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7 僕と智花がおみやげを買ってこなかったから父さんがすねた

 僕と智花がおみやげを買ってこなかったから父さんがすねた。父さんは、僕と智花がシベリアワールドから帰ってくるのを智花の家で智花の父さんと座って待っていたのだが、僕と智花を見るなり両手を前に突き出して、わけのわからないことを口走った。最初、僕と智花は、父さんが何を言っているのかがわからなくて、僕は心配したのだが、父さんが、6D、6D、とうれしそうに叫んだので、僕と智花は、ああ、おみやげのことか、と思った。そして、智花が、忘れたわ、と言った。そしたら、父さんは、ひどく落ち込んでしまって、それからものすごく怒り出して、家に帰って、寝てしまった。智花が、ごはんを食べてお風呂に入って寝るわ、と言ったので、僕も家に帰って、ごはんを食べてお風呂に入って寝た。

 次の日の朝に、僕が起きると、父さんは納豆とウインナーと白いごはんを食べていた。僕は父さんに、父さん、おはよう、と挨拶をしたが、父さんは僕を無視した。僕は、父さんの耳が悪くなったか、耳栓をしているのだと思ったので、もう一度大きな声で、父さん、おはよう、と言った。それでも父さんは僕を無視したので、僕はあきらめて朝ごはんを食べはじめた。僕はたまごかけごはんを食べることにしたので、白いごはんに生たまごをかけた。父さんの手の近くに醤油のビンがあったので、僕は父さんに、父さん、醤油をとって、と頼んだ。父さんは今度は僕を無視しなかったけど、醤油じゃなくてソースを渡すという嫌がらせを僕にして、会社に働きに行ってしまった。そこで、僕は、父さんは、僕と智花が3Dメガネを買ってこなかったことをいまだに怒っているのだと気づいた。

 その日の昼休みに、僕が二組で宮下とかと机をくっつけて一緒に弁当を食べようとしていると、二組に智花が入ってきた。智花は自分の弁当箱を持っていて、右手には、シベリアワールドの一日フリーパスをつけていた。

「伸時」

「智花、どうした。二組に来るとは、めずらしいではないか」

「話があるから、一緒にお昼を食べよう」

 僕はうなずいた。

「ちょうどいい。僕も、智花に話があったから、一緒にお昼を食べよう」

 僕と智花は、弁当箱を持って、廊下をあちこちさまよって、家庭科室に入った。家庭科室の鍵は開いていたけど、無人だったので、僕と智花は椅子に座って、机に弁当箱を置いて、開けて、一緒に弁当を食べた。

 弁当を食べ終えると、お茶を飲んで、智花が喋りだした。

「昨日は大変なことがあったから、よく考えずに寝ちゃったけど、よく考えると、わたしと伸時は、おじさんに、3Dメガネを買ってくるって約束したのに、買ってこないという、ひどいことをしてしまったような気がするわ」

「僕も、そう思っていた」

「おじさんは、今朝は、どうだった」

「怒っているようだった。僕におはようと言わなかったし、僕にソースを渡したし、会社に働きに行った」

「やっぱりそう」

 智花は重苦しい顔をした。僕も重苦しい顔をした。

「わたしは、このまま、おじさんがわたしのことを嫌いになって、わたしに話しかけないでいてくれたら、結構うれしいような気もするけれど、でも、それじゃあいけないと思うの」

「うん」

「わたしは、嘘をつくことはときどきあるけど、約束を破ることは、あまりないの」

「知ってる」

「だから、おじさんに、お詫びの品を贈ろうと思う」

「いい考え」

「放課後に、伸時と一緒に、お詫びの品を買いに行きたいのだけど、サッカー部は、何時に終わる?」

「今日は、僕は、サッカー部には行かないつもり」

「どうして、伸時は、サッカー部には行かないつもり」

「グランドタイガーの後遺症で、走ることができないから。大事を取って、休みをもらう」

「まだ、痛かったの」

「違和感がある」

 智花は机の下に頭を下げて、僕の膝を見た。

「病院へ行く?」

「病院へは行かない。サロンシップを貼っているから」

「あの、のびのびで有名な」

「そう」

「冷たくて、気持ちいい?」

「冷たくて、気持ちいいけど、貼ったのは朝だから、いまはあんまり冷たくない」

「わたしも、どこかに貼ってみたい」

「帰ったら、一枚あげる」

 智花は机の下から頭を上げた。

「じゃあ、放課後になったら、校門のところで待ち合わせでいい?」

「いいけど、でも、父さんのことだから、お詫びの品を買うよりも、智花が肩たたき券とかを作って、あげたほうが、より効果的だと思うのだが」

「それは、わたしも考えたけど、それだと、わたしがきつすぎるし、伸時が楽すぎるから、いやだ」

「じゃあ、僕も足を揉む券を作って、父さんにあげる」

 智花は少し考えた。

「でも、おじさんのことだから、昨日の今日だから、調子に乗って、瑞歩が足を揉んでくれる券が欲しいとか、言いそう」

 僕は少し考えた。考えたくないことを、考えた。

「でも、瑞歩はかなりのあれだから、父さんの足すら、うれしそうに揉むかもしれない」

「それは、そうだけど……」

 智花が窓の外を見てぼんやりした。僕は、智花が、昨日の観覧車のことを思い出しているのだと思った。

「智花、やめろ、まともに口が利けなくなるぞ」

「あ…、あああ……」

「おそかった」

「ががが、がびがび、ばあ」

 僕は走ってバナナジュースを買いにいった。智花はバナナジュースをよく飲んだ。そしたら口が利けるようになった。

「助かったわ、伸時」

「あぶないところだった。しかし、智花は、反応が早すぎる」

「仕方がないわ。だって、瑞歩と小池くんは、今日……」

 智花はそこで言葉を詰まらせた。

 僕は悪い予感がした。

「瑞歩と小池くんが、今日、どうしているというのだ」

「瑞歩と小池くんは、今日、そろって学校を休んでいるわ……」

 僕は驚いた。まばたきをすることさえ忘れた。

「なんてことだ……」

「伸時、どうやら、わたしたちは、とんでもないばけもの同士を、引き合わせてしまったみたい……」

 僕は椅子から立って、智花の肩に手を置いた。

「智花、もう、瑞歩と小池くんのことは、忘れよう」

「そうね、でも、あの二人を忘れられる自信が、いまのわたしにはないわ」

「それなら、いまは、父さんにお詫びをすることだけを考えよう」

 智花は少し考えた。

「それなら、できるかもしれないわ」

 僕は弁当箱を持って椅子から立った。

 智花も弁当箱を持って椅子から立った。

「じゃあ、放課後に、校門のところに集合で」

「校門のところに集合で」


 放課後に僕と智花は校門のところに集合して、金宮町の駅まで歩いて、ショッピングセンターの中に入った。

「伸時は、お詫びの品を何にするか、考えている?」

 僕はうなずいた。

「お詫びの品だから、最初に買う予定だった、3Dメガネよりもいいものにしないといけない」

「それは、そうね」

「僕は、お金を食べる貯金箱がいいと思う」

「わたしも、お金を食べる貯金箱がいいと思うわ」

「でも、歩いているあいだに、お金を食べる貯金箱よりも、もっといいものがあるように思えてきた」

「それはなに」

 僕と智花はエスカレーターに乗った。

「智花は、父さんが、会社で何の仕事をしているかということを知っている?」

「知らない」

「父さんは、会社で、いる書類といらない書類を分ける仕事をしている」

「そうなの」

「でも、父さんはおっちょこちょいだから、よくいる書類といらない書類を混ぜてしまって、上の人に怒られているそうだ」

「かわいそう」

 僕はうなずいた。

「だから、父さんがいる書類といらない書類をきちんと分けられるように、レターケースを買うのはどうか」

 智花は目を閉じて考えた。考えてから僕を見た。

「いま、おじさんの気持ちになって考えてみた」

「どうだった」

「最初は、お金を食べる貯金箱のほうがうれしかったけど、レターケースがあれば、上の人に怒られなくて済むから、レターケースが欲しいと思った」

「じゃあ、レターケースを買おう」

「そうしよう」

「そうしよう」


 僕と智花はレターケース売り場に着いた。レターケースはそんなにたくさんなかったが、一番たくさん置いてあるレターケースがスペシャルプライスになっていた。

「伸時、この、真っ白くて真四角でひきだしが五つついている普段は七百九十八円のレターケースが、いまなら五百九十円という安さだわ」

「たしかに、そう書いてある」

「これなら、わたしと伸時で三百円ずつ出せば、おつりがくるわ」

「たしかに、おつりが十円くる」

 智花がレターケースを持った。

「考えるまでもないわ。これを買うわ」

「わかった」

 僕と智花はレジに並んで、レジの人にレターケースを売ってもらった。僕と智花は三百円ずつ支払って、おつりを五円玉でもらって、五円ずつわけた。レターケースは意外と大きくて袋に入らなかったので、お店のシールを貼ってもらって、僕が持って歩いて帰った。


 家に帰ると、僕と智花とエリカは僕の部屋に集まった。エリカは来なくてもいいように思えたが、智花が連れてきてしまった。エリカは空気清浄機の電源ケーブルに噛みついた。僕は、そろそろ空気清浄機の電源ケーブルが切れてしまうのではないかと考えて、エリカを捕まえて、膝にのせた。エリカははあはあ言っていた。

 智花は、レターケースを包んでいた透明のビニールをはがした。そして、スカートのポケットに手を入れて、油性のマジックを取り出した。

「智花、まさか、エリカの額に何かを書くのか」

 智花が強い目をした。

「わたしが、エリカに、そんなひどいことをすると、伸時は思っているの」

「思っていない」

「わたしは、というより、わたしと伸時とエリカは、これから、レターケースに落書きをする」

「え、せっかく買った、新品のレターケースなのに、落書きをしてしまうのか」

 智花はうなずいた。

「落書きという言い方が悪かったわ。正しくは、寄せ書き」

「寄せ書き」

「そう。おじさん宛の、心温まるメッセージを書き記して、この真っ白いレターケースを黒く塗りつぶすの」

「名案」

「じゃあ、さっそく、伸時から書いて」

「わかった」

 僕は智花から油性マジックを借りて、何を書こうか考えてから、レターケースの右側に文字を書いた。

「なんて書いたの」

「僕は、『父さん、いつもありがとう 伸時』と書いた」

「ほんとうに、心温まるわ」

 僕は智花に油性マジックを返した。智花はあまり考えず、レターケースの左側に文字を書いた。

「なんて書いた」

「わたしは、『おじさん、これからもよろしくね 智花』と書いた」

「きっと、父さんは、泣いて喜ぶ」

 智花はエリカに油性マジックを渡そうとした。でもエリカは犬なので、油性マジックの使い方がわからないようだった。

「どうしたの、エリカ。エリカも、おじさんに心温まるメッセージを書いて」

 智花はエリカにむりやり油性マジックを持たせた。エリカはレターケースの上の部分に線を引いてしまった。

「ああ」

「ああ」

 エリカは申し訳なさそうな顔をした。

「智花、エリカの手はマジックを持つようにはできていないから、口でくわえてもらえばいい」

「そうね。エリカ、マジックをくわえて」

 智花はもう一度エリカにマジックを差し出した。エリカはマジックをくわえた。そのままエリカはレターケースの上の部分に文字を書いたが、実際にマジックを動かしていたのは智花だった。

「エリカ、上手、エリカ、上手」

「エリカは、なんて書いた」

 智花は僕にレターケースの上の部分を見せた。

「エリカが上手に、『エリカ』って書いたわ。伸時、エリカを褒めてあげて」

 僕はレターケースの上の部分をよく見てみた。そこには、『土ンカ』と書いてあるように見えたが、とはいえ、エリカは犬だから、仕方がないことだと僕は思って、エリカ、上手、と言った。

「これであとは、おじさんへの謝罪の言葉を考えるだけだわ」

 そのとき、僕の部屋のドアがノックされて、父さんが、伸時、智花ちゃん、入っていいかい、と言った。

 僕は智花を見た。智花も僕を見た。

「まずいわ、伸時。おじさんが、殴り込んできたわ」

「座布団で、頭を守れ」

 僕と智花とエリカはそれぞれ座布団で頭を守った。僕は父さんに、入っていい、と言った。

 ドアを開けて、父さんが入ってきた。父さんは、スーツを着ていて、コンビニの袋をぶら下げていた。僕は、ああ、父さんは謝る気だ、と思った。

「伸時、智花ちゃん、ごめんね。おじさんは、昨日から、かなり大人げなかったことに、今日の昼に気がついたよ。雪見だいふくを買ってきたから、もしよかったら二人で食べて」

 父さんはコンビニの袋を智花に渡した。智花はコンビニの袋を受け取って、父さんにレターケースを渡した。

 父さんは泣いて喜んだ。

「智花ちゃん、伸時、エリカ、ありがとう。おじさんは、世界一幸せなおじさんだよ。このレターケースがあれば、上の人に怒られなくて済むよ」

「おじさん、3Dメガネを買ってこなくてごめんなさい」

「父さん、3Dメガネを買ってこなくてごめんなさい」

 父さんは涙を飛ばしながら首を振った。

「いいよ、いいよ、このレターケースのほうが、おじさんはよっぽどうれしいよ。さっそくこのレターケースを使って、持ち帰った書類を分けるよ」

 父さんは僕の部屋から出て行った。

 智花は雪見だいふくを開けた。

「おじさん、家でも仕事をするなんて、仕事熱心」

「見習うべき」

 僕と智花は雪見だいふくを食べた。エリカも雪見だいふくを食べたそうにしていたので、僕と智花は半分ずつ、雪見だいふくをエリカに与えた。



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