


 自分の友人に恋をしている。

 

 隠しきれない戸惑いに、ジェイアスはその場から立ち去ってしまう。

 ハンナはショックのあまり、その日の授業の内容を全て覚えておらず、友人とどんな会話をしたのかも覚えていなかった。


 それから翌日のこと。

 天気は曇り。

 授業が終わり、ジェイアスとハンナはいつものように廊下で会話をする。

 だがどこかよそよそしい態度。

 ジェイアスは空の雲を眺めながら、気になる事をハンナに確認しようとする。


「昨日のことなんだが……」


「は、はい……」


「君が見ていたのが分かった。君の気持ちが分かったような気がしたよ」


「そ、そうですか……ジェイアス様も、見てらっしゃいましたよね。それって……そういうことなんですか?」


「あ、ああ。俺の気持ちは分かってくれたみたいだね。でも君は……」


「…………」


 泣き出しそうになるハンナ。

 ジェイアスはやはりエルザのことが好きなんだと、間違った確信を得てしまう。

 それに自分の気持ちを分かったうえで、そんなことを言うだなんて。


 ジェイアスも同じことを考え、ハンナは自分の気持ちを理解したうえでフィンのことが好きなんだと。

 そんなすれ違いが生じる。


「……これからも良き友人でいてくれるか」


「はい……こちらこそよろしくお願いします」


 これまでと違い、胸の奥に棘が刺さったような時間が続く。

 会話をしていて楽しいが、だが寂しい。

 

(この人には好きな人がいるんだ)


 お互いがそんな風に考える。


 そうして1週間ほど経過するが……だがそんな状況でも相手に対する想いは大きくなっていく。

 まるで坂を転がり出した岩のように。

 止まることなく、加速していく互いの想い。


「ハンナ、最近はどうだ。気になる者がいるのは知っているが……」


「はい。好きな気持ちは大きくなるばかりです。ジェイアス様の方こそどうですか?」


「私も……好きな気持ちが、日に日に増していく」


「…………」


 切ない顔で見つめ合う二人。

 もう終わりにしたい。

 想い人を紹介し、幸せになってもらおう。

 そうすることで、自分が好きな人のことを忘れらるはずだと。

 ハンナとジェイアスは同時にそう考えていた。


「……良ければ、今度フィンと一緒に食事をしないか? ほら、君の友人も誘って」


(ジェイナス様は、エルザ様と親交を深めたいのね。だからそんな提案を)


 思い違いをしているハンナは、しかし好きな彼のために快く提案を引き受けることに。

 出来る限りの笑顔を作り、そしてジェイアスに答えた。


「はい、そうしましょう。エルザ様にお声がけしておきますから」


(こんなに嬉しそうに……やはり彼女はフィンのことが)


 そして四人の食事会が行われる。

 夜の町、景色のいい場所でそれは静かに始まった。


「初めまして。ジェイアス様のことはいつもハンナから聞いております」


「初めまして。こちらこそ、ハンナ嬢のことはジェイナス様から聞いてますよ」


 初めて顔合わせをする四人。

 ハンナとジェイアスはこんな場を用意したものの、あまり気乗りしなかった。

 前日までは相手のためにと思っていたが……別の誰かと仲良くなるのを見ているのは辛くなる。


「き、今日はエルザ様にジェイアス様をご紹介したくて……」


「そうなのですか。それはありがとうございます」


「私もフィンを、ハンナに紹介したくてね」


「それはありがとうございます。そうですか、彼女がハンナ嬢か……」


 意味深な笑みを浮かべてハンナを見るフィン。

 ハンナは自分に男を紹介されたような気がして、俯いてしまう。

 

(恥ずかしがっているのか……嬉しいだろうに……でもそれが歯がゆい)


 ハンナが喜んでくれていることが寂しく、この場を逃げ出したくなるジェイアス。

 だが逃げるわけにはいかない。

 自分は二人の幸せを見届けなければいけないのだ。


 様子のおかしい二人を見て、フィンとエルザが顔を合わせる。

 そして互いの考えは同じだと理解しあったのだろう、頷き合い、そいて口を開いた。


「いやー、いつもいつもハンナ嬢のことをジェイアス様がお話していますが、素敵な女性ですね」


「そ、そうだろう……」


「ハンナもいつもジェイナス様のことばかりお話なさってますものね」


「そんなこと……」


 顔を背けあうハンナとジェイアス。

 これはもうハッキリしなければいけないと考え、フィンとエルザは追撃をしかける。


「本当にいつも話しているのですよ。ジェイアス様のことが好きだって」


「それは奇遇だ! ジェイアス様もいつもいつもハンナ嬢が好きだけどどうしたらいいかって、相談されるんだよ。うるさいぐらいにね」


 ハンナはエルザに、ジェイアスはフィンの方に勢いよく顔を向ける。


「ダ、ダメですよエルザ様! ジェイアス様はあなたのことが好きで……」


「フィン、ハンナは君のことが好きなんだぞ!」


 そう叫ぶ二人、今度はお互いに顔を合わせる。


「何を言っているんだ! 私が好きなのはハンナだ!」


「私がお慕いしているのもジェイアス様です! 申し訳ありませんが、フィン様のことは何とも思っておりません!」


 自分たちが言った後、しばしの沈黙が流れ……ハンナは顔を真っ赤に染める。

 それを見たフィンが急に大笑いし、ジェイアスの背中をバンバン叩いた。


「だから言ったじゃないですか、ハンナ嬢が俺のことを好きなわけないって!」


 エルザも窒息しそうなほどに笑い、お腹を抑えながらハンナに言う。


「ハンナも言ったでしょ。ジェイアス様は私のことをどうとも思っていないと」


「「……え」」


 ハンナの顔がこれ以上ないほどに赤く染まる。

 ジェイアスもようやく事態を理解したのか、恥ずかし気に、だが歓喜に満ちた笑みを浮かべてた。


「「……えええええええええええええええええええええ!?」」


 二人の勘違いはようやく解け、これまでの想いをぶつけるようにして、ジェイアスはすぐにハンナに婚約の話を持ちかけた。

 迷うことなく了承するハンナ。

 こうしてめでたく、二人は結ばれることとなった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 五年後――


 王となるために日々精進するジェイアス。

 その傍らには、伴侶であるハンナの姿があった。

 

 そんな二人の元に、定期的の訪れる夫婦がいる。

 それはフィンとエルザ。

 あの食事会をきっかけに意気投合し、結婚するまで親交を深めた。


 勘違いが生じた関係は、いつしか二組の夫婦を生み出し、その四人の関係は生涯続いたという。


 愛されているとは知らずに勘違いをしたモブ令嬢と、王太子の物語は、生涯の友人たちによって面白おかしく言い伝えられるのであった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

作品をこれからも投稿を続けていきますので、お気に入りユーザー登録をして待っていただける幸いです。


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