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10 砂単小学校でバザーがあって母さんと智花の母さんと智花が店を出した

 砂単小学校でバザーがあって母さんと智花の母さんと智花が店を出した。母さんと智花の母さんはもらったけど使わなかったタオルとか、もらったけど使わなかった洗剤とか、買ったけど着なかった服を売ったらしい。智花は何も売らなかったらしい。父さんと智花の父さんと僕もバザーに参加しないかと誘われたけど、父さんと智花の父さんは一緒に競馬を見にいく約束をしていたし、僕もサッカー部の練習があったので、バザーには行かなかった。

 午前中でサッカー部の練習が終わって家に帰るとすでに母さんが帰ってきていた。母さんは今日も焼きそばを作ってくれていたので、僕は焼きそばを電子レンジで温めて食べた。母さんはもう焼きそばを食べ終わった後だったので、僕に、タオルと服は全部売れたけど、洗剤が売れ残ったわ、と悔しそうに話をした。あんまり悔しそうだったので、僕も何だか悔しくなった。それからテレビをつけて、競馬の中継を見た。父さんと智花の父さんは競馬場に行っているから、僕と母さんは気をつけてテレビを見ていたが、父さんと智花の父さんはテレビには映らなかった。

 焼きそばを食べたら口の中がソースっぽくなったので、洗面所に行ってうがいをした。鏡を見たら歯に青のりがくっついていたので歯を磨いた。それから二階に上がって、僕の部屋でマンガを読んでくつろいでいたら、智花から電話がかかってきた。

「もしもし」

「伸時……」

 電話の最初なのに、智花がもしもしと言わなくて、しかも泣きそうな声だったのでびっくりした。

「どうした」

「助けて……」

「何があった」

「大変なことになったわ」

「いまどこにいる」

「わたしの部屋にいるから、助けて……」

「わかった」

 僕は急いで階段を下りて、急いで玄関を出て、急いで智花の家に行って、急いで智花の部屋に入った。

 智花は椅子に座っていた。大変なことになっていた。

「伸時……」

「その右手はどうした」

 僕は智花に近づいて、智花の右手にはまっている青いガラスの壺をさわった。

「これには、悲しい秘密があるの」

「差し支えなければ、僕に話して」

 智花はうなずいて椅子から立って、絨毯に座った。僕も智花の前に座った。

「わたしは今日、お母さんと、伸時のお母さんと、三人でバザーでものを売っていたの」

「それは、知ってる」

「でも、お母さんと、伸時のお母さんが、二人で何でもやってしまうから、わたしは結構退屈だったの」

「なるほど」

「だから、わたしは途中からものを売ることをあきらめて、ものを買うことにしたの」

「それで」

「この青いガラスの壺を買ったの」

「いくらした」

「千二百円」

「意外と安い」

「ほりだしもの」

 智花は悲しそうにガラスを撫でた。

「わたしは、この青いガラスの壺を一目見て、手を入れてみたくなったの」

「どうして、そんなことをしたくなる」

 智花は手を持ち上げて、青いガラスの壺を僕の顔の前に出した。

「この青いガラスの壺の口は、手がぎりぎり入るか入らないかの大きさで、しかも、手が入ったらぎりぎり出せるか出せないかくらいの大きさなの」

「そう」

「それで、買って、早く手を入れてみたくてうずうずしていたのだけど、もしもお母さんと伸時のお母さんの前で手が抜けなくなったら、もうすぐ高校二年生なのにみっともないことしないの、って怒られると思ったから、家に帰ってくるまで我慢して、大事に持って帰ってきたの」

「そう」

「それで、ごはんを食べて……」

「何を食べた」

「天むすとコロッケ」

「おいしかった?」

「中の上」

「僕は、焼きそばを食べた」

「おいしかった?」

「おいしかった」

「それで、こうなったの」

「よくわかった」

 僕は絨毯から立った。智花を見下ろした。

「智花は、もうすぐ高校二年生なのに、青いガラスの壺に手を突っ込んで抜けなくなるなんて、みっともない」

「言わないで……」

 智花は耳をふさごうとした。でも右手は青いガラスの壺に入っているので、左の耳しかふさげなかった。

「みっともない。智花はみっともない」

「ひどい……」

「やーい、やーい」

「うう……」

 智花はうつむいた。僕は、もしかしたら僕が智花をからかいすぎたせいて、智花の心が傷ついて、智花が本当に泣いてしまうかもしれないと思って、焦った。

「もうすぐ高校二年生なのに、やーいやーい、って言う伸時は、もっとみっともないわ」

「実は僕も、そう思っていた。どうしてあんなことを言ったのか、わからない」

 僕はうつむいた。恥ずかしくなってきた。

「それで、手が抜けないの」

「うん」

「お母さんに見られると、怒られるの……」

「智花の母さんは、怒ると異様に怖い」

「抜いて」

「わかった」

 僕は青いガラスの壺を足の間に挟んで固定して、智花の手首を両手で握った。

「思いっきり、引っぱる」

 僕は智花の右手を思いっきり引っぱり上げようとした。でも、智花の右手は、青いガラスの壺から抜けなかった。

「痛い、痛い、伸時、やめて、おねがい、やめて」

 僕は引っぱるのをやめた。

 智花は途方にくれていた。

「このままだと、わたしは一生右手だけドラにゃんになってしまうわ」

 僕は首を振った。

「ちがう。ドラにゃんは、体は青いけど、手足は白い」

「そうだっけ」

 僕は携帯電話を光らせて、智花に見せた。智花は携帯電話をじっと見た。

「ほんとう。でも、どうして伸時の携帯の待ち受け画面は、ドラにゃんなの」

「ドラにゃんは、一見ベタだけど、待ち受けにするにはもってこい」

「よくわからないわ」

「智花にも、わかるときがきっとくる」

 智花は眉を寄せた。

「なに、その上から目線」

「なんでもない。言ってみただけ」

 智花は強い目をした。強い目をして僕をにらんだ。

「伸時は、わたしが右手だけドラにゃんになったから、いまのうちに言いたいこと言ってしまえって、思っているんでしょう」

 僕は下を向いた。

「そういう考えは、ちょっとはある」

「右手が普通になったら、おぼえてろ」

 智花の母さんが一階から、智花ー、と言った。

 智花が、はい、と言った。

「お母さんはいまから、ヨガ教室に行ってくるから、伸時くんとお留守番をしていてくれる?」

「伸時は途中で帰るかもしれないけど、わたしはお留守番をするわ。でも、わたしも三時になったら茶道教室に行くわ」

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 智花は窓際に立って、智花の母さんが自転車でヨガ教室に行くのを見ていた。

「これはチャンス」

 智花は後ろに歩いて、ドアを開けた。

「ついてきて」

 僕は絨毯から立って、智花の後ろをついていった。


 智花はバスルームに入った。僕もバスルームに入った。

「エリカが入ってくると、エリカが濡れるから、ドアを閉めて」

「エリカは、玄関マットの上で仰向けになって寝ていた」

「でもエリカは、起きてくるかもしれないから、ドアを閉めて」

 僕はバスルームのドアを閉めた。智花は靴下を脱いで、腕まくりをした。僕も靴下を脱いだ。

「智花は、何をするつもり」

「わたしは、お湯と石けんで手首をぬるぬるにして、青いガラスの壺から手を抜くつもり」

 智花はシャワーのお湯を出して右腕を濡らして、石けんを塗って泡を立てた。

「僕は、何をすればいい」

「伸時は、何もしなくていいわ」

「どうして」

「わたしは、さっき、伸時に腕を引っぱってもらったとき、手がちぎれそうなくらい痛かったから、できれば伸時には頼みたくない。もしもぬるぬるにしてもひとりで抜けなかったときは、伸時に引っぱってもらう」

「わかった」

 智花はお風呂の椅子に座って、青いガラスの壺に左手をかけて、右手を思い切り引っぱった。

「痛い、痛い、やっぱり痛い」

「痛みに耐えて、がんばれ智花」

 青いガラスの壺から智花の右手がすぽんと抜けた。あんまりすぽんと抜けたから、智花は背中から転んでしまった。

 智花はすぐに起き上がって、背中をさわった。

「せっかく右手が抜けたのに、今度は背中が濡れたわ」

 智花の背中はブラジャーの線が透けていたけど、もし僕が智花にブラジャーの線が透けていると言うと、また父さんに似てきたと言われかねないので、僕はそのことは言わなかった。着替えたほうがいい、とだけ言った。

 智花は、着替えてくる、と言って、タオルで背中を拭きながらバスルームを出ていった。

 僕は青いガラスの壺を見た。青いガラスの壺の口はやかんのふたを開けたところくらいで、智花が言ったとおり、手が入るか入らないかぎりぎりの大きさに見えた。

 僕はつばを飲み込んだ。

 僕の手はそんなに大きいほうじゃないけど、智花は女なので、僕よりも手が小さい。智花の手が抜けなかったということは、もしも僕が手を入れてしまうと、絶対に抜けなくなる。でも僕の手は智花の手より大きいから、青いガラスの壺に入れることも不可能ではないかと思われた。それならちょっとだけ、入るか入らないか試すくらいなら、やってもいいように思えた。

 僕はつばを飲み込んだ。

 青いガラスの壺の口に、右手を当てて押してみた。四本の指は入るけど、親指がひっかかって入らなかった。僕は親指を折りたたんだ。まだ外側の骨が当たるけど、青いガラスの壺の口はお湯と石けんですでにぬるぬるになっているので、回しながら押したらもしかしたら入るような気がしてきた。ぬるぬるになっているからすぐに出せると思うから、ちょっと入れて智花が着替えてくる前に抜いてしまえばいいと思ったから、僕は体重を乗せながら手を回した。

 僕の右手が青いガラスの壺の中に入った。僕はとてもうれしくなった。でも僕は男だから、智花よりは手が大きいから、僕の右手はぬるぬるになっている青いガラスの壺からも抜けなかった。

 僕は、智花が戻ってくる前にどうにかしないと、智花にみっともないと言われると思って、慌てた。慌てながらドアを見たら、ドアの隙間が少し開いていて、智花が覗いていた。

「伸時も、青いガラスの壺に、手を入れたのね」

「いつから見てた」

「たぶん、最初に手を入れたところから」

 智花が僕に近づいてきた。服を着替えてなかったから、実は最初から隠れて見ていたのだと気がついた。

「はめられた……」

「みっともない」

「うう……」

「伸時は、もうすぐ高校二年生なのに、青いガラスの壺に手を突っ込んで抜けなくなるなんて、みっともない」

「智花も、もうすぐ高校二年生なのに、ブラジャーが透けてるなんて、みっともない」

 智花は胸の前に腕を組んだ。

「前は透けてない。後ろ」

 智花は腕を組むのをやめた。

「後ろなら、いいわ」



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