Lv.6
玖蛇の砂漠に来て3日が経過した。
砂漠特有の熱波にさらされ、干からびるような風に肌を打たれ。
俺は、魚となっていた──。
「ウオウオウオウオッ! ウオウオッ!」
言葉すらない、叫び出るのは熱き魚の想いだけ。
もはや人間じゃなくてもいい、魚として生きる、魚こそマイライフ。
俺は綺麗なフォームを描きながら砂漠の海を泳ぎまくる。
襲い掛かるサンドワームの首を折り、ボーンフィッシュを叩き落とす。
襲い掛かるサンドゴーレムのコアを潰し、ボーンフィッシュを叩き落とす。
襲い掛かるサンドシャークのヒレをちぎり、ボーンフィッシュを叩き落とす。
ただただひたすらに殴り、殴り、殴りまくる。
魔物が湧いてくるのを察知して突撃。魔物が逃げるのを察知して追撃。
一匹も逃がさない真の魚が砂漠の海を支配する。
「ウオッウオッウオッウオッ」
俺はもう、魚になっていた。
気付けばあれだけいた魔物もすっからかんになっている。
今や砂漠にただ一人佇む男、いや魚。
全てを蹂躙し終え、完全にこの玖蛇の砂漠を制圧した俺は、満足な表情を浮かべて天を見上げた。
「ウオ……」
綺麗な空だ。雲一つない。
俺はこれまでの成果を知るべく、鑑定スキルを使用した。
そして自身のレベルを確認する。
【フール・ワン=レクト】
Lv.94→Lv.128
「ウオォォーーーーーッ!?」
ついに越えた大台100レベル。
俺と同じ年齢でこのレベルに達した者は、それこそ英雄クラスの者達くらいだろう。
俺はついに、そのレベルにまで達したのだ。
「ウオッしゃーーーーーッ!!」
嬉しさのあまり雄たけびをあげる。
まだ若干魚要素が抜けていないが、そんなもの関係ない。
これにて玖蛇の砂漠、完である。
「なーんか忘れてるような気がするが……まぁこんだけレベル上がったし、いっか!」
死屍累々となった魔物達の残骸を踏みつけて、その場を後にしようとする俺。
すると、砂漠全体が振動し始めた。
「ウオッ!?」
突如として鳴り響く地響き。
まるで何か巨大なものが地中にいるような揺れだ。
「何事だウオ!?」
やがてその揺れは砂漠の中心へと集まっていく。
そして中央から砂が盛り上がっていき、一つの山を形成する。
それは次第に膨れ上がり、爆発するように飛び出す──。
そして、砂の中から巨大なヘビが姿を現した。
「シャァアアアア──ッッ!!」
「南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』」
それを見た俺は有無を言わさず『南雲流』を展開。
その場から姿を消し、凄まじい速度で飛翔した俺は、その巨大なヘビに向かって連撃の掌底を放った。
「シャ──ッ!?」
俺の拳が直撃すると同時に一帯は爆発。
地面が弾け飛び、衝撃波を放って砂塵が舞い、砂の煙が辺りを包む。
辺り一帯には巨大なクレーターが出来上がっていた。
「驚いたな。自分の攻撃だと思えない威力だ、これがレベル120の力か」
あまりの威力に、俺は自らの手を見つめる。
この手からあれほどの攻撃が生み出されたというのなら、俺はまだ自分の力について何も理解していない。
昔、ある学者が言っていた。
レベルとは潜在的な力の解放ではなく、潜在的な力そのものを創り上げるものだと。
魔物を倒すことで得られる"経験値"という謎のエネルギーは、人体を別の存在へと作り変えていく。
それが人の正しい進化として倫理的に認められるまで、人類は膨大な歴史を要した。
もし何らかの方法で経験値が失われ、レベルという概念がなくなってしまったら、俺達はこの魔物が蔓延る世界でどう生きて行くのか。
そんな問題が、最近よく議題にあがっている。
そう、人間にとって本当に必要なものはレベルなんかじゃない。
漠然とした意志の中で、どんな瞬間にも判断を下せる行動力。それがレベルという概念の指標になっているだけだ。
砂塵が舞って視界が霞む。
そこからわずかに見えたヘビの影に向けて、俺は鑑定スキルを使用した。
【十神・玖蛇】
Lv.640
ついに現れた伝説の魔物、玖蛇。
しかし俺は驚くことなく、小さな溜め息を漏らした。
「……バケモノが」
思わずそう呟くと、俺は再びその場から姿を消した。
同時に、俺がいた場所に玖蛇の尻尾が叩き落とされる。
ズドンッ!! という激しい音が響いて砂塵が舞った。
「南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』」
上空へと回避した俺は、素早く構えをとって『南雲流』を展開する。
そして、そのままの勢いをつけて玖蛇に向けて急降下し、連続の掌底を放った。
玖蛇の巨体に俺の攻撃が次々と命中し、そのたびに轟音と衝撃波が巻き起こる。
だが、玖蛇にダメージは通らない。
「シャァアアアアッッ!!」
「南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』」
「グググ……グググ……」
「南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』」
「クシャアアアアッッ!!」
「南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』」
玖蛇の攻撃を華麗に避けながら、俺はひたすらに玖蛇の身体に連撃を放つ。
一撃でも喰らえば即死確定の、圧倒的な破壊力を持つ玖蛇の猛攻。
それを俺は紙一重でかわし、同じ技を何度も何度も叩きつける。
「はぁ、はぁ……。こんな砂漠で何度も連呼しなきゃいけないなんてな、喉が枯れちまうわ。──南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』ッ」
技や魔法は固有名詞の発言が発動の第一条件となっており、発言しなければ技は発動できない。
しかし、逆に声を出せない者は心の中で叫ぶ力が強く、声に出さずとも技や魔法を発現できる場合がある。世間ではこれを無詠唱と呼んでいるらしい。
発言は心身一如であり、口に出すことで型もまた完成する。
俺は掌を突き出し、指を軽く曲げて母指球と小指球に力を込める。
そして掌底の構えをとり、玖蛇に向けて思いっきり打ち込んだ。
「南雲流・壊滅之型──『掌底・五月雨ノ拳撃』!!」
ドゴォン!! と、俺の渾身の掌底が炸裂する。
すると、さきほどよりも遥かに大きな衝撃が広がり、大量の砂が舞い上がった。
しかし、玖蛇には全くダメージが通っていない。
「くはははっ! 何やっても無傷か! そりゃそうだよな。レベル差は500以上あるんだ、かすり傷も付けられないのは分かってるさ。だがな──!」
恐怖を笑顔で塗りつぶして己を鼓舞する。
今の俺の頭には撤退のことなど微塵もない。
戦って、戦って、最後まで戦い抜くことしか考えていなかった。
「力が全てなら、レベルが全てなら。俺はハナからこんなところに立ってねぇんだよ。でもそれじゃあつまんねぇだろ? やっぱ冒険者はさぁ、多少頭のネジ飛ばして、レベル上げに命かけるくらいがちょうどいいんだよ。それくらいイカレてなきゃ、お前みたいなの相手に生き残れねぇ!」
もし、この魔物を倒すことができたのなら。
もし、俺が勝つようなことがあったのなら。
そう考えるだけで、俺の頭は最高に酔えていた。
「さぁ、地獄みてぇなダンスを踊ろうぜ十神。俺が命を燃やして舞ってやる」