1話
1話
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部屋はシンと静かで、何も無かった。
その必然に私は呆然とした。
科学が自らの病気を証明したと同時に、私は自らの描いた絵の真実性を哀しくもほんの僅か感じた。
扉を指さして、あれは光だ、と言う行為に、過去の経験と知識を重ね合わせて、無いものが動き始めて呼吸を始めたのだ。
さて、と思う。これからの事について、つばさ屋のラーメンを食べに行って、麺を啜りながら考えるのも良いかもしれない。
シン・ゴジラのヤシオリ作戦が流れるような気持ちで、毎日朝を迎えているが、これもまた私が作り出した本来無いものである光の権化である、ということだ。
「さて、今日の気分は?」
私は君に問いた。
君は頷いて笑った。ピンク色の二つ結びの髪が良く似合う少女だった。
「薔薇色に等しいとはとても言い難いな」
ゴォォ、と列車が大きな低い息をする。風が窓の隙間を縫って入ってきて我々の髪を揺らした。
「今日は何処へ行く?」
「不自由なようで、やっぱり自由なんて何処にも無いのだから、行く場所なんて決まっている」
「我々はルールに従ってしか生きられない」
君はその言葉を聞くとため息をついて心なしか膝の上に置いてあった鞄の中を探った。
「これは宮崎駿の君たちはどう生きるかを見た時に拾った、13個の悪意の無い石だ」
鞄の中にはキラキラと輝く沢山の「13個」の宝石らしきものが入っていた。
「この中に1つもし自分がいたとしたら」
そこまで君は言うと俯いた。俯いた拍子と少し長い前髪で表情が見えなくなった。
声色が少し低い。
「光栄な、事だろうね」
パチ、電気が消えた。
周囲は薄暗くなる。何も見えないに近い。そうだ、此所は地下鉄を走っていたんだ。
静かな空間が甦った。
此所は、私がよく知っている空間だった。そう、これは。
「病気」
私は呟いた。
君が消えた。
隣の席は空席になり、なんとなく、私は立ち上がった。
列車の扉が開いていた。ゆっくり列車から出ていった。
此所は覚えている。
停車駅は「赤ちゃんの部屋」だった。
薄暗い地下鉄のホームで低く唸る音がした。動物の声のようでもあった。そのまま列車から離れて改札の方まで歩き続ける。
それが光の権化だったとしても、私は会わないといけなかった。
だが、もう遅い。
「時計の針を見てご覧」
君の声がした。
あぁ、会社に行く時間だ。
手に持っていた携帯をポケットにしまった。
私は「赤ちゃんの部屋」の停車駅から消えた。
君のように。
「おはよう」
目が覚めた。
仕事が終わったのだ。私は「赤ちゃんの部屋」にいた。
ホームは変わらず誰もいなかった。時折、君の声が暗闇から降りてくるだけ。
今のように。
シン・ゴジラのヤシオリ作戦が何処か遠くの方で変わらず流れている。
私は思い出した。例え光の権化であっても、あの人に会わないといけないと。
「何処に向かって歩いてる?」
「変わらず、帰り道に。」
私はそう言った。
「さぁ、帰り道まで歩いてごらん」
君が遠くの方で答えてくれる。けれど、その声の先は、何となく帰り道じゃないような、そんな気がした。
「思い出の無い家は、果たして帰るべき家なのかな?」
私は「赤ちゃんの部屋」を歩き出した。相変わらず低い動物のような声が呻き声を上げている。夜の風の音のようにも聞き取れた。
歩き始めると白い肉塊が座り込んでいるのを見付けた。ぼやっとした淡い光で妖しく光っていた。
「これじゃない、これじゃないんだ」
何かを口に含んだようなもごもごした調子でそう繰り返している。
「回り道をしているんだね」
私は言った。
「いつもの事さ」
白い肉塊は私を見てつまらなそうに言った。
「さようなら」
私は呟いた。
白い肉塊は再び地面に俯いて「これじゃない、これじゃないんだ」と繰り返した。
ただ、私は同じような共感を覚えた。
途方に暮れた感覚に等しい。
「何処へいけばいいのか」
赤ちゃんの部屋、という駅であれば赤ちゃんがいる筈だ。どうして忘れてしまったんだろう。
私はあの人に会いに来たのに。
色を発して場面が変わった。
駅のホームは水が溢れるように景色が新たなものに侵食し、草原と高原へとなった。
私は気が付くと沢山の風船を持っていた。色とりどりの風船が飛ばされないように紐を掴んでいた。
「花束の代わりだね」
少女が言った。
見知らぬ少女だった。
あの人に会おうと思ったのに、此所は「赤ちゃんの部屋」だろうか。私は不安を覚えた。
「あなたは誰?」
私は少女に問うた。
少女は金髪の長い髪を揺らしてクスクスと笑った。
「さて誰でしょう」
私はその声に驚いた。声色は声変わりのした男性のものであったからだ。
「偏見、差別、僕」
少女と思われる人間は手を後ろに回してクスクスと相変わらず笑い一歩、二歩、後ろに下がっていった。
「赤ちゃんの部屋はここだ」
そう言うと、少女と思われる人間の頭上から風が巻き起こった。
「名前は、君の名前は」
私は尋ねてみる。
「新海誠」
私は困惑した。
「それは、映画監督だ」
「君の名は」
「そんな事はどうでもいい」
新海という少女はため息を吐いた。
「赤ちゃんの所まで案内するよ」
彼女は自分の背後を指差した。遠く長い一本道が続いていた。
その一本道の一番奥が光輝いていた。おそらく私の思う帰り道は彼処にある、そう確信出来た。
「行くよ」
私は同意した。
「ついておいで」
歩き出した新海の後ろについて、私は一本道の奥へと向かった。
「でも」
少女は一息吐いて言い放った。
「また終わりみたいだ」
私はハッと思い出す。
頭の上を見た。空が青く澄んでいた。雲は夏の雲をしていた。
「電車を降りなきゃ」
私は目を閉じて、携帯をポケットにしまった。
「今日はこれで終わりだ」
そうして、眠りについた。
続くようにしたいです。