Lv.1
レベル上げの快楽を知っているだろうか。
魔物を倒し、経験値を得て、レベルを上げる。その単純な工程が誰にでも適応される世界。だがそれはあまりにも人の脳を狂わせるものだ。
俺の名はフール・ワン=レクト。18歳でレベル40程度のちょっとだけ強い冒険者をやっている。
最近では王国周辺にいる魔物はあらかた倒せるようになり、一人で隣国へと赴くこともできるようになった。
しかし、そんなことは今の俺にはどうでもいい。
──『レベル』。
それは人の差異を数字という残酷な形でハッキリさせる呪いの総称。
魔物を倒せば経験値が得られ、経験値が一定を越えるとレベルが上がる。
レベルが上がると能力が上がり、まるで自分が別の生き物に進化したかのような体験が得られる。
俺はこの『レベル』を限界まで上げるのが夢だった。
限界というのは"他の追随を許さないほど"である。
誰もが追いつけないほどにレベルを上げれば、自分をバカにしてきた連中も、自分を利用しようとする悪徳な人間も、全て目下の存在へと成り下がる。
幸福を手に入れるにはあらゆる面でお金がいる。お金を手に入れるには才能がいる。そして才能を手に入れるにはレベルを上げるのが最も単純で近道な方法だ。
だから俺は、誰よりもレベルを上げることを決意した。
──まぁ、当然、上手くいくわけがなかった。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」
自分と同じレベル40の狗鬼王を討伐し、息切れ状態になる俺。
既に全身ボロボロで、街で買った魔力を回復させる薬『魔力薬』も全部消費。そのうえ命をかけて倒した魔物が買った魔力薬の半分にも届かない報酬量。
そして悲しいことに、レベルは1も上がらない。
「やってられっか!!」
剣を地面に叩きつけた。
このまま地道に魔物を狩り続けていても意味がない。
俺の人生が無限に続くのであれば毎日地道に魔物を倒してもいいのだろうが、人生にかける時間は限られている。
俺は魔物を倒したいんじゃない、レベルを上げたいんだ。
「金……もっと金がいる……」
ぶつぶつと呟き、叩きつけた剣を拾い上げる。
俺はここのところずっとお金を溜めていた。
もちろん娯楽に使うためじゃない、レベルを上げるためだ。
その額は──1000万。
18歳にしてはかなりの大金だ。そしてこの金はすべて魔物を倒し、コツコツと集めたもの。
これだけでも十分豪遊ができるかもしれないが、俺の目指している本当の豪遊とは程遠い。
豪華な食事をし、美少女を侍らせ、あらゆる娯楽を享受できる完全な勝ち組、それが目指すべき目標だ。1000万じゃ話にならない。
だから俺は、この大金をとある情報の購入に使うことに決めていた。
それは古くからの知り合いで、全身黒ずくめの怪しい男──『ブラック』の情報源。
ブラックは俺が唯一信用している情報を持つ男であり、互いに深く関わらないことで信頼を保っている人物でもある。
ブラックはある日、俺に良い情報を売るといってきた。
しかしその額は1200万。今までの情報料の中でもトップクラスに大きかった。
ただの他人であれば怪しい情報を売りさばく男ということでスルーして終わりなのだが、ブラックは今の今まで一度も情報が不正確だったことはなかった。
だから俺はブラックの情報を買うことに決めたのだ。
全財産を引き出し、それでも足りないと毎日魔物を倒しまくり、街中で物乞いをするという奇行をしつつ必死に集めて1000万。
それでも足りないと防具やアクセサリーなんかも売りさばいて200万を確保し、計1200万の金貨が入った袋を手に持ってブラックの所へ出向いた。
「ほらよ、約束の1200万だ」
椅子に座り本を読む黒ずくめの男。
俺はその男がいるテーブルの上に金貨の入った袋をドスンと置いた。
「……驚いた。本当に集めてくるとはな」
「俺の執念なめんな? 街で物乞いしまくって芸まで覚えたぞ」
「通りで最近、貴様の噂を聞くわけだ。万年金欠の冒険者『貧乏人フール』。そう呼ばれているぞ」
お金を集め出したのは16歳の頃から、そして今は18歳。
その間に奇行を繰り返していれば悪名も轟くか。
「そんな話はどうでもいい。金はやった。情報を寄こせ」
「……いいだろう、情報はやる。だがそれを活かせるかはお前の覚悟次第だ。それは分かっているな?」
「もちろんだ」
俺が即答すると、ブラックは本を懐にしまい、両手を組んで静かに話した。
「──よく聞け。この3日間でお前はこれを為すことができれば、史上最強の冒険者になれる」