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11 作戦Ⅲ「差し入れ」②

(な、何なのこの人は!? あんなことを聞いてくるし、か、可愛いなんて言うし……!?)


「……顔、見ないでください」

「そんなに嫌なら見ないよ。……ただ、質問だけはさせてほしい」


 そう言ってセルジュは律儀にくるりと背を向け、どこか真剣な声音で言葉を続けた。


「フィオナさんと知り合って、半年も経たないけれど……俺のうぬぼれじゃなければ、俺はあなたからかなりモーションを掛けられていると思うんだが」

「そんなことは……いや、ある、かしら……?」

「だよな? ……俺は、あまり女性の方から迫ってこられるのが好きじゃないんだ。友だちとして接するのは楽しいし全く問題ないんだけど、好意を向けてこられると……正直、怖いと思える」


 少し迷いがちに告げられた言葉に、「今なら、こっそり逃げられるのでは?」なんてことを頭の片隅で考えていたフィオナはすっと冷静になった。


 女性から好意を向けられるのが、怖い。

 そこまでだとは、思っていなかった。


「……申し訳ございません。あなたに不快な思いをさせて……」

「いや、大丈夫だ。なんというか……これまでの経験ではぞくっとすることが多かったんだけど、あなたの場合は違ったんだ。なんというか、むしろ『この人、大丈夫かな?』って思えてきたというか」

「面目ないです……」


 もはや、セルジュより二つ年上という大人の威厳すら砕け散ってしまっていた。


 落ち込みすぎてアルシェリンドの大地に埋まりそうになっていたフィオナだったが、そんな彼女を土中から引っ張り上げてくれたのは、セルジュの小さな笑い声だった。


「なんというか、最初にあなたと会ったときは、美人だけどとっつきにくそうな人だな、一緒に仕事ができるかな、って思っていたんだ。でもああやってあなたがおもしろいことをしてくれるからむしろ、この人とならやっていけそう、この人が敬愛する妃殿下なら、うちの殿下のことを大切にしてくれそうだ、って思えたんだ」

「そう……なのですか?」

「うん。だから、改めて聞くけど……」


 振り返ったセルジュの目に射すくめられ、フィオナは息を呑んだ。


「……あなたは俺のことがす、好きだったりする?」

「……それは」


 フィオナは、逡巡する。


 これまでのフィオナの奇行はともかく、その根本を辿るとなるとアナスタジアの秘密に関わってしまう。彼女が勇気を出してフィオナだけに明かしてくれた前世のことを、セルジュ相手だとしてもばらすわけにはいかない。


 ……だから、フィオナの返事は。


「……ごめんなさい。あなたのことが好きだから、関わっていたのではありません。その……実質、あなたをからかっていたことになります」

「……そっか」

「本当に、申し訳ございません。お詫びになるのならば、何でもいたします。ただ、私の一連の行動にアナスタジア様は関係ありません」

「うん、分かってるよ」


 深く頭を下げるフィオナに「顔を上げて」と優しい声音で言ったセルジュが、そっと肩に触れてきた。


「お詫びとかも、気にしなくていいよ。なんというか……からかわれているっていう気はしていたし、きれいなお姉さんに弄ばれるのも悪くはなかったというか」

「……」

「あっ、俺のこと変態って思った?」


 思ったが、さすがに今この状況では言えないので口を引き結んでおいた。


 セルジュは不服そうなフィオナの顔を見て小さく噴き出してから、ぽんぽんと肩を優しく叩いてきた。


「さっきも言ったけど、俺、あなたとあれこれするのを嫌だとは思わなかったんだ。むしろ楽しいし……こういうのもいいな、って思った」

「……お怒りでないのでしたら、私はそれで十分です」

「はは、謙虚なんだな。じゃ、これまでのことは俺とあなたが仲よくなるために取っていたコミュニケーション、ということで流しちゃおうか」


 ぽんっと最後に一つ肩を叩いてからセルジュは手を引っ込め、そして自分の顔の横でひらひらと振った。


「おかげで俺たちは、皇族に仕える者同士親睦を深めることができました、めでたしめでたし、ってことで解決してしまおう」

「……いいのですか?」

「いいも何も、された側の俺がそう決めたんだから問題ないだろう?」


 どや、とばかりに胸を張られて、ついフィオナも噴き出してしまった。

 ……思えば、こうして「皇太子妃付侍女」ではないただの「フィオナ」として笑うのは、帝国に来て初めてかもしれない。


 アナスタジアもかつて、フィオナの前では「アン」でいたいと言っていた。

 仮面で貼り付けた笑みではなくて、心から笑うことは……アナスタジアはもちろんのこと、フィオナにも必要とされていたのかもしれない。


 ……そうしてくすくすと笑うフィオナだが、違和感に気づいた。

 やけにセルジュが静かだと思って顔を上げると、先ほどまでは笑っていた彼が妙に真面目な顔でこちらを見つめていたのだ。


「……あ、あの?」

「……フィオナさんの笑った顔、すごく可愛かった……」

「はい?」

「フィオナさん、申し訳ないけれどさっきの、少しだけ訂正させてくれ」


 ぴっと片手を挙げたセルジュが、真剣な表情で続ける。


「俺はさっき、皇族に仕える者同士での親睦を深められた、と言った。それを、訂正する」

「……どのように?」

「親睦を深めるに留まらず、俺は今あなたの笑顔に恋をしてしまったようだ」

「えっ」


 今、この人は、何を言った、と体のみならず脳の動きも止めたフィオナをまっすぐ見て、セルジュは息を吸った。


「……フィオナ・ブライス嬢!」

「は、はい!?」

「あなたの笑顔に、心を奪われました! どうかこのセルジュ・エメ・フェレールと、将来を見据えた交際をしていただけませんか!?」

「……」


(……えっ? ……えええーっ!?)


 真剣な表情のまま……だが頬をほんのりと赤く染めたセルジュに大声で告白されて、フィオナはぱくぱくと口を開閉させることしかできない。

 気の利いた返しの言葉が、全く思いつかない……どころか、この男の言葉がうまく呑み込めない。


(セルジュが、私の笑顔に、心を奪われる……? 交際? 将来を見据えた……?)


 アナスタジア、小説、前世、セルジュ、フランソワ、カルビさん……フィオナの頭の中を、いろいろなものがすさまじい勢いで飛んできては通過していく。フィオナの頭の中で一般通過するアナスタジアは、なぜか満面の笑みだったが。


 あ、わ、と意味のない音節だけを口にするフィオナを、セルジュは律儀に待っていたが。


「……あ、の、フェレール様……」

「はい」

「……お腹、空いたので……ご飯、食べてきます!」


 くるりとセルジュに背を向けて、フィオナは走り出した。


 後ろの方で「ええっ!? 今それ!?」とセルジュが突っ込む声が聞こえるが、もう立ち止まることも振り返ることもできない。


(な、何何何!? どういうこと!?)


 弁当の袋を両手で支えて持ちながら、フィオナは走り――


「……なんで小説のとおりになるのよ!?」


 誰もいない虚空に向かって、叫んだのだった。

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