Lv.4
冒険者兼傭兵組合、通称"ギルド"と呼ばれるところに俺は来ていた。
「フールさん! 単独で強欲竜を倒したってマジなんですか!?」
「ああ、運良くな」
俺の顔を見るなり、興奮したような様子で飛び掛かってくる小さな少女。
銀色のセミロングに青紫色の瞳、アホ毛が特徴的な15歳の少女──ゼータ・ミネス=フィーレだ。
彼女と俺は並々ならぬ関係を持っている。
そう、金欠で家を売り飛ばし、路上を彷徨っていたところをバッタリ遭遇した仲。つまり──金欠仲間だ。
1年ほど前にそんな最低な出会いを経たのも束の間、今のゼータは冒険者稼業でなんとか食い扶持を繋いでいっているらしい。
「懸賞金、2000万も出たってマジですか!?」
目を輝かせているような様子で俺ににじり寄ってくるゼータ。
さっきから"ような"と形容する感じなのだが、ゼータはさきほどからずっと無表情だ。声だけ聴けばテンション高く俺の金銭に興味を持っている風に見えるのだが、ゼータはずっと無表情のまま、顔の筋肉が動いていない。
「出たけど税で100万くらい引かれたぞ」
「うおおお! フールさんの口からすごいお金持ちっぽい発言がでてる! なんかわたし感動です! ついに金欠生活からおさらばなんですね!」
俺のことを思ってくれてるのか、ゼータは無表情のまま涙を流し始めた。
「てっきり金をせびりにきたのかと思ったんだが」
「そんなことしませんよ! いくら高くてもフールさんの稼いだお金じゃないっすか、さすがに人の苦労を奪う行為はちょっと……」
心底申し訳なさそうなに言葉を詰まらせるゼータ。
パーティを組んでないとはいえ、同じ職についてる金欠仲間だ。少しくらい要求してくるものだと思っていたのだが、ゼータの心は俺が思っているよりずっと清かったらしい。
ゼータは「そんなことより!」と声を荒げて、俺に迫った。
「レベルは!? レベルはどのくらい上がったんですか? 強欲竜を倒したってことは10くらい上がったんじゃないですか!?」
「いやぁ、それがちょっとヤバいものを倒しちゃったというか、強欲竜はついでというか」
「……へ?」
キョトンとした表情をするゼータを見て、俺は苦笑いを浮かべる。
俺はピンクラビットを倒し莫大な経験値を得て、そのおかげで強欲竜を倒したことをゼータに耳打ちした。
「ええぇえええーーっっ!?」
ギルド内にゼータの叫び声がこだまする。
俺は慌てて口元に指をあて、制止を訴えた。
「きゅ、91レベルですか……!?」
「ヤバいだろ?」
「ヤバいです!」
「まさに人生一発大逆転ってなモンよ」
「はえー……」
俺のレベルを聞いてゼータは口をあんぐり開けていた。
レベルは基本的に申告制。自分しか分からないもので、鑑定スキルを使っても敵のレベルまでしか測ることができない。そのため偽装も簡単に行える。
しかしゼータは俺の話を一切疑うことなく、今にも後方に倒れそうなほど驚いて目を輝かせていた……ような感じだった。
「金欠脱却に達人級のレベル……もうフールさん人生ゴールじゃないですか!」
「だろ? 分かってるじゃないかゼータ、今度一杯おごってやる」
「あざっす!」
俺の死ぬほどケチなムーブにも頭を下げて喜ぶゼータ。
いい子過ぎて罪悪感がヤバい、せめて高級店に連れて行ってあげよう。
「それで、ゼータの方はどうなんだ? 最近新しいパーティ組んだらしいけど、順調か?」
「あ……。それは、えっと……」
急に歯切れが悪くなるゼータ。俺は不思議に思い、首を傾げる。
すると、後方から若い冒険者がこちらに向かって歩いてきた。
「おや、噂の金欠組じゃないか。金がない貧乏人のくせに、こんなところでたむろっていていいのかい?」
「あ?」
嫌味ったらしく言ってきたのは、ギルドでも名が通ってる男──アベル・ミグケーマだった。
コイツは俺と同い年の18歳、金髪碧眼で整った顔立ちをしたイケメンだ。
アベルはカウンターに手を置きながら、厭味たらしい笑みで俺を嘲笑する。
「フール、お前みたいな貧乏人がツレに話しかけるのはやめてくれないか。ボクまで貧乏人だと思われるじゃないか」
俺の肩を突き飛ばしてゼータの前に立つアベル。
「あ? ツレ? おい、まさかゼータと一緒に組んでるのって……」
「ああ、そうさ。このボクだよ。なぁ、ゼータ?」
アベルは俺に見せつけるように、ゼータの腕を掴んでいた。
するとゼータは肩をビクッと震わせ、静かに頷いた。
表情は分からなくても、俺の目には嫌がっているように見えた。
「ところでお前、強欲竜を倒したんだってな。どんな手品を使った?」
「手品?」
「ああ、当然だろ? お前のレベルは30前後、よくて40だ。そんな奴が単独で強欲竜を倒すなんて出来るわけがない。どうせ教団とかと手を組んで倒したんだろ? 奴らは表立って目立ちたくないらしいからな、名誉だけお前に着せて報酬は全額よこせとでも命じられたか?」
アベルは鼻で笑ってそう告げる。
ゼータが僅かにアベルを睨んだような気もするが、無表情なのでよく分からない。
「悪くない推察だな。実際俺もその手は考えた。だが俺が欲しいのは名誉じゃねぇ、金なんだよ。その時点でお前の推察は破綻してる」
「……お前、なんか調子に乗ってねぇか?」
俺の強気な言い返しが気に障ったのか、アベルは振り返って俺の胸ぐらを掴む。
「レベル20のザコのくせに生意気言ってんじゃねぇぞ、ボクはレベル53だ。分かっているのかこの差が?」
「レベル30って言ったり40って言ったり20って言ったり、アベルお前、もしかして健忘症か?」
「テメ──!」
怒りに任せて拳を振り上げたアベルだったが、ゼータがすぐにその動きを止めた。
「アベルさん! 早くしないと次のクエスト取られちゃいますよ!」
「……チッ」
ゼータの言葉を聞いたアベルは舌打ちをして、手を離した。
俺は服を整えて小さく息をつく。
正直、このまま殴りかかってきた方が見世物としては良かったんだが、ゼータがした判断を尊重しよう。
「オイ、金欠野郎。ギルドは実力主義の社会だ、テメェみてぇな落ちこぼれが粋がっていい場所じゃねぇんだよ」
アベルは最後にそう告げ、ゼータを連れてギルドから出て行った。
去り際にゼータが俺に向けて小さく頭を下げており、俺はそれを見届ける。
シーンとなったギルド内では、小さな嘲笑だけが響いていた。
実際、アベルの言っていることは間違っていない。
冒険者は命をかける職業だからこそ、何よりも実力が求められる。
どんなクエストもこなし、どんな魔物も打ち倒す。それが冒険者に求められる資質だ。
そう、つまりアベルにデカい顔をしたかったら実力を証明してみろという話。このギルドで一番難易度の高いクエストを達成できれば、誰にも文句など言われないのである。
俺は深く頷いて席を立ち、受付嬢のいるカウンターに向かって大きな声で呼びかけた。
「受付嬢! このギルドで一番レベルの高いクエストを1つ!!」
「はーーい! 自殺志願者一名入りまーす!」
今日のことでひとつだけ分かったことがある。
──もっとレベル上げてゼータを驚かせたい。