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第八話 苦労を超えた夜

「後、もうちょっとだ」


 チカ、チカ。

 パンクしそうな程、色々な情報を詰め込まれた脳みそととんでもない疲労感を気合いで支えて何とか動かす身体。

 今まで、アルバイトをしてこなかった俺にとってこれはかなりキツイ経験で、社会に出る前にやっといて良かったと、なんとかポジティブな意見を絞り出す。

 

 その実は疲れ一色、これを学校終わりにやっている周りの人間へのリスペクトがこれからは物凄くなることだろう。

 最後に、廊下の黒汚れを拭き取ったところで伊織さんに声をかけられる。


「これで九時、もう部屋戻って大丈夫ですよ」


 ようやく終わった、へとへとの身体で一瞬その場に座り込むが、その様子をお客さんに見られたらまずいと急いで自分の部屋に戻る。

 まずはシャワーを浴びて、制服に消臭剤をかけて壁に掛けておく。

 それから寝巻きに着替えて、後は寝るところまで終わらせて、そこでようやく一息ついた。


 それにしても、やっぱりきつかった。

 美味しい夜ご飯が食べられたり、こうしていい部屋が与えられたり、勿論良いところも探せばあるのだがどうしてもこの疲れが覆い被さってくる。

 学校鞄に目をやる、とりあえず宿題を五分休みの間にやっておいた俺には、本当に敬礼を送っておこう。


 トントン、急に扉を叩かれて身体が飛び上がる。

 

「ちょっと、入ってもいい?」


 その声の正体は、織原さんだ。

 もしかしたら伊織さんで、このタイミングで説教を受ける可能性も考えていたため、冷や冷やしてしまった。

 扉の鍵を開けて、中に彼女を入れる。


「お疲れ様、大変だったでしょ?」

「そりゃ、もう。

 大変なんて言葉じゃ表せないレベルで」


 正直、目の前の可愛い同級生に対して意地を張りたい気持ちもあるにはあるが、今はそんなことができるほどの余裕もない。

 伊織さんは女将、というだけあって仕事関係のことはかなり厳しくて、仕事初日の俺はかなり怒られてしまった。


「私もね、小さい頃何度も旅館を手伝おうと思って。

 その度に失敗して、お母さんに叱られたなぁ」

「本当に、この歳になって泣きそうになるとは思わなかったよ」


 こうして、仕事内容のことを共感してくれる同年代なんてそれこそ織原さんしかいない。

 ついつい、話し込んでしまって夜がふける。


「日端くんさ、もう辞めたいとか思ってる?」


 急にそんなことを言う織原さんのことを見る。

 彼女の顔はやけに寂しそうだ、俺もつい話が愚痴っぽくなってしまったかもしれない。


「ううん、勿論伊織さんは凄く怖かったし今は身体も頭も凄く疲れてる。

 だけど、伊織さんの言っていたことはどれも正しくて俺が直さなきゃいけないって納得できるものだった。

 だから、一番は悔しい気持ちだよ。

 これから先、もっと皆に頼られるくらい仕事をこなせるようになりたい」

「そっか」


 織原さんは嬉しそうに、話を続ける。


「じゃあ、これからも頑張ろ」


 それからもう少しだけ話していたが、俺があくびをしてしまって、今日は解散する流れになった。


「それじゃ、織原さん」

「え、織原さんって誰のこと?」

「誰って、織原さんは織原さん」

「それはそうだけど、お母さんもお父さんも織原だからわかりづらいよ」


 ・・・何故だか、お昼に話した会長のことを思い出す。

 これは、名前で呼べということらしい。


「じゃあ、またね沙織さん」

「うん、おやすみ日端くん!」


 俺も名前呼びされるのかと、少し期待していたがどうやら高望みし過ぎたようだ。

 彼女はそのまま自分の部屋へと戻っていく。

 時計を見ると、十一時を指していた。

 本当に長い一日だった。


 次の日、相変わらず物凄く美味しい朝食でエネルギーを蓄え、お客さんとすれ違わないように旅館を出る。

 庭を掃除していた伊織さんと目があった。


「昨日、最後に廊下を掃除していましたよね」

「はい・・・」

「非常に丁寧で、文句の付け所もない仕事でした」


 俺の中で何かが湧き上がる感覚がある。

 それは、中に留めておくことなんかできずについ声が大きくなってしまう。


「ありがとうございます!

 それじゃ、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい」


 急いで車に乗り込むと、眠そうな織原さんがぐったりとしている。

 ……別に頭の中くらいは苗字でもいいはずだ。


「それじゃ、お願いします」


 俺の声と同時に車は発進し、学校への道を辿る。

 昨日はとんでもなく疲れたが、そんな一日は昨日で終わるわけではないのだ。

 隣の織原さんとは対照的に、よく目が覚めていた俺は今日も頑張ろうと、気力を奮い立たせる。

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