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6 僕と智花はシベリアン・デス・マウンテンに四回乗った

 僕と智花はシベリアン・デス・マウンテンに四回乗った。何度乗っても智花は、きゃー、と叫んだし、降りるときはいつも膝ががくがくしていた。僕も何度乗っても泣いてしまったけど、周りの人も同じような感じだったので、特に恥ずかしくはなかった。四回目ではついに一番前に乗ることができたのだが、僕と智花はマイナス四十度の風を顔いっぱいに浴びることになって、それまで泣かなかった智花も、そのときはさすがに、わんわん泣いてしまった。それまで泣いていた僕も、もちろんわんわん泣いていたから、係の人に気をつかわれることになった。

 四回目のシベリアン・デス・マウンテンから降りると、すでに辺りは薄暗くなっていた。僕と智花はまたベンチに戻って、放心状態になっていて、二人とも、まともに口が利けなかった。

「ああ…、あああ……、ああ……」

「う…、あああ……」

「おあ…、ああ…、ふああ……」

「あう……、ううう……」

 僕と智花は、まともに口が利けなくなっていたので、会話が成立しなかった。

 そのとき、僕と智花の前に、瑞歩と小池くんが現れて、僕と智花は、瑞歩と小池くんと四人でシベリアワールドに来ていたことを思い出した。

 瑞歩が驚いた顔をして、智花、伸時くん、一体どうしたの?、と言った。

 小池くんが僕と智花の脈を取って、二人とも生きているけど、まるで死んでいるみたいだ、と瑞歩に報告した。

 智花が、瑞歩と小池くんに、あああ、何か飲み物を、と言った。

 瑞歩と小池くんは走っていって、オレンジジュースを二つ買ってきてくれた。僕と智花はオレンジジュースをよく飲んだ。そしたら口が利けるようになった。

「助かったわ、瑞歩、小池くん」

「もう少しで、僕と智花は、脳が枯渇するところだった」

 瑞歩と小池くんは、安心した様子だった。

「だから言ったんだよ。シベリアン・デス・マウンテンは危ないって」

「たしかに、シベリアン・デス・マウンテンは、危なすぎたわ。でも、クセになる、危なさだったわ」

「危険な魅力」

「アウトロー」

「そんなの、僕には到底理解できないね」

 小池くんは、ひねた子どもみたいな発言をした。そして瑞歩と小池くんは、あきれたアメリカ人のジェスチャーをした。瑞歩と小池くんが打ち合わせなしに同じジェスチャーを同時にしたので、僕は不思議に思ったし、おそらく智花も不思議に思った。

 小池くんは、腕時計を見た。

「もう六時だから、そろそろ帰ったほうがいいね。帰ろうか」

 何故かいきなり仕切りだした小池くんに、智花が、待って、と言った。

「わたしは、薄暗くなってきたから、最後に観覧車に乗りたいわ」

 智花はあんなことがあったのに、計画のことを覚えていた。

 瑞歩が、観覧車?、と言って、くくっと笑って、小池くんを見た。

 小池くんも、くくっと笑って、僕と智花は不思議に思った。

「僕と瑞歩ちゃんは、すでに観覧車に乗ったんだけど、そうだね、観覧車から見る夜景は、きっときれいだから、もう一度乗ってから帰るのもいいね」

「え」

 智花が驚いた。

「瑞歩と小池くんは、すでに観覧車に乗っていたの」

 瑞歩と小池くんはうなずいた。

「三時ごろに乗ったよ」

「二人で、一緒に乗ったの」

 瑞歩と小池くんは、くくっと笑った。

「それは、そうだよ。ひとりずつ乗るなんて、どんなに仲が悪いんだよ」

 瑞歩は、ひとりで、くくっと笑った。


 それから僕と智花と瑞歩と小池くんは、観覧車に向かった。観覧車はシベリアワールドの北の端にあるので、結構歩くことになった。瑞歩と小池くんが前を歩いて、僕と智花が後ろを歩いていたのだが、瑞歩と小池くんはあろうことか、肩をくっつけて歩いていた。

 僕は智花に耳打ちをした。

「智花、智花、何が起きたのかわからないが、僕にはすでに、瑞歩と小池くんがくっついているように見える」

 智花は目をしぱしぱさせた。

「わたしにも、すでに瑞歩と小池くんがくっついているように見えるわ。朝はあんなに気まずそうにしてたのに、わたしと伸時がシベリアン・デス・マウンテンに四回乗っているあいだに、一体何が、起きたというの」

「わからない」

「わからない」

 僕と智花と瑞歩と小池くんは、観覧車にたどり着いた。観覧車はあんまり混んでなかったので、ちょっと待ったら乗せてもらえることになった。

 智花は僕に耳打ちをした。

「伸時、とにかく、わたしはわたしの計画を実行に移すわ。四人で乗るふりをして、先に瑞歩と小池くんを乗せて、わたしと伸時は、その次のゴンドラに乗るわ」

「わかった」

 そのとき、瑞歩が振り向いた。

「智花、わたしは、小池くんと二人で乗るから、智花は、伸時くんと二人で乗ってね」

「え」

「え」

 智花はまた驚いた。僕も驚いた。

「ばいばーい」

 瑞歩と小池くんはゴンドラに乗って、係の人が扉を閉めた。

 僕と智花はその次のゴンドラに乗って、係の人に扉を閉められた。

 ゴンドラの中で、智花は複雑な顔をしていた。

「なんだか、これは、おそらく、わたしと伸時がシベリアン・デス・マウンテンに四回乗っているあいだに、瑞歩と小池くんに何かが起きて、すでに瑞歩と小池くんがくっついてしまったということのようだけど、わたしの計画が不発に終わったみたいで、わたしは納得がいかないわ」

「智花、結果オーライという言葉がある」

「あるけど」

「それより、せっかく観覧車に乗ったのだから、夜景を見よう」

「そうね」

 僕と智花は夜景を見た。薄暗かった空はもう夜の空になっていたので、貝田野市の町並みはぴかぴかしていた。高速道路もライトが連なってぴかぴかしていた。遠くには海が見えたし、空には月とか星が見えた。

「伸時、やばいわ、思ったよりも、夜景がきれいだわ」

「僕も、そう思っていた」

 そのまま僕と智花はしばらく黙って夜景を見ていた。観覧車はどんどん高くに上っていって、智花が、もうすぐ頂上だわ、と言った。

 僕はうなずいて、智花を見た。

 智花はすでに僕を見ていた。

 智花がいつもよりも女の子っぽい眼で僕をじっと見ているので、僕は、そういえば僕は一応九年半彼女の智花と二人きりで夜の観覧車に乗っているのだと思った。ということは、頂上に着いたら、何かしないといけないように思われたが、それはさすがに照れるので、やめておいた。でも僕も智花をじっと見ていたし、頂上に着いたときもじっと見ていたし、智花もずっと僕をじっと見ていたので、これはこれで、いいような気がした。頂上をちょっと過ぎたときに、なんとなく瑞歩と小池くんの様子が気になったので、僕はさりげなく振り向いて、下を見た。

「うぎゃー」

 僕はありえないものを見た。

「伸時、どうしたの、何を見たの」

 智花が、僕が座っている側に来ようとした。

「智花、来るな、智花が来ると、ゴンドラが傾いてしまう」

「でも、わたしも見たいもの」

 智花は僕が座っている側に来て、下を覗いた。

「きゃー」

 智花は目を背けるかと思ったが、逆にガラスに貼りついてよく見ようとしていた。僕も本当は見たかったので、ガラスにくっついてよく見てみた。

「伸時、伸時、これは一体、どういうことなの」

「わからない、何も、わからない」

「瑞歩と小池くんは、一体何をしているの、あのポーズは、あのポーズは、何のポーズなの」

「わからない、見たことがない」

「あんな、裸よりも恥ずかしいようなポーズは、マンガとかにはあるけれど、実際にあるものだとは、思ってなかったわ」

「え、智花はそんなマンガを読むことがあるのか」

「ないけど、でも、高校生が、あんな、口ではとても説明できないようなことを、してもいいと思っているの」

「僕は、思っていない」

「わたしも、思っていないわ」

「でも、瑞歩と小池くんは、してもいいと思っているように見える」

「素行が不良」

「素行が不良」

「見ていられないわ」

「モザイクをかけて」

「いまの瑞歩の姿を、瑞歩のお父さんが見たら、泣いてしまうか、怒ってしまうか、生きたまま死んでしまうわ」

 智花は携帯電話を取り出した。

「いまの瑞歩の写真を撮って、瑞歩のお父さんに送信してやる」

 僕は智花の携帯電話を取り上げた。

「智花、やめろ、そんなことをしても、誰も幸せにはなれない。それに、智花は、瑞歩のお父さんのメールアドレスを、知っているというのか」

「でも、だったら、わたしはいま、どうしたらいいの。観覧車を降りたあと、瑞歩と小池くんと、どう接すればいいの」

「何も見なかったことにして、夜景か僕を見ていればいい」

 智花は一回見るのをやめたが、すぐ振り向いて下を覗いた。

「それにしても、どうして瑞歩は、あんなに痛いことをされているのに、あんなにうれしそうな顔をしているの」

「それをいうなら、どうして小池くんは、瑞歩に、あんなことを楽しそうにできるのか、わからない」

「瑞歩と小池くんは、くっついたんじゃなかったの」

「くっついたんだと思う」

「どうして、くっついた初日の女の子に、あんなひどいことをするの。最初からそれが、目的だったの」

「わからない。でも、おそらく本人たちは、ひどいことだなんて、思っていない」

「わたし、女の子にあんなことをする人なんて、おじさんくらいだと思っていたのに、まさか、小池くんがするなんて。小池くんは、クラスでは、笑顔がかわいい男の子って言われているのに、これじゃあ、ただの変態じゃない」

「父さんは、したいと思っているかもしれないけど、どうせできないから、まだいい。小池くんは、絶対そんなことしそうにないのに、あんなガラス張りの部屋でそれをやるほどの隠れた強者だし、そもそも、瑞歩のほうこそ、ただの変態に見えてきた」

「わたしには、もう、瑞歩をかばうことが、できないわ」

 僕と智花は少し黙って、瑞歩と小池くんの様子を観察した。

「音声が欲しいわ」

「僕も、そう思っていたけど、それは生々しすぎないか」

 智花がため息をついた。

「わたしは、一応九年半彼氏の伸時と、二人きりで初めて観覧車に乗っているから、もし、たまたま瑞歩と小池くんが、キスしてたりしてるのを見ちゃったりしたのなら、もしかしたらわたしと伸時も、そういう気分になるかもしれないって、ちょっと思っていたのだけど、あんなものを見せられたら、気持ち悪いだけだわ」

「え、智花はそんな覚悟をしていたのか」

「してないばか」

 智花は僕をパーで殴った。殴られて首が曲がって、またしても瑞歩と小池くんが視界に入った。瑞歩と小池くんは、もう本当に大変なことになっていた。

「うぎゃー」

「なに、なに、どうしたの」

「智花、見るな、智花、見るな」

 僕は智花に目隠しをした。

 でも智花は、目隠しの隙間から見てしまった。

「きゃー」

 僕は智花にちゃんと目隠しをした。

 智花も僕に目隠しをした。

「なんて小池くんだ、もうあと四分の一周くらいしか残っていないというのに、さらにあんなことをはじめるなんて……。あと四分の一周あれば、十分だということなのか」

「それより、瑞歩が……」

「瑞歩が……」

 僕は、智花の目隠しをかいくぐって、瑞歩を見た。

「うぎゃー、なんだあれは」

 智花も、僕の目隠しをかいくぐって、瑞歩を見た。

「きゃー、あんなの瑞歩じゃない。もはや人間じゃない」

「うぎゃー、もしかしたらあれが普通なのか」

「きゃー、あんなのが普通なわけないわ。あんなの高校生がやったら、捕まって処刑されてしまうに決まっているわ、って、きゃー、小池くん、もうやめて、それだけはやめて」

「小池くん……、うぎゃー、智花、見るな、もう、絶対見るな」

 僕は智花に目隠しをした。智花も僕に目隠しをした。

「きゃー」

「うぎゃー」

「きゃー」

「うぎゃー」


 僕と智花と瑞歩と小池くんは、観覧車を降りた。瑞歩と小池くんは、観覧車の中であんなことをしていたのに、観覧車を降りたら普通にしていた。僕と智花は、観覧車の中であんなものを見てしまったので、放心状態になっていて、二人とも、まともに口が利けなくなっていた。

「ああう…、あ、ああああ……」

「だあ…、だ…、だば……」

「ひい…、ひい…、ひいい……」

「はう……、は……、う……」

「うぅ……、じんじ………」

「ぢ…、ぢが……」

 僕と智花は、まともに口が利けなくなっていたので、会話が成立しなかった。

 瑞歩が驚いた顔をして、智花、伸時くん、一体どうしたの?、と言った。

 小池くんが僕と智花の脈を取って、二人とも生きているけど、まるで死んでいるみたいだ、と瑞歩に報告した。

 智花が、瑞歩と小池くんに、ががが、がびがび、ばあ、と言った。何と言ったのかは僕を含めて誰にもわからなかったけど、瑞歩と小池くんは頭がいいので、たぶんさっきと同じことだろうと思ってくれたみたいだった。

 瑞歩と小池くんは走っていって、ピーチジュースを二つ買ってきてくれた。僕と智花はピーチジュースをよく飲んだ。そしたら口が利けるようになった。

「やられたわ、瑞歩、小池くん」

「もう少しで、僕と智花は、目が爆発するところだった」

 瑞歩と小池くんは、まったく同じタイミングで、くくっと笑った。

「まともに口が利けなくなるまで、二人は観覧車の中で、一体何をしていたの?」

「それは、おまえらが」

「タイガー」

「あう」

 智花がその場にしゃがみ込んで、僕のぼろぼろの膝にグランドタイガーを放った。僕は膝を押さえてうずくまった。智花はやけくそになったみたいで、さらに僕に追い打ちをかけた。

「タイガー、タイガー」

「あう、あう、やめろ、智花、選手生命が」

「タイガー、タイガー」

「あう、あう、半月板損傷」

「半月板損傷」

「半月板損傷」



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