4 僕と智花と瑞歩と小池くんはシベリアワールドの中に入った
僕と智花と瑞歩と小池くんはシベリアワールドの中に入った。まずシベリアワールドの案内図を見ていたが、智花はすでにシベリアワールドのマップが頭に入っているらしく、そんなものを見るまでもない様子だった。
「伸時は、この、シベリアワールドで最高の乗り物は何かということを知っている?」
「知らない」
「シベリアワールドで最高の乗り物は、シベリアン・デス・マウンテンです」
「恐ろしい名前。察するに、ジェットコースターか」
智花はうなずいた。
「シベリアン・デス・マウンテン、それは、世界一速くて、世界で一番回転して、そのため、風が強すぎて、マイナス四十度を体感できるマシンなの。そして、レールが途中で途切れてて、ジャンプして、次のレールの飛び乗るの」
「すごい」
「言葉だけじゃ、すごさがすべて、伝わらないわ。一刻も早く、シベリアン・デス・マウンテンに乗ろう」
「そうしよう」
「そうしよう」
「ちょっと待って」
小池くんが、僕と智花の前に立ちはだかった。真面目な顔をしていた。
「シベリアン・デス・マウンテンは、危険だ。危険すぎる。智花ちゃんは、シベリアン・デス・マウンテンが、最初どういう目的で作られた乗り物なのか、知っているんだろう?」
智花は舌打ちをした。
「もちろん、知っているわ」
「それでも、乗るっていうの?」
智花はうなずいた。
「わたしは、シベリアン・デス・マウンテンに乗るために、今日、シベリアワールドにやってきたの」
「智花、そうじゃない。智花は、瑞歩と小池くんをくっつ」
「タイガー」
「あう」
智花はその場にしゃがみ込んで、僕のぼろぼろの膝にグランドタイガーを放った。僕は膝を押さえてうずくまった。
「あうう。じゃあ、智花。シベリアン・デス・マウンテンが何故作られたのか、僕に教えて」
智花はうなずいた。
「シベリアン・デス・マウンテンは、旧ソビエトの、処刑器具なの」
「器具……」
僕はつばを飲み込んだ。
「悪いことをした人を、シベリアン・デス・マウンテンに乗せて、連続で何十周もさせると、悪いことをした人は、頭の中身がどろどろになって、人格が破綻して、生きたまま死んでしまうの」
「そんな恐ろしいものを、日本に輸入して、なおかつお金まで取っているのか」
「そうよ」
「ロシア……」
僕はこぶしを握りしめた。智花は僕の肩をぽむぽむ叩いた。
「伸時、ロシアを嫌いにならないで。ロシアはなんにも悪くないの。それに、シベリアン・デス・マウンテンは、連続で何十周もすれば生きたまま死んでしまうけど、休憩しながら乗れば、特に危ないことはないから」
小池くんが首を振った。
「でも、智花ちゃんは、知ってるはずだよ。一年間に最低ひとり、シベリアン・デス・マウンテンに乗った人が、振り落とされて死んでいることを」
「そうなのか」
智花はうなずいた。
「その人たちは、たまたまシートベルトが壊れていた、運の悪い人たちなの」
「そうなのか」
僕はほっとした。
小池くんは、何故か少し怒り出した。
「運が悪いで済む問題じゃないんだ。そんな危険な乗り物に、僕の友達が乗るなんて、僕は見ていられない。本当は、誰も乗らないで欲しい。あんなシベリアン・デス・マウンテンなんて、壊れてしまえばいいんだ」
智花は小池くんを見た。
「でも、小池くん、考えてみて。一年にひとりしか死なないということは、五百万人にひとりくらいしか、死なないの。小池くんが道を歩いていて、車に轢かれる確率と、そんなに変わらないわ」
瑞歩が、智花と小池くんの間に割って入った。
「智花、やめて。小池くんが車に轢かれるだなんて、不吉なことを言わないで」
瑞歩が智花をにらんだ。小池くんも智花をにらんだ。楽しい雰囲気が台無しになってきた。
智花が困った顔をして、僕を見た。
「伸時、これは、もしかして、わたしが何か間違ったことを言っているの」
僕は首を振った。
「智花は何も間違っていない。ちょっと、瑞歩と小池くんが、おかしい。言ってることが、宗教的だ」
「そうよね」
小池くんが、あー、と叫んだ。手を上下に激しく振っていた。
「そこまで言うなら、もう知らないよ。二人でシベリアン・デス・マウンテンに乗ってくればいい。僕と瑞歩ちゃんは、死ぬのなんてごめんだから、二人でゴーカートとかに乗ってるよ」
瑞歩と小池くんはゴーカートがどこにあるのか、本当にシベリアワールドの中にゴーカートがあるのかも確認せずに、行ってしまった。
僕と智花は、瑞歩と小池くんが遠ざかっていくのを見ていた。
「小池くん、短気」
「そうね、小池くんは、見かけによらず、かなり短気ね」
「きっと、小池くんは、おなかが空いてしょうがない」
「そうね、瑞歩と小池くんは、きっと、ラーメンを食べに行ったんだわ」