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12 努力の結果

 セルジュと恋人になって妊娠するルートから逸れようと思ったのに、気づけば逆効果で彼から告白されてしまった。


(慣れないことなんて、するものじゃなかったわ……!)


 自室にて弁当をこっそり食べながら、フィオナは落ち込んでいた。

 今朝作ったときには会心の出来に満足し、これを食べられるときを楽しみにしていたというのに、おいしい鶏のソテーを噛んでもほとんど味が感じられなかった。


 そもそも考えてみれば好きでもないのに恋のアプローチを掛けるなんてセルジュに失礼だったし、手練手管豊富な女性ならばともかくこれまで異性との交際経験も皆無の自分が恋愛小説を真似たとして、いい結果になるはずがなかった。


 幸いセルジュの方はフィオナの無礼な振る舞いを鷹揚に許してくれたが……その直後に告白されるなんて、予想外だった。


(なんというか、あの人は私の顔とかが好みっぽいし、変にあがかなくても好かれていたのかもしれない……)


 そう思うと、これまでの数ヶ月間の自分の苦労は何だったのだろうか、と思ってしまう。


 しょぼしょぼしながら弁当を食べて、午後の仕事を終え……一応セルジュのことをアナスタジアに報告しておこう、と思ったのだが。


「フィオナ様、皇太子付侍従よりご連絡です」


 アナスタジアの待つ部屋に向かう途中で、フィオナはメイドに呼び止められた。彼女が手にする銀盆には、おしゃれな封筒が一つ載っている。


(これは……皇太子殿下からのお手紙ね)


 アナスタジアとフランソワは夫婦だが、彼らがやりとりをする際にもこうして手紙を用いる。それらの手紙は専属配達係によって運ばれ、それぞれの侍女や侍従が最初に開封して確認することになっている。


 フィオナは手紙を受け取り、一緒に渡されたペーパーナイフで封を切った。そして中の文面を読み――


「っ……これは!」


 血相を変えて、アナスタジアの部屋に走ったのだった。









 フランソワからアナスタジアに宛てた手紙の文面は、至って簡素だった。とはいえ元々彼は筆まめでもないようなので、分量自体はこんなものだ。


 問題はその内容で――


「で、殿下がわたくしを、寝所にお呼びですって……!?」

「はい!」


 驚きのあまり持っていたブラシを取り落としたアナスタジアに手紙を差し出すと、彼女は震える手でそれを受け取り――文面を見て、若草色の瞳を見開いた。


「まあ、まあ……! フィオナ、やったわ!」

「おめでとうございます、アナスタジア様!」


 フィオナが祝福するとアナスタジアは微笑み、周りのメイドたちも「よろしゅうございましたね」と笑顔で言った。

 ……彼女らからすると、「やっと初夜を迎えられてよかったですね」くらいの気持ちだろうが、フィオナたちはそうではない。


 小説では、約半年間の結婚生活でアナスタジアとフランソワが同衾することは一度もなかった。それどころか物語における今頃の時期は、アナスタジアが夫への不満と不信感を募らせているタイミング。


 だがこれまでのアナスタジアの積極的なアプローチにより、凍り付いていた皇太子の心を解きほぐすことができた。それは、夫婦のすれ違いが原因で起きてしまった皇太子の事故死を防ぐどころか、その可能性を限りなくゼロに近い数値まで下げたと言っていい祝うべき出来事なのだ。


(お二人が不仲にさえならなければ、星見祭の日の事故は起きない。そうしたら皇太子殿下が死に皇帝陛下が病に伏せられることはなくなり、帝位継承戦争も起こらない……!)


 ぐっと、フィオナは拳を固めた。









 アナスタジアが今夜、離宮中央棟にあるフランソワの寝所に行くということになり、西棟は大騒ぎだった。


 いつ皇太子のお渡りやお呼び出しがあったとしてもよいように寝間着などの準備はしているが、せっかくの若い夫婦の初夜なのだからとメイドたちはアナスタジアの肌や髪の手入れを入念にするべきだと主張した。

 また頑固で厳しい講師さえ今日の午後の講義は急遽お休みにして、心と体を休めておきなさい、と柔らかい笑顔で言ってくれた。


(皆が、アナスタジア様の夫婦円満を願ってくれているのね……!)


 それはフィオナにとっても嬉しいことで、アナスタジアが入浴している間に衣類などの準備をしていたフィオナは、ほろりと涙をこぼした。


(アナスタジア様なら絶対に、幸せになれるわ! ……あら?)


 今夜中央棟に渡る際に必要なものをまとめていると、フィオナは若いメイドが別の衣類を手にしていることに気づいた。あのようなシンプルな寝間着は、必要ないはずだ。


「そこのあなた。今荷物に入れたのは何ですか」


 フィオナが問うと、メイドはこちらを見て微笑んだ。


「こちらはフィオナ様用の寝間着でございます」

「……ん? 私の?」

「はい。皇族の新婚夫婦が新枕を交わされるとき、それぞれの側近が控え室で夜通し番をする、というしきたりがございますので」


 メイドの言葉にフィオナが目を瞬かせると、彼女は「あ、大丈夫ですよ!」と急いで言った。


「一応そういうことになっていますが、さすがに兵士でもないのに一晩中起きておくのは厳しいですからね。少なくとも、アナスタジア様の就寝とお目覚めのときに起きていればいいそうなので、こちらをお召しになって仮眠していただいて大丈夫です。翌日も、午前中は必ずお休みをもらえるそうですよ」

「……そう」


 そういえば、そんなしきたりがあると言われていたのだった。アナスタジアのことばかり考えていたので、自分に関することは抜け落ちていた。


 ……つまり控え室で待機中、フィオナはアナスタジアが今何をしているのかを把握する必要があるのだが、それくらいでいちいち赤面するほど自分はうぶではない。

 これも仕事で、アナスタジアの未来のためでもあるのだから粛々と行える自信があるし、アナスタジアだって分かっていることだろう。


「分かりました。では、私の分もぬかりなく準備を」

「はい!」


 メイドは答えて、フィオナの衣類の他にタオルやルームシューズなども荷物に入れてくれた。また、仮眠を取れるにしても夜更かし早起きをするべきだから、眠気覚まし効果のある紅茶や香も持ってきた。


 ……この後すぐにフィオナはアナスタジアの準備を再開することに注力したので深くは考えなかったのだが、メイドは「それぞれの側近が控え室で夜通し番をする」と、言っていたのだった。

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