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006




 怪獣への対抗戦力になりえるか。

 それこそ、一般車両が不意に衝突するだけで倒せてしまう怪獣には、魔法少女の存在も不要であり、その呼び名が示す運用年数の短さから活躍の場はごく一部に限られた。


 少女が持つ能力は、魔法少女にとって基礎的な程度でしかない。

 常人を超える身体能力も物理的な影響に留まれば、それは魔法少女に求められる性能には達していなかった。




 住宅区、両手に買い物袋をさげた少女は、集合住宅に立ち入る前に一度だけ立ち止まる。


 帰宅して直行した居間で、少女は手荷物も片付けないまま座卓の隣に座り込む。

 部屋の少ない家具に真新しい品が見つかれば、棚は掃除の手間もかからないものばかり、部屋の隅に荷造り用の箱が封を解かれたまま放置される様子は、いかにも引っ越し前後といった光景だった。


 少女は購入品の一つを取り出すと商品梱包を破く。

 手掴みできるほどであった中身はその場でこねられることで柔らかく膨らむ。およそ少女の半分ほどの大きさとなり、中央に凹みのある楕円形に整うと座卓の元に置かれる。

 それが二度。

 殺風景な部屋にも色合いのある小物が多少置かれて、後に取り出された飲食物類は保管庫や冷蔵庫やらに収まり、買い物作業も終わりになった。


 少女は携帯端末を取り出す。

 予定表の翌日部分には、先日の魔法少女の名前と自宅への招待が記されており、文字を読み進めた少女は今一度、部屋を見回した。




 そして翌日の朝には連絡が届く。


「サツキ。元気だった?」


「アイリ!」


 集合住宅の正面で待ち合わせた少女は、相手の到着に気付いて手を振る。

 アイリは、斜めがけの鞄の他、紙袋を携えていた。


「荷物もあるみたいだし、早く部屋に入ってしまう?」


「助かる」


 見かけた住人と挨拶を交わしつつ、二人が集合住宅の一室に入る。


「ささ、入って入って」


「お邪魔しまーす。……うん?」


 部屋に招き入れられた直後、アイリは玄関扉が閉じられる裏で足を止める。


「サツキ。部屋の香水きついかも」


「げっ、ごめんなさい。窓を全開にしたら消えるかな?」


「そうしてほしい」


 部屋の窓をめぐって風通しを良くする。

 同室の相手に聞こえないような声量で、少女は失敗を告げた。


「……今日のためとはいえ、慣れないことはするものじゃないか」


 居間に座り込んだ時には、アイリが部屋を見回す。


「もしかして、地方暮らしから引っ越してきたばかりとか?」


「うん」


「となると魔法少女になったのも最近なのか」


「この一か月くらい、です」


「ふーん」


 少女が無断で活動していることにより、生活に関する質問さえ追及に近づく。

 アイリは早々に話題を打ち切った。


「えっと、色々教えてもらえると助かります」


「ま、追々だな。……何か飲み物ある?」


「うん。取り置きがいくつか冷蔵庫に」


「探してきていい?」


「好きに選んできていいよ」


 冷蔵庫に向かうと言いつつ、アイリは自身の手荷物をテーブルに広げる。


「私の持ってきた分で好きなのあったら飲んでな」


「一緒に冷やして、おく?」


「そだな。まずは見せた方がいいか」


 三種類と選択するにも苦労せず、二人なら十分足りる。机に並べた内から順番を相談した後には、アイリが冷蔵庫の方へ向かう。


 少女も同じく、今日のために市販品を買いそろえた。

 だが、保管先を見に行ったアイリからは予想外の反応が届く。


「あ゛」


 一瞬だけの声は、少女に不安を抱かせたものの、物を落としたような問題もなければ、アイリが冷蔵庫から戻ってくるのも早かった。


「……えっと、何か問題ありました?」


 アイリは、居間に戻ってきても驚きの視線を外さない。

 少女が言葉をかけてようやく止まった表情が解ける。


「あー。うん、”一人前”に気晴らしているようで安心したよ」


「はあ、そうですか……」


「以前は落ち込んでたし、真面目そうだったから……」


 そんな言葉に少女は静止するも、アイリは話題を終えたように部屋を見回していた。


「お! サボテン飼ってんの?」


「うん。それは咲き頃になると、小指の爪くらい小さな白い花が付くみたいだよ」


「なるほど、私もこういう趣味を持った方がいいのかな?」


「寮の方では、私物に制限があったりするの?」


「いや? 制限はゆるいぞ。個室だったら他への心配も少ない。人によっては防音仕様に改造したり、ブランド物の飾り場にしたり、変な奴だと全面鏡張りにしていたかな」


 アイリの答えは、私的な内容に収まらない。


 専用に管理される魔法少女は、その生活実態までは公表されない。外野で魔法少女の真似事をする者にとって、自身が今後身を置く環境を知る術は限られている。


「そうでなくても、共同設備が豊富だからな。不便は少ないぞ。私は性格がずぼらだから、精々、寝具を変えたり衣服を買うくらいだ。……サボテンは管理が楽なんだろ?」


「うん。種類によるけど、これは二週間くらいは放置できるかな」


「やっぱり、楽できるのはいいな」


 窓枠のもと、手のひらに収まるサイズの小鉢には、丸く膨らんだサボテンが植えてある。

 縦並びに揃った棘も短いものだ。霧吹きも一回ひと振り、土も乾いた状態を理想とする。天候次第だが、それでも置き場所を変えるくらいで管理が済む。


「寮の方で、観葉植物に詳しい人はいたりしないの?」


「多分いる。研究員だって結構自由にしてるから、聞けば教えてくれるかも」


 アイリはサボテンの埋まる鉢植えに視線をそろえていた。


 室内の興味が一段落した後は、動き回る用事もなくなる。

 持ち寄りのお菓子も話題にして、休日の昼が過ぎる。


「なあ、サツキ」


 夕方になり帰りの支度が進む。

 玄関手前で止まって両者が見合わせた。


「嫌なことがあったらさ、私のとこに泊まりにきてもいいぞ」


「うん。そうする。……でも、寮だと部外者は入れなさそうだよね」


「遊びで済まされなかったら、その時はその時だな」


 行きと違って空いた手が首裏をかく。

 アイリは一度外れた目線を戻す。


「サツキは、魔法少女になって嬉しかったか?」


「嬉しかったよ」


「そっか。なら、皆に嬉しがられるよう私も楽しまないとな」


 少女は冗談に笑った後に、改めて今日の感謝を告げた。




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