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9  作戦Ⅱ「出待ち」

 小説にて、主人公が恋する男性に「出待ち」をするシーンがあった。


 男性が通るだろう場所にスタンバイして、「偶然ね!」と声を掛ける。そこから一緒に歩いたりおしゃべりをしたり……と、接点を持つことができるのだ。


(まさに、セルジュが嫌がりそうな行動! これをするに限るわ!)


 先日挑戦したボディタッチはその場が白けてしまうという結果に終わってしまったが、今度こそうまくいくはず。


(前は他人の目があったから余計におかしなことになったのだし、今回はなるべく人目を避けて行いたいわ)


 ということでフィオナはアナスタジアが夕食を取っている間に休憩を入れさせてもらい、その間に離宮中央棟から本城に繋がる中庭に張り込むことにした。


(もうすぐセルジュの終業時間だから、離宮から自室のある本城の方向に行くには、ここを通るはず……)


 季節は秋で、日が落ちるのも早い。そんな薄暗がりにぼうっとたたずみ自分のことを待っている女がいれば、彼も心底引くことだろう。


(小説では自然さを装うために「偶然ね!」と言っていたけれど、それでは逆効果ね。むしろ、「あなたを待っていたわ!」と言う方が効果がありそうだわ)


 よし、と作戦を立てて、フィオナは柱に寄り掛かってセルジュが通過するのを待つことにした……が。


(……寒い!)


 そう、今の季節は秋。

 そしてオルセン王国の北東に位置するアルシェリンド帝国は気温が低く、またこの中庭は障害物がほとんどないこざっぱりした場所なので、秋の夜風がもろに吹き付けてくる。せめて上着を持ってくればよかったのだが、忘れていた。


 さらにさらに、アルシェリンドのドレスはどれもこれも胸元が大きく開いている。着ることにはそろそろ慣れてきたものの、寒さに対する防御力の低いドレス一枚だと、冷えが身にしみる。

 せめて屋内で待てればいいのだが、離宮中央棟内には見張りが常にいるためいつまでもセルジュを待つことはできない。


(ううっ……でも上着を取りに帰っている間にセルジュが通ったら、また後日になってしまうし……)


 寒そうにするフィオナを見かねてか、近くを通った使用人や騎士たちが「大丈夫ですか?」と尋ねてきたので、「人を待っておりますので」としとやかに笑っておいた。間違っても、アナスタジアの侍女が寒空の下でぽつねんと立っている変人だと思われてはならない。


(セルジュ、来るなら早く来てよ……ああっ!)


 こっそりと洟をすすった直後、フィオナは離宮のドアが開いてそこから出てくる赤髪の騎士を発見した。フィオナにとって距離を置くべき相手ではあるが、今は彼が救いの神のように思われた。


 彼は一緒に歩いていた若い騎士に何か言付けて、こちらにやってきた。誰かと一緒ならまずかったが、一人で来てくれるのならありがたい。


「……フェレール様」


 かじかみつつある脚を動かしてフィオナが彼の方に向かうと、足音に振り返ったセルジュは驚いた様子でハシバミの目を見開いた。


「えっ、フィオナさん?」

「はい。お待ちしておりました」

「えっ、俺を?」

「はい」


 ちゃんと目的の言葉を言うことができたので、よし、とフィオナは心の中で自分を褒めた。予想どおり、それを聞いたセルジュは不可解そうに眉根を寄せている。


(寒い中、頑張って待った甲斐があったわ!)


 腕をさすりながらフィオナが満足感に浸っていると、セルジュは難しい表情のまま一歩、近づいてきた。


「……こんな寒い中、俺を待っていたのか?」

「ええ、何か問題でも?」

「いや、問題はないが……」

「そうですか。それでは、失礼します」

「えっ、いや、ちょっと待って?」


 寒いのでさっさと帰ろうとしたら、呼び止められた。


「俺を待っていたってことは、何か用事があったんじゃないのか?」

「用事?」

「いや、ほら、妃殿下のことで何か知らせることがあるとか」


 セルジュに尋ねられたので、まずい、と思った。


(アナスタジア様を巻き込むわけにはいかないわ!)


「いえ、そういうわけでは」

「用事がないのに、待っていたのか?」

「あなたをここで待つというのが、用事だったので」

「……そこまでして、俺に会いたかったのか?」

「ええ、まあ」

「……」


 妙な沈黙が流れ、フィオナはそっと視線をそらした。


(……目的は達成できたはずなのに、何かしら、この不完全燃焼感は……?)


「……そういうことなので、帰ります」

「ああ、それなら送るよ?」

「えっ」


 さっさと切り上げようと思いきやそんなことを言われたのでフィオナが振り返ると、セルジュはあはは、と笑った。


「せっかく俺のことを待ってくれていたのに、このまま別れるなんて寂しいじゃないか」

「いや別に私は……っくし」

「ああほら、そんな薄着でいるから。これでも着て」


 セルジュは苦笑すると自分が着ていた上着を脱ぎ、さっとフィオナの肩に掛けてきた。それだけで肌に触れる秋風が大幅に遮断されて、驚いたフィオナは彼の顔を見上げる。


「え、そんな、悪いです」

「悪いと思うなら、今度からはもっと厚着をして外に出ること。アルシェリンドはオルセンより気温が低いくせに女性のドレスはいつまでも防御力が低くて効率が悪いと、俺も思っているんだけどな……」


 どうやらアルシェリンド人である彼も、女性のドレスの胸元の心許なさには思うところがあったようだ。


(上着を借りるなんてとんでもないのに……ああ、でも、温かい……)


 悩んだ末にフィオナは上着の合わせを引き寄せて、「ありがとうございます」と言うしかなくなった。












「出待ち」作戦は、セルジュから上着を借りて離宮西棟まで送られるという結果に終わってしまい、しかもそれを上階から見ていたらしいアナスタジアに笑われてしまった。


「あなた、何だかんだ言いながらセルジュのことが気になっているのだと思っていたわ」

「逆です! 私はお付き合いするならもっと堅実な人がいいですし、何よりアナスタジア様を差し置いて恋愛なんてしません!」

「わたくしは全く気にしないし、セルジュは十分堅実だと思うのだけれどね」


 就寝前の蜂蜜入りホットミルクを飲んでいたアナスタジアは、おかしそうに笑っている。


「そういえばさっき、殿下から贈り物が届いたの」

「まあ、ドレスですか? アクセサリーですか?」

「それがね……じゃん、これよ!」


 アナスタジアが使用人に持ってこさせたのは、可愛らしい円筒形の箱だった。


(このデザインからして、中身は……)


「お菓子、ですか?」

「正解! 見て!」


 嬉しそうなアナスタジアが箱を開けると、色とりどりの焼き菓子が姿を見せた。


 オルセン王国より寒冷な気候のアルシェリンド帝国では、冬季の食料不足を解消させるために昔から発酵食品や長期保存食品が作られていた。現代では流通も発達しており冬場でもオルセンなどから食料を届けられるのだが、古くから根付いている伝統料理などはそれはそれで、今でも愛されているという。


 アナスタジアが見せてくれた菓子はどれも、保存を利かせるために作られたケーキやクッキーだった。砂糖などをたっぷり使用しており、色粉を混ぜたアイシングなどで華やかにデコレーションされている菓子は、見ているだけで心が浮き立ってきそうだ。


「素敵ですね! こちら早速、お召し上がりになりますか?」

「うーん……せっかくだけれど、明日の朝食のときにいただくわ。もう寝る時間が近いし」

「よろしいのですか?」

「ええ。だって、どんな味かしら、って考えながら寝るときっと、とても素敵な夢が見られるもの」


 そう言いながら、アナスタジアは箱の中の菓子を一つつまんでうっとりと目を細めた。


 勉強の際にはフランソワを燃えたぎらせるほどの才媛になるアナスタジアだが、中身は夢見る乙女だ。可愛いものやおいしいものに心をときめかせる気持ちは、フィオナにもよく分かった。


(……ん? おいしいもの……。……そうだわ!)


 いい案が思いつき、フィオナはひっそりと笑みをこぼしたのだった。

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