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2  語る未来

 ……結果として。

 このやりとりから三日後にオルセン王城に届いたドレスは、アナスタジアが言っていたとおりのデザインだった。


 ノイチゴジャム入りの紅茶のように華々しい赤色で、スクエアカットされた胸元はメイドたちが思わず恥じらって目をそらすくらいきわどいライン。トレーンは長く、後で若いメイドが「あれを引きずって歩くだけで、床掃除になりそうですね」とぼやくくらい。


 これによりアナスタジアの予見が当たったことになり、フィオナと二人きりになった部屋にてアナスタジアは満足そうに笑っていた。


「ね、わたくしの言ったとおりだったでしょう?」

「はい、驚きました。……アナスタジア様も、ドレスをご覧になったときに驚いてらっしゃいましたね」

「そ、それはね、わたくしが読んでいた小説にはあまり挿絵がなくて、ドレスの説明は文字だけだったの。だから、思っていた以上にきつい赤色で……」


 アナスタジアはまごつきつつ言ってから、一つ咳払いをした。


「……まあいいわ。これで、わたくしの話を信じてくれるかしら?」

「はい、もちろんです。疑ってしまったこと、お詫びします」

「突拍子もないことを言われて警戒するのは当然のことだから、気にしないで。あなたがわたくしの精神がおかしくなったのだと言いふらさなかっただけで十分よ」

「アナスタジア様……」


 嘆息するフィオナを見て小さく笑ってから、アナスタジアはすっと真顔になった。


「……こんなことをしてでもあなたに信じてもらいたかったのは……深い事情があるからなの」


 やはりそうだったか、とフィオナも背筋を正してうなずいた。


「はい。アナスタジア様はやむを得ぬことがあり、私に前世のお話をしてくださったのだろうと思っておりました」

「ありがとう。……実は、このまま小説のとおりに物事が進むと……とんでもないことになってしまうの」


 アナスタジアはそう言ってから、彼女の「前世」について話し始めた。













 アナスタジアの前世は、こことは違う世界で生きる女性だった。


 その世界で彼女がどんな身の上だったのかは省略されたがともかく、彼女は『金の女帝の軌跡』という小説を愛読していた。その小説がまさに、今フィオナたちが生きているこの世界を舞台にしていたのだ。


 主人公は、オルセン王国の王女であるアナスタジア。彼女は政略結婚のためにアルシェリンド帝国に渡り、皇太子フランソワと結婚する。


 だが、その結婚生活は順風満帆とは言えなかった。フランソワは非常に寡黙な人間で、嫁いできた妃とうまくコミュニケーションが取れなかった。

 後に、それは照れと困惑と遠慮が原因だったと分かるのだが――皇太子夫妻が心を通わせるよりも前に、彼は不幸な事故によって命を落としてしまう。


 自慢の息子を亡くしたことで皇帝は体を弱らせてしまい、継承問題が勃発する。

 これまでは皇帝や皇太子におもねっていた継承権二位や三位だった者たちが名乗りを上げ、それぞれを支持する派閥が生まれ、軋轢が生じ……と、帝国は内乱に飲まれていく。


 夫を亡くし義父の後ろ盾も期待できなくなったアナスタジアだが、彼女はフランソワが遺していた手紙を読み、彼の真意を知る。そして、亡き夫が愛していたこの帝国を守るために、自らが女帝となる道を選んだのだった。


 彼女は長い戦いの末に敵対勢力を一掃し、帝国に平穏をもたらす。彼女は再婚することなくその操を亡き夫に捧げ、跡継ぎに指名した若者に未来を託して姿を消す――という物語だった。


「つまり、このままだとわたくしは結婚して一年足らずで夫を失い、血で血を洗うような戦いを起こさなければならなくなるの」


 アナスタジアはそう言ってから、「でも!」と声を上げた。


「わたくしは、そんな未来は嫌なの! だって、フランソワ皇太子がわたくしになかなか触れないのはわたくしのことを嫌悪しているからではなくて、ただ恥ずかしがってらっしゃるだけ、そして異国に嫁いだわたくしが国に慣れるまで待ってくれただけなのだと分かっているわ。それなのに夫をみすみす死なせて、しかも血腥い戦いを繰り広げるなんて絶対に嫌なの!」

「……アナスタジア様は、本来のストーリーとは別の道を歩まれたいのですね」

「当然よ。あれは恋愛小説ではなくて戦記物で、『金の女帝』としてわたくしが即位するまでの数年間にたくさんの人が亡くなるの。……それくらいなら本来のストーリーをねじ曲げてでも、皇太子の事故死を防ぐ方がいいに決まっているわ」


 アナスタジアは胸を張って言い、「それでね」とフィオナに詰め寄ってきた。


「あなたにだけこのことを話すのは、フィオナにも協力してほしいからなの」


 なんとなくそんな予感はしていたので、フィオナは少しのけぞりつつもしっかりうなずいた。


「……アナスタジア様とご一緒できる王国民は、私しかおりませんものね。もちろん、どこまででもお供いたします!」

「ありがとう! ……といっても、事故を防ぐことについては、わたくしが主導するわ」

「そんな、危険です」

「大丈夫。いつどんな事故が起こるのかはちゃんと覚えているし、そもそもの解決策もあるの。だからあなたには、わたくしがあちらに行っても自由に行動が取れるようにサポートしてほしいの。……さすがに、アルシェリンドの人に前世の話をするのはマイナス要素が大きいだろうからね」


 確かに、フィオナがアナスタジアの言葉を信じられたのはドレスのデザインを当てたからというのももちろんあるが、これまで七年間苦楽を共にしてきた仲だからというのが一番の理由だ。


 アルシェリンドからすると、アナスタジアは大切な姫君ではあるが所詮よそ者だ。そのよそ者が前世だの小説だの言い出したらそれこそ、頭がおかしくなったのかと思われるだけだ。下手すれば、外交問題にもなるだろう。


(アナスタジア様は、一体どれほどのご覚悟をなさっているのかしら……)


 フィオナはうなずき、胸元に手を当てた。


「かしこまりました。このフィオナ、アナスタジア様の願いを叶えるべく誠心誠意お仕えいたします」

「ありがとう。本当に……あなたがいてくれてよかったわ」


 アナスタジアに儚い笑顔で言われると、フィオナの胸も熱くなってくる。


(アルシェリンドでもアナスタジア様をお支えできるのは、私だけ。何があっても、お守りしなければ……!)


 そう、決意を固めたのだが。


「……あの、ちなみにですが」

「ええ」

「その小説に、私は出てきましたか?」


 つい、どうしても、気になった。


(だって、この流れだと当然、私も登場するはずだし……それとも、名前のない一般キャラクターとして終わるだけ?)


 そんな疑問を胸に問うと、アナスタジアはうなずいた。


「ええ、出てきたわ。……わたくしが前世の記憶を思い出したのはつい最近なのだけど、あなたの見た目は小説の表紙に出てきたのと全く同じだわ」

「かなり重要な登場人物なのですね……」


 オルセン王国にも娯楽小説があり、最近では重厚な表紙のもののみならず絵が描かれたものも作られるようになった。その表紙に出てくるくらいなら、かなり重要な位置にいる登場人物だと思っていいだろう。


 不謹慎だと思いつつも少し胸をときめかせるフィオナだが、アナスタジアはゆっくり首をかしげた。


「でも……変ね。わたくしの記憶では、フィオナは物語の後半からは出てこなかった気がするの」

「なっ……!?」


(私が、最後までアナスタジア様にお供しないなんて……!?)


 フィオナの表情を見たからか、アナスタジアは急いで付け足す。


「あ、でもフィオナは最後まで生き延びるキャラだったのは確かよ! エンディングでは出ていたはずだけど、終盤からいなかったような……」

「なんという不忠義な……!」


 未来の自分を呪うフィオナだが、アナスタジアはしきりに首をひねっている。


「うーん……ドレスのところは印象的だったから覚えているし事故まわりのところも記憶しているけれど、それ以外はちょっとおぼろげだわ。アルシェリンドに出立する前には頑張って思い出すから、それまで待ってくれる?」

「もちろんです。ありがたいことですが、アナスタジア様のご負担になってはなりませんから、お心に余裕のあるときで構いませんからね」


 ……そうは言いつつも、我ながら忠義者の自覚のある自分が大切な場面で姿を消し、エンディングでのうのうと再登場するというけしからん行動を取っていることについて、詳しく知りたい。

 そして、そんな無様で無礼な行動を取らないようにしなければならないというのが、フィオナの本心だった。

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