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10 作戦Ⅲ「差し入れ」①

 冬の色もすっかり濃くなったある日、フィオナは昼休憩の際に外出許可をもらい、本城の方に向かっていた。


(今日のセルジュは、昼から騎士団で訓練指導とのことね)


 皇太子妃付侍女の権限を大いに活用して手に入れた情報によると、セルジュもたまにはフランソワのもとを離れ、騎士団で後進の指導を行うそうだ。

 彼も立場としては武官なので、主君を守れるように体を鍛える必要があるし、辺境伯家の次男という身分の彼から教えを請いたいと思う新人も多いそうだ。


 騎士団区は、離宮から見ると本城よりさらに奥にある。これまではあまり用事がないので遠くから見るだけだったため、近くに行くのは少し緊張する。元々伯爵令嬢で女性ばかりの職場で働いてきたので、逆に男性ばかりが集まる騎士団区はいろいろな意味で未知の世界だった。


(でも、作戦を進めないといけないわ!)


 いつぞや「出待ち」をした際に凍えてしまった反省を生かして毛皮のコートを着ているフィオナは、手に持つ袋の紐をぎゅっと握った。この作戦のために、今朝は早くから起きて準備をしていたのだ。


 しばらく待っていると、本城の方から赤髪の騎士がやってきた。一緒にいるのは、騎士団の部下だろうか。上司とよく似たデザインの服を着ているが、少し飾りが少ないようだ。


(他の人もいるのね。……まあ、仕方ないわ)


 深呼吸してから、フィオナは隠れていた場所から体を覗かせた。


「フェレール様」

「ん? ……ああ、フィオナさんか。ごきげんよう」

「ごきげんよう。これから騎士団区でお仕事ですか?」

「ああ、そんなところだ」


 そこでセルジュは何かに思い至ったようで、隣にいた若い騎士たちに「悪いが、先に行ってくれ」と言った。


 騎士たちは最初不思議そうな顔をしていたが、セルジュが「彼女は、皇太子妃殿下の侍女だ」と言うと合点がいったようで、こちらに向き直ってお辞儀をすると、駆け足で騎士団区の方に行ってしまった。


(……仕事がらみだと思われたかしら。それは申し訳ないわね)


 とはいえ、第三者がいなくなる方がこちらとしてはやりやすい。


 フィオナのもとに、セルジュがやってきた。フィオナと違って、彼はまだ合い服のようだ。オルセンの温暖な気候に慣れたフィオナと違い、セルジュはアルシェリンドの寒さに耐性があるのかもしれない。


「寒い中、ご苦労様。……妃殿下のことで、何か急用か?」

「いいえ、今の私は休憩時間ですので、そういうことではありません」


 そこでこほん、と咳払いをして、フィオナは持っていた袋をセルジュに差し出した。


「もうすぐお昼ですよね? これ、差し入れです」

「……え?」

「お弁当です。今朝、私が作りました」


 そう言うと、セルジュが困ったような顔でこちらを見てきたため――いい感じだ、とフィオナは内心ほくそ笑んでいた。


 フィオナにしてもそうだが、高貴な身の上の人間やそれに仕える者は、他人からもらったものをうかつに口にはしない。特に……女性からの食べ物の贈り物となると、中に何が入っているか分からない。

 腐ったものを食べて腹を下すならましな方で、媚薬でも入れられるのでは、と警戒して当然だ。


 いつぞや彼の前で紅茶を淹れたときと違い、この弁当はセルジュがあずかり知らぬ場所でフィオナが作っている。だから弁当に何が入っているのか、彼には知りようもない。


 そういうことで、フィオナはセルジュがこの弁当を受け取らないと分かっていて作った。もちろんこれも、彼からの好感度を下げるためである。


(プロでもない、恋人でも家族でもない他人が作ったものなんで、気味が悪いわよね。ましてやこの人は女性からのアプローチを敬遠しているのだから、受け取るはずがないわ!)


 ……という下心は隠して、「受け取ってくれますか?」と言いたげな眼差しでじっとセルジュを見ていると、彼は視線をそらして頬を掻いた。


「……その、申し訳ないのだけれど、そういうのは受け取れないんだ」


(でしょうね!)


「あなたのことを疑っているわけではないけれど、主に衛生面で……な。気を悪くしたならすまない」

「いいえ、そういうことなら仕方ありませんよね」


 内心では「作戦成功!」と思いつつも、フィオナはしゅんとしたふうを装って弁当入りの袋を自分の胸元に戻した。


 ……彼女は「アタックが失敗して落ち込む女」を演じているので、今セルジュがどんな表情で自分を見ているのか気づくことができず――


「……ちなみにその弁当は、捨てるのか?」

「それはもったいないので、私が食べます」


 というか、最初からそのつもりで作っているので、中のおかずは全て自分の好きなものばかりだ。

 鶏のソテーなど、うまくいくか不安だったが味見の段階ではなかなかよい香ばしさになっていたので、案外自分には料理の才能があったのかもしれない、と思っている。


 ……だがそれを聞いたセルジュは、にやりと笑った。


「そうか。では、俺ももらおう」

「……はい?」

「今は、昼休憩の時間だからな。あいにく何も準備していないから軽食でも買おうと思っていたのだが……ちょうどよかった」

「あ、あの、待ってください。あなた、受け取れないって言いましたよね?」


 待った、の姿勢をしつつ自分の弁当を守るような格好で言うと、にこにこ笑ったセルジュはうなずいた。


「そう。俺たちが他人の手作り料理を口にしないのは主に、毒物の混入などを警戒してのことだ。……だがあなたはその弁当を、自分で食べると即答した。ならば、少なくともそれに異物は入っていないということだろう?」

「あ……」


(やられた!)


 皇太子妃の侍女は食材を粗末に扱う、なんて思われてはいけないので即答したのが仇になった。


 呆然とするフィオナを、セルジュは非常にいい笑顔で見つめている。


「……そ、その。実は、ですね。このお弁当を渡してしまったら、私のお昼ご飯がなくなってしまうので……」

「それじゃあやっぱりあなたは俺に断られると分かっていて、最初からそれを自分で食べるつもりだったんだね。というか、俺たちが手作りものを受け取らないなんて、あなたなら知っているだろう?」


 もはや、お手上げである。


(もしかしてこの人、最初から弁当が毒入りじゃないって分かっていたんじゃ……?)


 セルジュの鋭さ――もとい自分の詰めの甘さを悔やむが、もうどうしようもない。


「……言い訳はしません」

「はは、やっぱりそうか。……あなたが空腹で倒れてしまったら俺が妃殿下に嫌われてしまうだろうから、今日のところはあなたの手作り料理は我慢しようかな」

「もう作りませんからね!?」

「……。……前から気になっていたんだけれど」


 そこでふとセルジュは真剣な眼差しになり、弁当入りの袋を後ろ手に持つフィオナに詰め寄ってきた。


「あなたってもしかして……」

「っ……」

「俺のことが、むちゃくちゃ好きだったりする?」


 ごく真剣に、ヘーゼルの瞳をまっすぐとこちらに向けた彼が、問うてきた――瞬間。


『フィオナは、お腹に赤ちゃんがいたの』

『そのセルジュって人こそ、カルビさんよ!』


 アナスタジアの声が、頭の中に蘇ってきた。


 彼女が前世読んだ小説では、一体どういう経緯があったのかは分からないがフィオナは物語途中で退場した。その理由は、お腹に赤ちゃんがいたから。


 そう、目の前にいる、この赤髪の騎士の子が――


 そう考えた瞬間、フィオナの顔がボンッと爆発したかのように急激に熱を放ち始めた。よりによって、セルジュがあんな質問をしたときに。


(わ、わ、わ! な、なんでこのタイミングで……!)


 フィオナは自分の肌の白さが密かな自慢だったが、今はその白さが仇になってしまったようだ。


 おそらくみっともないくらい真っ赤になっただろうフィオナの顔を見て、セルジュは目を丸くした。フィオナのこの反応は、彼にとっても意外だったのかもしれない。


「えっ、照れるってことは本当に……」

「ちが、違います!」

「でもこんなに真っ赤になって可愛いのに……」

「可愛くありませんっ!」


 シャーッ! と威嚇するが、セルジュにも丸わかりなくらい顔が真っ赤だし……顔を隠そうにも弁当を地面に落とさないためには片方の手を犠牲にしなければならず、片手だけでは顔を隠しきれない。

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