Lv.7
玖蛇との戦闘が始まってから10時間。
夜の帳が明けて朝日が射し始める。
俺はあれから一歩も退くことなく、永遠と戦闘を楽しんでいた。
「シャアアアーーッッ!!」
「ハハハーーッ! 勝ち戦は楽しいよなぁ? 俺も楽しいぞ、オラァ! 南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』ィ!!」
何度目かも分からない『南雲流』の技を玖蛇へと叩き込む。
既に俺の体は限界を迎えており、魔力も底をつきかけていた。
それでも俺は止まることなく技を放ち続ける。
「次行くぞ! 南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』ッ!」
「シャア、シャ、シャアアアッ……!!」
技に必要なのは闘気、そして闘気は体力を削ることで変換できる。
だから俺は『南雲流』を使うたびに体力を減らし、減った体力を『再生陣』で回復していた。
「どうしたどうしたァ! 俺はまだ死んでねぇぞ! お前の勝ちなんだからもっと喜べよ玖蛇ァ!!」
「シュルルル……ッ!?」
俺の気迫に圧されて後退し始める玖蛇。
もう玖蛇の攻撃パターンはすべて覚えた。
奴の噛みつき攻撃を避け、懐に入り込んで掌底を打ち込む。
「何後ずさってんだよ、逃がさねぇぞ! 南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』!」
「ガ……ガ……ッ!?」
何千回目の打撃か、玖蛇はついに痛がるような素振りを見せる。
それはほんの小さな変化だったが、俺にとっては大金星だった。
俺はニヤリと笑みを浮かべると、さらに追撃を加えていく。
「お前は神の使いなんだろ、十神の玖蛇サマなんだろ? だったら一介の冒険者相手に慄いてんじゃねぇぞ!」
「シャァアアァアアアアアア──ッッ!!」
俺の言葉に逆上したのか、玖蛇は大きく息を吸い込んで口元に魔法陣を形成する。
それを見た俺は、すぐさま動くのを止めて魔法を詠唱する。
「ようやく新技か? だったら撃ってこい! 『物理耐性障壁』!」
俺が魔法を発動させると、半透明の壁が俺の前に出現する。
そして玖蛇のエネルギーが溜まり終えるのを待ち、真正面から受ける体勢をとる。
すると、玖蛇の魔法陣から勢いよく混ざり合う砂の球体が出現した。
そして玖蛇は、そこから光線のように砂の嵐を解き放った。
「──シャアアアア!!」
「よっ!」
玖蛇が砂の嵐を放つ瞬間、俺は天高く飛翔してそれを回避する。
「障壁をはったからって真正面から受けると思ったか? 甘いんだよ、こっちは戦闘のプロだぞ」
空中でそう呟きながら掌底の構えをとった。
そして再び、玖蛇に向けて連打の打撃をお見舞いする。
「南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』!」
「シ、シ……シャァ"ァ"……ッ……!?」
玖蛇の身体がよろめき、巨体がズシンと地面に倒れる。
ついに傾いた形勢。
レベル差500に対し、明確なダメージを与えられた瞬間だった。
「んだよ、もう根気負けか? 強欲竜は3日も俺を追い回してたぞ」
俺は呆れたようにそう言って溜め息をつく。
すると、玖蛇は瞳をギラつかせて俺を見た。
「──!」
なにか嫌な予感を感じ取った俺は、すぐさまその場から距離をとる。
そして玖蛇は自分の体を引きずるようにゆっくりと起き上がると、大きく息を吸い込んだ。
「また砂の嵐か? いや……」
俺は警戒心を解かずに、玖蛇の動向を観察する。
すると、玖蛇は吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出し、俺に狙いを定めた。
そして次の瞬間、玖蛇はその場から一瞬にして姿を消した──。
「まずっ──!?」
玖蛇のいた場所から砂埃が舞う。
ほんの一瞬、その砂が左側に吹き飛んでいるのが見えて、玖蛇は俺の右側に迫っていることを察知した。
「『物理耐性障壁』ッ!」
咄嵯の判断で障壁を展開する。
しかし、そこへ薙ぎ払うように玖蛇の尻尾が叩きつけられる。
俺のはった物理障壁は一瞬にして粉々に砕け散った。
「がはぁ──ッ!?」
そのまま肉体に尻尾の攻撃が当たり、体の骨が砕け散る音が耳に入った。
あまりの衝撃と激痛に意識が飛びそうになる。
俺は必死になって歯を食い縛り、気を失うまいと耐える。
気付けば俺の体は宙へと飛ばされ、受け身を取ることもできずに砂の中へと落とされた。
「い、いちげき喰らっただけでこれかよ……うっ、くッ……!」
今までなんとか回避してきた玖蛇の攻撃。しかし一発でも貰ってしまえば、この通り瀕死になってしまう。
俺はすぐに回復魔法をかけようとした。
「『再生陣』」
しかし、魔法は発動する寸前でガラスのように砕け散った。
「なっ──ここにきて、魔力切れ……!?」
一瞬、目の前が真っ暗になった。
状況は一転して絶体絶命。助かる見込みのない最悪の状況。
そんな予定調和のような結末が訪れたことに、俺は思わず笑みが零れる。
「……ハハハッ、ククク……」
回復ができなければ、体力を闘気に変換することもできない。
闘気が無ければ、技は放てない。
そして技が放てなければ、ここから逃げることもまた不可能だ。
「まぁ、当然の結末だな、こりゃ……」
分かっていてこの道を選んだ。
ここは死の会場、向こうにとっては初めから勝利が確定している空間だ。
そんな場所で丸一日も舞い続けて、無事でいられるはずがない。
俺を見つけた玖蛇は、その巨体に似合わないくらいの猛スピードで向かってきた。
対する俺はまだ体を起き上がらせることすらできていない。
「クッククク……ゲホッゲホッ……!」
為す術がなくなり、笑うことしかできなくなる。
死にたくない、逃げ出したい、後悔も、恐怖も感じる。
きっとここで背を向ければ、楽な道が待っているのだろう。
だが、その選択肢を選んだ先に自分はいない。
違えた道の先に父の言葉は成し得ない。
俺のこの傲慢さは、誰にも引けを取らない唯一の武器だ。
「……一番のピンチにならないと本気出さない。人間ってのは本当に、どこまでも傲慢な生き物だ……」
口に溜まった血だまりを吐き捨てて立ち上がる。
襲い掛かる玖蛇の影に、本能が逃げろと指令を出す。
それでも俺は、口角を上げて対峙した。
「呑気で、怠惰で、すぐに楽をしようとする。それに浸かりっぱなしで成長を怠っている。……だがな、そんな人間に望む未来なんてつかめるのかよ──」
手を突き出し、指を曲げ、掌底の構えをとる。
もう体力はない、闘気は失われている。
それでも俺は全身に力を込めた。
「──俺は、違うぞ」
「シャアアアアアッ!!」
迫りくる影、響く地鳴り。
まともにぶつかれば命はない。
それでも俺は、足を前に突き出した。
「地獄の果てまで謳歌しろよ、フール・ワン=レクト! それがお前の人生ってモンだろ! ──南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』──ッッ!!」