032
連れ出された時と同じ車種に乗って、かつての施設に戻る。
検問を通りすぎた時には、ミワさんとの会話も止まって外の景色を見るだけになっていた。
ようやく降りた頃には、施設の入り口に見知った相手を見つけて足を止める。
「さ、私は手続きの方を済ませてくるから、サツキは再会を喜んできなよ」
そう言われて留まっていた数人に声をかけた後は、荷下ろしを済ませる。
私物を自室まで運ぶのを手伝ってくれた運転手に礼を告げた時には、隣の部屋の名札が空欄になっていることを知る。
ミワさんを含めて改めて礼を告げて、施設の前で見送った後には、並ぶ大人の面々から視線が集まっていた。
「……色々と言いたいことはあるけど、とりあえず、お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
出発時には会えなかった相手の名前を告げた後には、会議室への直行が命じられる。
席に着く。
室内になつかしさを覚えながらも、見知った表情からは素直な感情を受け取れない。
「えっと主任。その、……アズサさんの件ですよね」
「それについても会って話したいところでした」
研究所に送られた後も連絡を取っていたが、直接会って話す場合とでは違う。外向けに話せない内容となると、時間と場を整える必要も出てくるものだ。
「中々面倒な話になっているが、そのことは後でいい」
主任との話に、常村二佐が割り込む。
「とにかく対応が遅れてすまなかった。こちらの不手際のおかげで色々と苦労させてしまった」
「そんなことは。移送の話も、そもそもの原因が自分にありますから。最初の頃から保護の話を含めて助けられていた分、私の方こそ申し訳ないです」
怪獣退治に加わらない自分が顔を合わせる数少ない機会で、二度も謝罪を受ける。関与しているとはいえ本人の過失でないことは明らかで、礼儀だとしても引け目を感じる。
「それで、取り決めの方はどうなりましたか?」
「事前に伝えた予想通り、一時保留になった。最初の一件で問題が起きたこともあるが、君の方でもそれなりに動きはあったのだろう。能力に関するひとまずの調査は片付いた。向こうも実験の経過観察を含めた調査報告のために、当面は資料作成に追われるはずだ」
「別の研究所に移されるようなことも?」
「まず無いと思ってくれていい」
以前は主任の権限を越えて移送が決定されたが、それを含めた断言が来る。
一ヵ月近くの間に、こちらでも動きはあったのだろう。
「私の話題は、このくらいで大丈夫です」
「能力を酷使したと聞いているが」
「そのあたりは覚悟の上です。こちらで実験用に確保する分を減らしてしまった気もしますが、力が早く失われる分に困ることはありません。都合の良い時期に調節できればと思っています」
「自覚できているなら構わないが、不安は無いのか?」
独断で怪獣退治を行っていた時点で魔法少女に対する執着は強いと思われている。
その想像を否定することはないが、他人に要求するほど強情でもない。
「ありますが、それ以上に必要なこともありますから。それに、どちらかといえば、私の処遇は表向きの目的ですよね」
「研究としては本命だと思うが、別の思惑が含まれていたのも事実だ。サツキの方は、いつから気付いていた?」
「それが結構、後のことなんです。ミワさんが同行していたことも初めは自分への対策だと思っていましたから。アズサさんの件も、その場で強く求められて応じてしまっただけです」
状況に流されている自覚もあるが、魔法少女である彼らのために自分があるとすれば、個人からの求めを拒絶することも難しい。
勝手をした分の非難は、当然受け入れるしかない。
それだけの話だ。
「それでアズサさんの処遇は、どうなりましたか?」
「既にここの所属ではない。サツキが運ばれた段階で、こちらも別に移送された」
「力を失えば、保護の名目も通用しませんか」
彼らは魔法少女であるために社会から隔離される。
力さえ失われれば一般人でしかなく、専用の施設に保護しておくことに問題が出てくる。いくら正式な組織だとしても原則を破るわけにはいかない。
本来なら力の消失が確認できるまで社会復帰をかねた療養期間があるわけだが、それすら回避する方法もあるわけだ。
実際に制度として定義する場合、社会復帰の度合などという不安定な指標を基準にしない。検査結果さえ示してしまえば、後の手続きは通ってしまうのだろう。
能力を使った結果がアイリの事例と異なってたのも、それが原因である。
移送が行われたあの日、自室で荷造りを行っていた自分に助けを求めてきたアズサが、これまでの魔法少女の姿ではなく、研究所で見たあの姿に変わったのは、会話の時点で既に魔法少女の力を失っていたためだ。
理由は分からずとも、手段と実行者は分かっている。
「それどころか現在は、捜索届けも出されるかというところだがな」
「そこまで大事になっていますか」
「普通なら既に大事だ、世間体もあって隠そうとしているが現場の人間の苦労は考えていない。家庭事情に口出しするつもりはないが、非常に迷惑だ」
アズサの身辺には複雑な家庭環境があるようだ。
前線から下がってきたのも、単純な配置換えとは思えなくなる。
「どう考えても私が原因ですね」
「都合よく使おうとした結果がこれなら因果応報だろう。心配せずとも、あの研究主任も不義理じゃない。目的も済ませたことだし、次の協力はないだろう」
会話をする裏で置物のように止まっている人物を見てしまうと、多忙を増やしている件について、いつか行う謝罪の仕方を考えてしまう。
書類仕事も多ければ、カタログギフトを渡すのも良案とは思えない。
「捜索届けというと本当に所在不明なんですか、隠れて保護しているわけでもなく?」
「ああ、さすがに誘拐や監禁の真似はできない。そんなこともできないのが現状だがな。言ってしまえば、以前の君みたいな状況だ」
「笑っていい内容か分かりませんね」
「上手く見つかる時もあるが、そもそも毎回現れるわけでもないからな。探すために人員を割くわけにもいかない」
アズサ自身が未だに魔法少女でいることを求めている。
言葉だけでなく行動で示す、そのあり方を自分は否定できない。
同時に行動の原因となった力を与えた自分にはアズサに対する責任がある。
「常村二佐、私を現場に連れていくことは可能でしょうか?」




