第四十一話 亀裂の予感
匠さんと席に着く。
最近では、俺と匠さんの晩飯は俺が作ることになっている。
匠さんが一口目を口に入れる度に緊張感を覚える。
「……うん、今回は悪くないんじゃないか?
勿論、もうちょっと詰めれる場所はあるけどそこは経験の中で覚えていくことだよ。
とにかく、俺の想像を上回る速度で上手くなってる」
「はい、ありがとうございます!」
よし、今日は褒められたし特別ダメ出しもなかった。
勿論作る料理にも左右されるわけだが、それでも良くなっている感覚はある。
「やっぱりさ、ちゃんも料理の勉強しないか?
調理師免許さえ取れば、俺の弟子としてすぐにでも調理場で手伝わせたいくらいだ」
……俺はこれまで、自分の将来について真剣に考えたことはなかった。
ここまで腕を買ってもらえているというのなら、料理人としてこの旅館で生きていくのも悪くないのかも。
とにかくまだまだ短くて未熟な俺の人生では、未だ自分のやりたいことも理解できなくて、ただ笑うことしかできない。
「……ようやく、今日のバイトも終わりか」
口に出して、今日の出来事に浸る。
何にせよ、あの匠さんに料理の腕を褒められたんだ。
ついつい、思い出しては嬉しくなる。
「どうした?何だか機嫌良さそうじゃないか?」
部屋の前でばったり陽子さんと出会った。
彼女とは、色々話したいこともあった。
この後また話したりしない?と誘ってみると、じゃあ行きたい場所があるんだが、と夜にも関わらず外に連れ出される。
旅館の庭園は、夜でもライトアップされていて綺麗だ。
冬の寒さで身体も冷えるが、空気はやけに気持ちいい。
「そういえば、クリスマスパーティの料理。
献立とか決まったのか?」
「うん、匠さんと色々話して。
今日なんか凄い褒められちゃったよ」
「そうか、それは当日が楽しみだな……」
こうして自然と話している時、陽子さんはやけに話しやすい。
テスト周りの出来事で、色々本音も聞けたしここ数ヶ月で本当に仲良くなった気がする。
「それでさ、匠さんが本格的に料理の勉強しないかって。
陽子さんってさ、やっぱりこの旅館に一目惚れしたんでしょ?将来とか考えてるの?」
「将来ってほどでもないが、ここで働くことを想像したらとても良いな……とは思ってしまうな。
それこそ、女将さんとか……なれたらな」
陽子さんが女将か……凄いイメージ湧くな。
どことなく気品のようなものが、伊織さんに似ているような気もしてくる。
「まあ、実際にどうしたいのかは私も分からない。
とりあえずは大学に進学して、そこでようやく現実的に考え始めるのかもしれない」
「そうだよね、俺も何したいのかなんて全然分かんない」
そういえば、大輝はゲームが作りたくてプログラムの勉強をしている、みたいなことを言っていた。
……それこそ、やっぱり藤垣さんは演劇の道に進むのかな。
三辻さんは、頭良いしどの道にでもいけそうだ。
……そういえば、
「そういえば、沙織も女将さん目指してるのかな?」
「ああ、どうなんだろう。
少なくともこの旅館で働きたい気持ちはあるんじゃないのか?」
ドンッ!
急に何かの衝突音が聞こえて、急いで振り向く。
すると、庭園の入り口あたりに沙織がいた。
「あれ、二人して何してるの?
私もう、疲れちゃったから二人でごゆっくり……」
そう言って、足早に部屋に戻ってしまう沙織。
何だか誤魔化しているように感じたが……。
「もしかして、俺たちの話聞いちゃったのかな」
「……だとしたら、やばい。
私、軽率に女将さんになりたいとか言っちゃった」
そうか、もし陽子さんがこの旅館の女将さんになったら沙織は女将さんになれない。
この話を聞いてしまったら、どうしても気まずさを抱いてしまうだろう。
「……やっちゃったかも」
後悔する陽子さんの横顔を俺は、何もフォローが思いつかず、見ていることしかできなかった。




