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12 温泉に行く前にアンバランスな古城に行った

 温泉に行く前にアンバランスな古城に行った。アンバランスな古城は丘の上に立っている古いお城で、国の重要文化財にも指定されている。智花がどうしても見たいと言ったから見に来ることになった。智花がどうしても見たいと言うのは、そんなにないことだから、どれくらいすごいアンバランスな古城なのかと思っていたが、近くで見るとさすがにすごいアンバランスな古城だった。

「すごいわ。アンバランスな古城は、やっぱりすごいわ」

 智花が興奮していた。興奮している智花は、尋ねてもいないのに、僕にうんちくを述べ始めた。

「このアンバランスな古城は、天保七年に完成したのだけど、明治時代の集中豪雨で土砂崩れが起きて、左に傾いてしまったの」

「なるほど」

「それ以来、修理するお金がなくて放置されていたのだけれど、アンバランスになっても倒れなかったことから、天保時代の建築技術の高さが証明されることになって、戦後、左に傾いたままで補強されたの」

「なるほど」

「そしてついには、重要文化財に指定されるまでになったのよ」

「すごい」

 アンバランスな古城の中に入ることは禁止されていたので、僕の家族と智花の家族はアンバランスな古城の前で記念撮影をおこなった。智花は、父さんに写真を撮る係をやらせようとしていたが、父さんがその辺にいた人に、写真を撮ってください、とお願いしたので、その辺にいた人が写真を撮ってくれて、僕の家族と智花の家族は全員写真に写ることができた。

 アンバランスな古城の前で写真を撮ってしまうと、意外とすることがなくなった。

 母さんと智花の母さんが、これからどうするかを話していた。

「これから、どうしましょうかしら」

「まだ三時だから、旅館に行くには早いわ」

「これから、自由行動にして、四時に正門の前に集合しましょうか」

「それがいいわ」

 僕の家族と智花の家族は、一時間自由行動をすることに決まった。母さんと智花の母さんと智花が、三人でおみやげを買いに行った。父さんと智花の父さんと僕は、三人でお堀の鯉や野生の動物に餌を与えてあそんでいたが、父さん以外は三十分くらいで飽きてしまったので、別々に行動することにした。

 僕は、昨日サッカー部のみんなに温泉に行くことをうっかり喋ってしまっていたので、おみやげを選ぶことにした。黒い屋根のみやげもの屋に入ると、レジの裏に大きな亀の甲羅が飾ってあった。

 僕はつばを飲み込んだ。

「これは……」

 みやげもの屋のおばさんが、僕に近づいてきて、いらっしゃいませ、と言った。

「この甲羅は、売り物ですか」

「そうですよ」

「いくらですか」

「三千円ですよ」

「三千……」

 僕は財布の中を見た。

「背負ってみますか」

「背負ってもいいんですか」

「もちろん、背負ってもいいですよ」

 みやげもの屋のおばさんは壁に掛かっている甲羅を下ろした。甲羅には紐がついていて、両腕を通せるようになっていた。みやげもの屋のおばさんは甲羅を持って僕の後ろに回って、両腕を通させてくれた。

 僕は甲羅を背負った。

「いかがですか」

「思ったよりも軽いです。これは、本物の甲羅ではないのですか」

 みやげもの屋のおばさんはうなずいた。

「これは、地元の甲羅職人さんがひとつひとつ手作りした甲羅です。和紙に糊をたっぷり塗って、その上に和紙を重ねて、乾かして、それを何度も何度もくり返して作られたものです。この技法で作られた甲羅は、和紙だから軽いのだけど、本物の甲羅に負けない強度を誇ります」

 僕は甲羅の表面を撫でた。たしかに、本物の甲羅のように硬かった。

「甲羅の模様も見事なものです。一流の甲羅職人と、一流の甲羅画家が揃って初めて、この見事な甲羅ができあがるのです」

「こんなに素晴らしい甲羅が、どうして三千円で売られているのですか」

 みやげもの屋のおばさんは悲しそうな顔をした。

「いまの若い人に、甲羅の良さを理解してもらうのは、難しいです。前が寒いだとか、ジャージのほうが楽だとか、口の悪い方だと、亀みたいだ、なんて言う人もいます。本当は一万円で売りたいのだけど、一万円だと売れません。三千円だと赤字なのに、それでも、あまり売れません」

 僕は財布の中身をすべて、レジの机の上に出した。

「僕はいま、一万円は持っていないのですが、七千百五十三円は持っています。七千百五十三円で、この甲羅を売ってください」

 みやげもの屋のおばさんは微笑んで、三千円だけを取った。

「ありがとうございます。でも、お気持ちだけで十分です。三千円でよろしければ、その甲羅をお売りします」

「じゃあ、三千円で買います」

「ありがとうございます」

 僕は四千百五十三円を財布に戻した。

「そのまま背負って行かれますか?」

「そのつもりです」

「では、お印をつけさせていただきます」

「はい」

 僕は後ろを向いた。みやげもの屋のおばさんは、甲羅の端に緑色のテープを貼った。

「あなたのような若い方に、甲羅の良さをわかっていただけて、私はとてもうれしいです」

「この甲羅は、素晴らしいです。個人的には、アンバランスな古城よりも、素晴らしいと思います」

 みやげもの屋のおばさんは、涙ぐみそうになっていた。

「ありがとうございます。今日は最高の一日になりました。実を言いますと、甲羅は一ヶ月にひとつ売れたらいいほうなのです」

 僕はショックを受けた。

「信じられない……」

「つらいことですが、ほとんどの方は見向きもしてくれません。でもそれが現実なのです。それなのに、今日は甲羅が二つも売れました」

「僕の他にも、今日甲羅を買った人がいるのですか?」

「はい。ついさっき、かわいらしいお嬢さんが、甲羅を買ってくださいました。そのお嬢さんも、あなたのように、甲羅の素晴らしさをよく理解しておいでで、私は勇気づけられたものです」

「なるほど」

「もしかして、あなた方はお知り合いなのですか?」

「たぶんそうです」

「そうですか、そうですか。もしもまたこのアンバランスな古城を訪れる機会がございましたら、是非当店にお立ち寄りくださいね。今度はもっと素晴らしい、甲羅を用意しておきますから」

「楽しみにしています」

 僕はみやげもの屋の外に出た。甲羅をつけて歩くのは初めてのことだったが、空も飛べるような気がした。

 そのまま歩いて、アンバランスな古城の前まで行くと、アンバランスな古城の前に甲羅をつけた人の後ろ姿が見えたから、僕は近づいた。



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