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第七話 初出勤

「あ、ごめんね。

 待たせちゃった?」


 教室に入ってきた織原さんと喋るのは随分久しぶりな気がしてくる。

 今日は不思議と、色々な縁が出来た一日だったな。


「もう車来てるの?」

「うん、ばっちり。

 これから色々と準備しないといけないもんね」


 確かに旅館でバイトなんてそうしない経験だ。

 勿論、雇い主である織原さんの両親からしても学生バイトを雇う機会など今まで無かったことだろう。

 昨日に比べて、二回りくらい大きい車に乗り込む。

 席にも余裕があって、織原さんに気を遣う必要も無さそうだ。


「それじゃまずは、日端くんの家にゴー!」

「俺の家・・・まさか、泊まりって本当なの!?」

「そう言ったじゃん、とりあえず昨日は準備もあるからって思って一度帰ってもらったんだよ!」


 あー、まあそうなのか。

 驚きはしたものの、案外焦る気持ちはない。

 今、俺が住んでいる家は二つ目の家だ。

 両親がかなりの転勤族で、俺は昔から各地を転々とする生活を送ってきた。

 しかし、高校生になってその生活を続けるわけにはいかないため、その時借りていたマンションに俺が一人暮らしすることになった。

 それに、昨日の夜には織原さんの両親が連絡を取り合ってくれたようだった。


 家に着いた俺は、学校の道具や日用品などを鞄に詰める。

 食品周りも、とりあえず土日までに帰ってくれば大丈夫そうなのを確認し、十分強の時間で家を出る。

 荷物を後ろに積んで、再び乗り込んだ。

 家を見る、これから一週間空けることも全然あり得るのだと思うと、何だか不思議な気持ちになった。


「もう行って大丈夫?」

「うん、また少ししたら帰れるしね」

「よし、それじゃあ旅館に帰ろっか」


 あの家から何だか目が離せないのは、修学旅行に行く前の家族に感じる寂しさのようなものによく似てる。

 これから、俺の人生は大きく変わっていく。

 そんな事実を改めて痛感するのだった。


「お帰りなさい、二人とも」


 女将さんは本職を感じさせる手際の良さで、俺の荷物を抱えてくれる。

 ごく自然に歩き出した、彼女の背中を追いかける。

 ずっと進んだ奥の部屋、そこに鍵を刺したのを見て俺の部屋がここであると理解する。

 年季を感じさせる軋んだ音と共に現れたその部屋は古いながらも、よく手入れされていて一人で暮らすには全然問題ない、それどころか贅沢に感じるレベルの部屋だ。


「どう、気に入ってくれた?」

「はい、むしろこんなに良い思いさせてもらっても良いんですか?」

「勿論、私たち家族にとっての救世主だもの」


 その後、荷物を置き終えるとアルバイトの内容について色々教えると、女将さんに連れ出される。

 まずは、旅館のメンバーを紹介すると裏の厨房に向かっていく。


「この子が厨房の水谷くん、それから今はお部屋に行ってるけど由麻さん」

「そして俺ってわけだな」


 現在の従業員数は今日いない人含め七人。

 この大きさの旅館ならば確かに厳しい、そう感じてしまう。

 それから、俺にとって大きな問題。


「ちなみに、お二人の名前も聞いてません」


 織原夫婦は目を合わす。

 これは盲点だったと、つい笑ってしまった。


「確かに、織原って呼ぶわけにはいかんよな。

 面接の時は断る気満々だったから、名乗ることすら忘れてた!」

「私が織原伊織(いおり)、そして夫が(たくみ)です」


 伊織さんに匠さん、ようやくそう呼ぶことが出来る。

 よろしくな、と俺の背中をバンバン叩いた匠さんはそのまま仕事に戻って行った。


「それじゃ、ここからは仕事です。

 勿論、あなたが来て救われた部分も大きいですがここからは厳しくして行きます。

 この旅館の評判を下げることが私にとって一番の恥だからです」


 特に言及はされていなかったものの、教育係は女将である伊織さんということらしい。

 俺も気合いを入れる。


「おーい、頑張ろ!」


 気がつけば、既に着物に身を包んで旅館を手伝おうとしている織原さんの姿があった。

 この旅館のことを潰したくないと、俺にバイトを持ちかけてきた彼女のことだ。

 きっと、女将さんを継ぐことになるのだろう。


 特段、深い関係というわけじゃないしまだまだ出会ってから日も浅い。

 それでも、充分この旅館に関わる人々の魅力は伝わってきていた。

 だから、俺も早く仕事を覚えてこの場所に貢献したい。


「ご指導のほど、お願いします」


 さあ、ここから今日の仕事開始だ。

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