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第四十二話 たまには

 今日は土曜日、つまりはバイトも無しだ。

 匠さんの朝食はやっぱり美味しくて、自分の実力が未だ全然足りないことを理解させられる。


「あの、沙織……」

「どうしたの陽子ちゃん?何か顔色悪いよ!?」


 急いでおでこに手を当てる沙織。

 陽子さんは昨日、自分が失言してしまったことが結構ダメージに来ているらしい。

 彼女の友人事情を聞いた俺からすれば、沙織は絶対に失いたくない大親友なのだろうと思う。

 それでも沙織は思ったより朝から元気で、いつもと変わらなくて。

 結局陽子さんも、黙ってしまった。


「そういえば、今日は弥生ちゃんとお出かけなんでしょ?」

「うん、スーツ買おうと思って」


 俺の家には全くスーツがない。

 これまでは父親のお下がりだったが、引っ越しの時に持っていかれてしまった。

 別にクリスマスパーティだけじゃない、これから使う場面において、一つも無いのはどうしても不便だ。

 そんな話をしていたら、藤垣さんが誘ってくれた。

 丁度遊ぶ約束もしていたし、良い機会だ。


「余裕持っていきたいなら、もう行った方が良いかもよ」

「……確かに、それじゃご飯も食べ終わったし行くね。

 また、学校で」


 沙織に手を振って、俺たちは車に乗り込む。

 今日は待ち合わせ場所に直接送ってくれるということだったため、時間的にも余裕がある。

 先に待ち合わせ場所に着いた俺は完璧に気持ちが沈んでいる陽子さんを慰めて、車を出た。


 その辺のベンチに座って、ゆっくり動画を見ていると「そろそろ着きます」とメッセージが届く。

 そこから三分くらい、藤垣さんが俺の前に現れた。


「先輩、もしかして待たせちゃいましたか?」

「ううん全然大丈夫だよ」

「……ちなみに、どうですか?」


 藤垣さんはその身をくるくる回す。

 一目で分かるくらい、よく似合ったそのファッションは周りの目を惹く。


「うん、綺麗」

「…………へ!?

 先輩から、まさかそんな言葉が聞けるとは……」

 

 女性と待ち合わせて最初は服装を褒めろ、やっぱり陽子さんのアドバイスは間違いないようだ。

 藤垣さんも、そんなに悪い気はしていないように見える。


「……それであのなんですけど。

 昨日、面白いと噂の映画見つけてきたんです!」

「おおいいね、行こう行こう」


 藤垣さんと前回見た映画も良かった。

 普段自分では絶対に見ないものだから、新鮮に楽しむことが出来る。

 

「ちなみに先輩って、普段遊ぶ時とか何してるんですか?」

「普段……?

 あー、それこそ最近は陽子さんとカラオケ行ったなぁ」

「今日もカラオケ行きましょう」


 急な予定変更に驚きはしたものの、まず最初にスーツを買うという予定は変わらない。

 勿論、藤垣さんは普段スーツ売り場になんて来ないから興味深々に周りを見渡す。


「うわぁ、意外に黒以外もあるんですね……。

 先輩は、何となく黒選びそう」

「お、よく分かったね。

 すいません、これ着てみても良いですか?」


 とりあえずサイズが合うか、試着させてもらう。

 とりあえず、店頭に置いてあったものをそのまま着て見せてみる。


「わあ、先輩大人っぽいです!」

「本当?……サイズも大丈夫そうだな。

 これで、お願いします」

「え〜?もうちょっと見ていきましょうよ」

「いやいや、藤垣さんに褒められたしこれで良いよ」


 ファッションセンスのある藤垣さんが言うのなら間違いないのだろう。

 とりあえず、映画にカラオケに予定がまだまだあるし早めに一つ予定が済むのは悪いことじゃない。


「そうですか?

 それなら……良いですけど」


 というわけで、ようやくスーツを買った。

 これからは必要になった緊急時に困ることはないのだ。


 こうして、藤垣さんと過ごしいると何だか癒される。

 三輪田祭やテスト期間、様々なタイミングで何だかんだ彼女に救われてきた気がする。

 こうして、懐いてくれる後輩がいるのは嬉しいことだ。


「藤垣さん、こんなタイミングであれなんだけど。

 俺からも今度誘って良い?」

「はい、勿論です。

 ……でも、そう言って半年後に急に誘うとか辞めてくださいよ。先輩ならやりそうです」

「うん、気をつける」


 やっぱり、俺もそろそろ向き合わなくちゃいけないことが沢山ある。

 将来の道も後一年くらいでは、定めないといけないしクリスマスパーティも忙しくなることが予想される。

 だけどたまには、こうして全部忘れて一日を楽しみたい時だってあるのだ。


「先輩、映画始まっちゃいますよ〜!」


 やけにご機嫌な藤垣さんは映画館へと走っていく。

 今日はカラオケもあるし、それ以外の遊びもしたい。

 何となくそう思った俺は早足で彼女の後を追いかけた。

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