18 汗をかいた僕と智花はもう一度大浴場に行った
汗をかいた僕と智花はもう一度大浴場に行った。二度目なので、僕はわりと早く風呂から上がった。智花も、わりと早く風呂から上がったみたいだったが、智花は二回も温泉に入ったために、さらに湯けむりエフェクトがかかって出てきて、とてつもないことになっていた。
大浴場からエレベーターに行く途中に卓球台があるのだが、そこではすでに父さんと母さんと智花の父さんと智花の母さんが卓球をしていたので、僕と智花も加わった。卓球をするとまた汗をかいてしまうけど、僕たちの中に卓球のプロはいないので、それほど本格的なプレーをするとは思えず、全力で走るより汗をかくことはないと思われた。他にも卓球をしている知らない人が二人いたので、しかもその二人は見たところそんなにうまい選手ではなかったので、その二人を入れて八人トーナメントをすることになった。
トーナメントの順番は、じゃんけんで勝った順に一番から八番まで決めたのだが、一回戦は智花の母さん対父さん、母さん対知らない人、智花対智花の父さん、知らない人対僕で、これは僕がじゃんけんで一番負けたという意味だった。しかし、僕は知らない人をどうにか下したあと、智花の父さんをなんとかしりぞけた智花と準決勝で激突して、激戦の末に智花を破って決勝に進出したが、決勝では智花の母さんにスコックで負けて、そのあとで智花にすごく怒られた。智花は、智花に勝った僕が、智花の母さんから一点も取れなかったことについて僕をののしったが、でも智花の母さんは父さんもスコックで倒していたし、もし智花が決勝に進出していたとしても、スコックで負けたと思う。母さんは智花の母さんから一セット取っていたので、向こうのブロックの準決勝が、事実上の決勝戦だったようだった。卓球をしたらみんな疲れ切ってしまったので、それぞれひぼたんの間とみずばしょうの間に戻って、朝まで寝た。
次の朝、僕は父さんと母さんが起きる前に起きて、ひとりでこっそり部屋のベランダについている露天風呂に入ってくつろいだ。露天風呂から上がるとすでに父さんと母さんが起きていたので、廊下に出て、智花と智花の父さんと智花の母さんと合流して、一階にある大きな部屋へ朝ごはんを食べにいった。朝ごはんのおかずは魚と納豆と味つけのりとみそ汁で、さっぱりしていておいしかった。朝ごはんを食べ終わるとみずばしょうの間に集合して、今日はこれからどうするかを議論したが、智花と智花の父さんと智花の母さんは、エリカが心配だから帰りたい、と言い出した。たしかに僕も、エリカのことが気になっていた。エリカは孤独が嫌いだから、早く家族が帰ってこないと、自分は捨てられてしまったと勘違いしてしまって、孤独死してしまうかもしれなかった。智花の母さんが家に電話をかけていたが、エリカは犬なので、電話には出てくれなかった。でも、エリカは、電話が鳴っているのに電話を取れないことに対してもどかしさを感じているのではないかと思われた。なので、僕の家族と智花の家族は、今日はどこにも行かずに急いで家に帰ることにした。荷物をまとめて部屋を出て、エレベーターに乗って、玄関を出る僕の家族と智花の家族に、紺色の着物を着た女の人たちが、またおこしくださいませ、と言った。
タクシー二台で駅まで行って、コンビニでからあげをたくさん買って、特急電車に乗りながらからあげを嫌になるほど食べた。コンビニで売ってるからあげはやはりあたりだったので、僕と智花は満足した。帰りは僕の家族の背中に向かって電車が走ることになったのだが、途中で僕が気持ち悪くなってきたので、智花の父さんと席を替わってもらった。そのころには、智花はからあげに満足して、おなかいっぱいでよく寝ていた。
二時間くらい走ったときに、駅でもないのに電車が止まった。僕は、田舎の線路なので、幅が狭いので、対向列車とすれ違うために待っているのだろうと思って、ひまつぶしに外をきょろきょろした。
僕はすさまじいものを見た。
「智花、起きろ、智花」
僕は智花の肩を揺さぶった。
智花は目をこすりながら目を覚ました。
「なに、伸時、せっかくわたしが、気持ちよく寝ているというのに」
「智花、それはすまないが、とにかくいまは、あれを見て、そして読み上げてみてくれないか」
僕は窓の外を指さした。智花は、僕が指さしたところをぼんやり見た。
「スパゲティハウス・チカ」
僕はうなずいた。僕が指さした先には、『スパゲティハウス・チカ』という店の巨大な看板が立っていた。
智花は、眠そうだけど強い目をした。眠そうだけど強い目をして僕をにらんだ。
「そんなことで、わたしをいちいち、起こさないで」
「でも、智花、スパゲティハウス・チカは、おもしろくないか」
智花は首を振った。
「おもしろくない。伸時、少し考えてみて。もし、いま、伸時が気持ちよく寝ているとして、わたしが起きているとして、わたしが窓の外にヤマダ電機をみつけて、それを教えるために伸時を起こしたとしたら、起こされた伸時は、どう思うと思う」
僕はその状況について考えた。考えてから智花に答えた。
「僕は、ヤマダ電機なんかどこにでもある、そんなことでいちいち起こすな、智花のばか、と思うと思う」
智花はうなずいた。
「いま伸時が言ったことの、『僕』と『智花』を入れ替えて、『ヤマダ電機』と『スパゲティハウス・チカ』を入れ替えたバージョンが、わたしがいま思っていることなの」
僕は、いまの僕の発言を、頭の中で組み直した。
「ということは、智花はいま、『智花は、スパゲティハウス・チカなんかどこにでもある、そんなことでいちいち起こすな、僕のばか、と思うと思う』と思っているのか」
智花はすでに、二度寝に入っていた。目を閉じて、窓に頭をくっつけていた。
「だいたいそう。そして、さらに言うなら、あれは『スパゲティハウス・チカ』ではなくて、『スパゲティハウス・千力』」
「スパゲティハウス・千力」
僕は、漢字だったのかと思った。しかし、智花はすでに眠っていた。電車が動き出したので、僕も眠ることにした。
ようやく金宮町の駅に着いて、駐車場に停めていた車にそれぞれ乗って、家に帰った。家に着くと、僕の家族と智花の家族は全員で智花の家に入った。エリカが玄関に走ってきたので、智花が、ただいま、エリカ、と言って、エリカを抱き上げた。エリカは、まさか家族が帰ってくるとは思っていなかったみたいで、ものすごく喜んで、智花の顔を舐め回した。智花は、顔を舐められるのが好きではないので、エリカを下ろした。エリカは仰向けに寝転んで、腰をくねらせて踊りを踊った。僕は、床に膝をついて、エリカの腹を撫で回した。それから智花は、おみやげの入った袋を持って、わたしはいまから、大橋さんちに行って、おみやげを渡してくるわ、と言って、出かけていった。父さんと智花の父さんは、競馬の中継を見始めて、母さんと智花の母さんは、テラスで紅茶を飲み始めた。エリカもテラスについていった。僕は、サッカー部の練習試合が近いので、外を走ることにした。家に戻って、ジャージに着替えて、町の中をぐるぐる走った。本当は甲羅を背負って走りたかったが、甲羅を背負って走っていると亀仙流の人とまちがえられるのでやめた。ぐるぐる走って、公園にたどり着いて、死んだカラスを見にいった。でも、死んだカラスはいなかった。死んだカラスがいた木の根元は、土が盛り上がっていて、割られていない割り箸が立っていた。僕は、誰か心のやさしい人が、死んだカラスのお墓を作ってあげたのだなと思った。そう考えると、もっと早くに、僕が死んだカラスのお墓を作ってあげればよかった、とも思った。僕は、死んだカラスのお墓に手を合わせながら、智花が大橋さんちから帰ってきたら、死んだカラスのお墓ができた話をしようと考えた。
ひとまずこれで終わります。
また書くかもしれません。
ありがとうございました。