Lv.8
視界が真っ白に染まる。
胸が焼けるように痛い。
息をするたびに肺が軋みをあげる。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
俺はあの後、玖蛇の攻撃を3回も喰らった。
何百回と避けれても、数回は絶対に回避できない攻撃がくる。
今の俺は全身から血を流し、命を繋いでいることすら奇跡といえる状態だった。
「はぁ、はぁっ……まだ、生きてんぞ……ッ」
「クシャアアアッ!!」
さすがは十神の一角。一度決めた獲物は絶対に逃がそうとはしない。
激闘が始まってから2日、玖蛇は撤退するどころか疲れる様子すら見せていなかった。
「な、なぐも、りゅう……ッ! かいめつの、型……っ!」
ボロボロになった体で掌底の構えをとり、玖蛇の攻撃に合わせる。
「シャアアアッ!!」
「──『掌底・五月雨ノ拳撃』ぃ……ッ!!」
玖蛇の突進をギリギリのところで避け、全力全開の技を放つ。
すれ違いざまに浴びせるカウンターに、玖蛇は避けることもなく全身で受け続けた。
「まだだ……まだ、俺は……っ!」
あざだらけとなった玖蛇の腹部。
そこへとめどなく連打を打ち込む。
「まだ、終わってねぇ──ッッ!!」
「シャアアアア!!」
互いのタフさも限界を迎え、もはや幾度目かの攻撃が衝突する。
「おぶっ……! ゲホッゲホッ……!」
苦痛と鈍痛に血だまりを吐いて胸を抑える。
技を打つたびに体力が減り、その体力もとうに限界を迎えていた。
命の灯が消えていくのを感じる──。
「も、もう一発──」
その時だった──。
「シュルルル──シャアアアッ!」
「……は?」
突如、玖蛇の頭上に高位の魔法陣が展開された。
それは緑色の光を放って即座に発動すると、玖蛇の周りを煌めくような星々が浮き上がって発光。一瞬のことに気を取られていると、玖蛇は力を取り戻したかのように起き上がった。
腹部のあざが消え去り無傷となった玖蛇。そのまま緩やかにとぐろを巻くと、俺を威嚇するように勢いよく咆哮をあげた。
──それはまさしく『再生陣』。
玖蛇の体力が、完全に回復したのである。
「シャァアアアアア──ッッ!!」
「……おいおい、嘘だろ……。勘弁してくれよ……」
目の前で起きた現象に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
これは不条理ではない、魔物にだって魔力はある。ならば回復魔法を使えてもおかしくはない。
だがこれはあまりにも理不尽だった。
ボスが体力ギリギリのところまで戦って回復するなんて、それはもうズルだ。そんなことされたら勝てるわけがない。
「これが十神の一匹──玖蛇か……!」
俺は自分が対峙した魔物の力を改めて理解した。
回復魔法の回復量は魔力に依存する。あれだけ与えたダメージを一瞬で完治するとなると、桁違いの魔力が必要になる。
それを軽々とやってのけた玖蛇は、まさに規格外のバケモノだった。
「フューー……ッッ!!」
「今度はなんだ……っ」
玖蛇は今までにない奇声をあげながら、周りに複数の魔法陣を展開した。
魔法陣からは白い空間が生まれ、そこから砂の球体が出現する。
その数は全部で6つ──。
「──ッ!?」
顔が真っ青になり、全身の身の毛がよだつ。
明らかにヤバい攻撃が俺の周りを囲むように向けられた。
それは砂の嵐6発分である──。
「しまっ──」
言葉を最後まで紡ぐことなく、俺の周りは一瞬にして砂の砲撃に沈められた。
辺りの砂が弾け飛ぶように飛び散り、玖蛇の数倍はある大きさの衝撃で砂粒が舞い上がる。
俺は一瞬にして砂の中に埋められ、逃げることもできずに砂嵐の攻撃を全身に食らった。
完全にしてやられた攻撃だった。
魔法を使う魔物もいる中、玖蛇はこれまで魔法を使う様子がなかった。
尻尾を叩きつけたり、突進して体当たりしたりと物理的な攻撃ばかり。
だから俺は、玖蛇が物理攻撃を主体とする魔物なのだと侮っていた。
しかし、それが玖蛇の狙いだった。
玖蛇にしてみれば、俺という存在は回避が上手いだけの矮小な人間。
全力を出さずとも攻撃さえ当てられれば倒せる相手。
そんな相手に魔力を消費して魔法攻撃を仕掛ければ、手の内がバレる上に避けられる可能性がある。
だから玖蛇はこちらが満身創痍になるのを待っていた。
物理的な攻撃ばかりを仕掛け、互いが限界を迎えたところで体力を回復。
あとは残った魔力を全力で使って魔法攻撃を仕掛ければいい。ボロボロになった俺に回避する余裕はない。
所詮は魔物だと侮っていた。
知能も人間には遠く及ばないものだと油断していた。
それがこの惨状だ。
相手は十神の一角。数多の人間が挑み、破れていった存在。
戦闘経験の差は、そこら一介の冒険者とは比較になどならないレベルだ。
それを今、身をもって痛感した。
「…………」
砂の中から見える景色は、雲一つない真っ青な世界。
遠方からはズシン! ズシン! と何かを叩きつける音が聞こえる。
恐らく俺にとどめを刺すために、手当たり次第尻尾を地面に叩きつけているのだろう。
こんな時だというのに、俺は不思議と平常心を保っていた。
あれだけ苦しかった呼吸も、全身から針を刺すように感じていた痛みもない。
体からじんわりと広がっていく暖かさに、眠気すら感じられた。
「……親父、俺はやっぱこの青い空が好きだわ」
俺の体に覆い被さっている砂が赤く染まっていく。
……血だ、血が流れている。このままだと10分も持たずに死ぬ量の出血だ。
既に意識も朦朧としてきた。
「……あぁ」
それでも俺は、目の前に広がる景色を前に微笑む。
初めからその指標は変わっていない、レベル40だったあの頃から何も変わっていない。
──レベルを上げて人生を謳歌する。誰よりも、どんな英雄よりも。
なにが十神だ、クソくらえ。
一介の冒険者が十神に勝てないなんて誰が決めたんだよ。
選ばれた者だけが英雄になれる世界なら、俺は今ここに立っちゃいない。
「──今を楽しめ、今を満足しろ、お前のイキザマはいつだって正しい」
掠れた声でそう呟き、埋もれた砂の中から立ち上がる。
玖蛇はその気配を感じ取って俺を見つける。
そして猛スピードで迫ってきた。
「……ハッピーエンドを思いついた」
俺は静かに呼吸を整え、掌底の構えをとる。
玖蛇は雄叫びを上げながら向かってきている。
もう何度目かもわからない衝突、それに決着をつけるべく──。
「お前を倒し、レベルを上げて、増えた魔力で体力回復。そして俺は英雄になって街を凱旋するんだ。完璧なハッピーエンドだろう?」
「シャアアアアッ!!」
俺の気迫から何らかの危機を感じ取ったのか、玖蛇は間髪入れずに魔法陣を展開する。
全力全開の砂の嵐。
その数は20を超えていた──。
「フューー……ッッ!!」
「南雲流・壊滅之型──」
自然な動き、自然な流れ、自然な発動。
ここまで磨いてきた技の練度を集約させ、俺はその全てを玖蛇に向ける。
そして乗せるべき言葉に力を入れず、自然体で体を動かした。
「シャアアアアアアア──ッッ!!」
「──『掌底・五月雨ノ拳撃』」
「シャ──ッ!?」
静かな言葉とともに放たれた打撃は、今までのものとは全く違った。
それは一瞬にして玖蛇の胴体を貫き、天高くまで衝撃波が貫通する。
その衝撃波はソニックブームとなって飛んでいき、遥か彼方で爆発するように巨大に膨れ上がった。
「シ、シ、ガ……シ……シ……ッ──!?」
そして、僅かに遅れて耳を塞ぐほどの爆音と衝撃が響き渡る。
まるでひとつの極致に達した拳撃は、あらゆる壁を貫いて壊滅。
その威力は玖蛇の耐久を遥かに上回り、玖蛇の体は蜂の巣のように穴をあけて大量の血を吹き出していた。
「ガ、ァァ…………」
玖蛇の全身から力が抜け、その巨体が後方へと倒れていく。
俺はその光景を見届けると、糸の切れた人形のように膝をついて、天高く手を振り上げた。
「──『再生陣』ッッ!!」
それは全ての喜びと嬉しさを詰め込んだ、凱旋の回復魔法だった。
【フール・ワン=レクト】
Lv.128→Lv.579