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005




 テーブル席の対面では、湯気を立てる厚切り肉が切り分けられる。


 一口分の肉を口に運んだその少女は、噛み砕くことに専念する。

 飲み込むまでの動きに詰まりはなく、口直しにレモン水へと手を伸ばした数回も、まるで一貫した作業のように詰まりなく行われる。

 それでいて表情は豊かで、肉の切れ方ひとつでも味の違いが出ているような仕草があった。


 食べる途中に声も出さなければ、周囲の客を見回すこともない。付け合わせの一つまで、こぼさずに食べ切った後には満足した表情を見せた。


「うん。やっぱり、肉だな」


 その感想を聞いて、見るだけだった少女は周囲に目を向けた。


 子供の声、会話や笑い。椅子の足を引きずる音。こまめに届く店員同士の指示や食器の重なり。定まらない環境音を一緒くたに認識する。


 外食店は、昼食の忙しさに包まれていた。


 出会った当日、帰宅後の夕方になって少女は受け取った携帯端末から連絡を受け取る。それは休日を問う食事の誘いであり、借り物を返すためにも予定を合わせることとなった。


「食べないのか?」


「えと、食べます」


 食べきった相手方の指摘通り、相手を見ていたばかりで、こちらの少女の手は進んでいない。

 注文したパフェは、アイスの表面が溶けて頂上のミントも器の元に滑り落ちている。


 透明感のある容器に詰まった三段積みのアイスは、最初の一つが食べかけになっただけ。食べ慣れないその料理を見た時には、調理場で盛り付けただろう店員の苦労を勝手に想像して止まっていた。

 不自然なことは本人も自覚しており、食事を再開するまでには自身の衣服さえ見回した。


「変な奴だな」


 散々な進捗を見た相手の少女は、通りがかった店員に抹茶プリンを追加で頼む。


 そんな後の小休止で、本題が持ち出された。


「あの、……以前に渡された端末は、この場で返した方がいいですよね?」


 怪獣と交戦したその日に受け取った物を持ち主に返す。そもそも携帯端末は一般に普及しており、連絡先さえ分かれば端末自体をやりとりする必要はない。


 個人端末には口座情報も記録されている。商品の購入時には口座からの送入金を管理してくれるなど便利だが、同時に盗難や解析の危険もある。

 警戒する者なら使用制限を定めたり生体認証を加えるものであり、決して初対面の他人に預けていいものではなかった。


「あー、いいや。そのまま持っとけ。……安心しろ。変なことに使ってたら絶対取り立ててやるから」


 ところが目の前の相手によると、他人に投げ渡せるくらいの扱いである。

 発言通りであれば、入出金の制限も設定されていないのだろう。


 渡された後に連絡が届いた以上、相手の少女は端末を複数所持している。

 他人に渡したところで急ぎで困ることもないのだろうが、受け取った側は不用心を気にするより自身による紛失を恐れていた。


「まさか、一円も使ってないとか言うなよ」


「その、勝手に使うわけにもいかないので、……はい」


 返される前からそんな指摘がされる。


「あのさ、この前の出動で、私がいくら稼いだか知ってるか?」


 首を横に振る。

 そして溜息を聞く。


「十万だ。行って帰ってきて、それで一か月は寝て過ごせる。……わかるか? それだけの価値があるんだ。これで本当なら緊急出動に応じて報酬が加わる」


 怪獣対処の必要戦力であれば、相応の収入も考えられる。

 とはいえ、活動報酬も専門機関の管理下にあって初めて支払われるものだと、部外者である少女も理解していた。


 国が専門の教育施設を抱えるくらいに人材は希少であるが、怪獣退治という専門性からすると、緊急時の出動義務も課される。

 自己判断で出向く自分には無関係なものであるとも。


「……私はあまり貢献できませんでしたし」


「まあ、それは否定しないが、ここは私の労働分を払えって責めるところだぞ」


 怪獣の侵攻を止めたわけでもなければ戦果も限られる。怪獣を撃破した一射と比べれば、薄皮一枚はがした功績など百にひとつもない。むしろ役割を守るという点では後方待機の軍人の方が貢献しているのだ。

 もちろん管理外で行われた活動に、政府が費用をあてる理由も無い。


 相手方の訴えには納得できないものの、下世話にも具体的な相場を聞いてみると、良くて一万という答えが少女に返ってきた。


 怪獣の巨体や被害の大きさが示したとおり、脅威度の規定に最低限当てはまっていたらしい。

 いわゆるF級というカテゴリーで、常人が殺せなくなる境界でもある。いくら頑丈だろうと、切り刻んで殺せるなら魔法少女はいらない。生物と呼ぶべきかもわからない怪獣は、再生能力こそ脅威だ。有効とされる対怪獣仕様の武装など、一般兵士には配備されていない。

 現状、再生能力を破るには魔法少女の手を借りるしかなく、専用の攻撃手段を持たない自身には元より殺せない相手だった。


「なあ? なんで怪獣退治なんてやってたんだ?」


「過去に命を救われたことがあるので、どうにか恩返しができないかと思いまして……」


「候補生だって力を手に入れた途端に、やらかす奴はいるのに」


 そんな内部情報を聞かされても答えられない。

 

 意図的に語って反応から見定めようとしても、希望を抱いて面接に来たわけでもない少女は知って対応が変わるわけでもない。

 もれなく自身もやらかす奴と呼ばれた方に含まれるのだから。


「しょうもない、というなら金目当ての私だって変わらないさ」


「私も個人でやりきろうとして、結果、迷惑をかけてますから」


「失敗と過失を同一視するなよ?」


 たとえ実力の低かろうと、所属しないのは違法に近い。


 怪獣との戦闘は個人に許された行為ではない。公共施設どころか個人資産にも影響する。いくら有益な行動でも、被害の程度に関与することで他者の権利に干渉する事実がある。

 相応の資格なり国の後ろ盾が必要になるものだ。似たような事例で裁判が起こされた話なら過去にいくらでもあるだろう。


 明らかな越権なのだ。

 魔法少女として活動したいなら、正式な許可を得るべき。

 というのが建前である。


「やはり、正規に加入した方がいいんでしょうか?」


「このまま無銭で奉仕するのはやめとけ。都合よく使い捨てられるだけだ」


 少女の問いに、目の前の魔法少女は即答した。


「働ける内に蓄えて、隠居するか引退後の活動費に使うんだよ。大抵は十年も続かないが、特殊な環境だから外と馴染むにも苦労するぞ。学業だって合間に続けにゃならん」


 深刻な表情の中でも口元に笑みが戻る。

 心配を込めて忠告しているのは明白で、必要な情報さえ伝えれば後は個人の判断といったように、強要を避けて話している。


「俺らについて、あんまり知らないんだな」


「引退するのは知ってますけど、そんなに短いとは」


「いや、少女っていや三十にもならんだろ。短いと五年もない」


 魔法少女は残った抹茶プリンを数口つついて食べ切る。

 遅れていた少女も食事を終えた。


「えと、名前を聞かずに、いてしまっていますよね。……ごめんなさい」


「そういや、そうだったな」


 待ち合わせにも不都合は無かった。

 店に入ってから食事を終えた今まで、当たり前に過ごせていた。


「サツキ。”大宮さつき”、です」


 そう相手の魔法少女に告げる。


 それが偽名だとしても、少なくともこの場限りではない今の本人が決心していた名前を。


 怪獣と戦う中では魔法少女との遭遇も必然であり、当初から用意はあった。それでも見せかけで終わらせないために普段着まで買い集めたことは、真実だろうと口外されない。


「私は”形代あいり”。アイリ、でいいぞ」


 元々警戒したような様子は見せていないが、改めて作られた笑顔は少女を裏で責め立てる。


「はい、アイリさんですね!」


「おう!」


 軽く身を乗り出した、あいりが確認に頷いた。


「サツキは、一人暮らしか?」


「はい」


「そっか。いいなー」


 あいりは座席に腰を落ち着けながら、一度顔を上寄りに向ける。


「アイリさんは一人暮らしではないんですか?」


「まあ専用の寮で暮らしてる。……外に家を持つのも自由だが、それを選ぶ理由も無いかな。さんは要らないぞ」


 料理の容器を端に移し、テーブルに着く水滴をふき取る。

 あいりは両腕を下げて、座席へ身体を預ける。


「以前、別れ際に車両が来たろ? あの時に現れた女性。仕事上の相方というか、若者の心を守る保護者かな。メンターとかいって魔法少女に対して必ず一人が付けられる」


 魔法少女同士でまとまるべきという話ではない。

 現代兵器で対処できない相手を個人で打倒する。相手となる怪獣に脅威があろうと、通常個人に許される能力ではなく、大人の監視役が付けられる。仮に外に家を持つ場合でも共同生活は避けられないのを意味する。

 

「普段は便利屋だが、万が一の時の監視役でもある。さすがに今日は連れてきていないぞ。目の前で勧誘されたらたまったものじゃない」


 人間関係への配慮として、個人の用事には立ち入らないという制限は設けているとしても、観察対象を野放しにするのは職業理念に反する。以前も、こちらに近づこうとしたのをあいりの腕で止められていたため、聞いている少女は保護者の心労に考えをめぐらせた。


「それって、大丈夫なんですか?」


「良いんだ。仕事は適度に失敗するぐらいがいい。元々、おれらの仕事に最高の結果は無いんだ」


「ああ……」


 街が戦場になれば出現時から被害を受けていることになり、完璧な仕事はありえない。

 現場の兵士はそんなことも考えず、与えられた仕事に対して懸命に務めるだけだ。悩んでいる時間など与えられない。


「ここの代金は私持ちな。今度、自宅に誘ってくれよ」


「わかりました。ここはお願いします」


 短い応答で金のやり取りを済ませる。

 会計を済ませて店を出た後には、歩きながら話題を詰めた。


「家に誘うのは、いつぐらいが良いでしょうか?」


「ま、お互い忙しい立場だからな。余裕をみて決めよう」


「そうですね。今日はありがとうございました」


 端末を持っているため、連絡には事欠かない。

 あいりの側も、細かな予定と相談するためには時間が必要なのだ。


「じゃあな、サツキ」


「アイリも、また今度」


 待ち合わせ場所だった駅前の広場で、別れの言葉を交わす。少なくない人込みを抜けて、お互いの距離が遠ざかる。


 見失う直前、振りむき様に手を振ったあいりに対して、足を弾ませる。背が高くない体を街中で目立たせる手段とはいえ、慣れない行為に後悔していた。




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