第一話 突然のクラスメイト
バンッ!
目の前に凄い勢いで一枚の紙を机に向かって叩きつける一人の女子。
俺は頭の整理がつかず、ポカンと口を開けたまま止まってしまう。
……一度状況を整理してみよう。
俺の名前は日端慎也、三輪田高校二年生。
特出した点が数秒考えても思いつかないくらいには普通の男だ。
普段は唯一の友達とつるんでスマホゲームで遊んでいるだけの毎日だったが、ある日誰にも使われていない空き教室を見つけて、そこで過ごすようになった。
そして今日も委員会がある友達を一時間くらいなら待とうと、この教室でだらだらと過ごそうとしていただけだ。
だが、突然現れた女生徒によりその平穏は破壊されてしまう。
その女生徒というのが、クラスメイトの織原沙織。
正直言って、ほとんど話したことがないためイメージでしかないが、容姿端麗で勉強も出来る彼女はいわゆるクラスの人気者という奴だ。
性格といえば、物静かでお淑やか。誰にでも優しい。
とにかく、そんな感じ。
と、彼女が急に正座をして俺の目をしっかり見てくる。
「お願いしますううううううううううう!!!」
目の前で、美しい土下座が繰り広げられた。
……やはりイメージというものは頼りにならない。
俺は彼女について全く何も知らないようだ。
そこでようやく、机の上にある紙に目を向ける。
―織原旅館、アルバイト募集中!
なるほど、どうやら織原さんの家の旅館は人員が足りていないらしい。それも絶望的に。
そもそも彼女が旅館の娘という事実にも驚きだが、そんな娘に土下座をさせてしまうくらいにはピンチらしい。
えと、どれどれ?
学校から車で一時間、織原旅館のバイトを募集中。
時間は五時から九時までの四時間、土日休みの週五日。
毎日夜ご飯が出て、とっても楽しい職場です。
ちらりと織原さんのことを見る。
土下座の姿勢を崩さないまま、俺からの言葉を待っているようだ。
俺は一応、悩んだ素ぶりだけは見せようと少し間を空けてから言う。
「うん、無理です」
「え〜ん、お願いだよお」
美少女に泣きつかれるという、普通ならばドキドキのシチュエーションなのかもしれないが、それでも心は全く動かない。
この紙の四隅に、それぞれ画鋲の跡が残っていて学校の掲示板とかに貼られていたというのは理解できるが、こんな悪条件じゃ誰もくるわけがない。
「っていうか何で俺なの?
男手が必要、とかだったとしてももうちょい良い人選あるでしょ」
「だって〜、ほとんどはそもそも部活で駄目だしそうじゃなくても委員会とか塾とかあるっぽいし。
日端くんはそこら辺、大丈夫そうかなって」
はぁ、まあ理由は分かった。
つまりは暇そうだから、誘ってみたということらしい。
あながち間違いじゃないのが、辛いところだ。
「でもさ、車で一時間ってことは徒歩だったら物凄い時間かかっちゃうよ。
しかも、十時終わりだったら帰るのだって十一時近くニなっちゃうし、そっからまた車とかタクシーだとしても高校生には厳しいんじゃない?」
「そこは大丈夫!
ほら、私はいっつも送り迎え来てもらってるの。
だから、それに一緒に乗れば良いし。
それに、私の家旅館だよ!?」
急に堂々とした態度でそんなことを言う織原さん。
旅館だから何なんだ・・・まさか。
「まさか、俺に泊まれって言ってないよね?」
「そう、そのまさか!
あ、勿論お金は貰わないし私も良い部屋にしてもらえるように、説得するから!」
「そっか、それじゃあまた明日」
「待ってよ〜、このままじゃ家が無くなっちゃうんだよ」
織原さんは泣きついたまま、俺のことを離そうとしない。彼女の延々と続く説得に結局俺の方が折れた。
「分かった、とりあえず一回だけ。
っていうかとりあえず面接だけ。その後ちゃんと家に帰してもらえるなら」
「うん……勿論だよ、ありがと〜」
泣きながら俺の足に顔を擦り付ける織原さん。
とりあえず、彼女の両親。
言わば女将さんたちとしっかり話してそこで断りを入れることにしよう。
そうすればきっと、織原さんも諦めてくれるはずだ。
「あ、丁度車が来たみたい。
それじゃ、行こっか!」
どうやら、今日が面接日ということらしい。
とりあえずまだ委員会の仕事が終わらなさそうな友人に ごめんやっぱ先帰る、とメッセージを残す。
今日は収穫があったと嬉しそうに笑う織原さん。
そんな彼女の笑顔に揺れ動く俺は、やっぱり普通の高校生らしい。
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