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 楽な角度に傾けられた寝台で、食事に小さく口をつける。


「さっきの話、嘘じゃないんだよ」


「さっき、ですか?」


「今すぐにでも辞められるって話」


 ミワさんは寝台の隣で留まる。

 血の跡が見えない腕に包帯が巻かれることもなく、採血器具も既に視界の外に移されている。


「私の能力は教えてなかったよね。……魔法少女の力を奪う。相手の力を使えるわけじゃないから、どちらかといえば消すなのだけどね。だから、もう辞めたいって思った時には、私の元に来れば何とかできる」


 自分が長く魔法少女でいるためにも適した食事を勧める。

 そんな決意の場に持ち出された能力の話題には、遠くない予想ができた。


「もしかして、私の配属に、この施設が選ばれたのは、ミワさんが関係あったりしますか?」


「そのあたりはどうだろう? 保険の意味はあるだろうけど、あの博士が諦めたとも思わない。私も、これで一時的な配属だから」


「……実際に使われたことはあるんですよね?」


「力のこと? あるある。結構な頻度だよ。年に数回ってところ」


 次の言葉までには一度視線が外れる。

 決して部外者に届く話ではないが、考えられないことはない内容を聞く。


「魔法少女も中々難しい立場だからね。能力が個人から切り放せるものではないから、危険性を思えば管理が厳しくなるのも当然。怪獣相手に使われなくても破壊的だったりするから、本気で反逆されたら殺すしかなくなる――」


 魔法少女も人間でしかない。

 おそらく教育課程には、そういった人材を選り分ける役割も含まれる。個人で勝手に活動していた自分も、状況によっては任意同行で済まない処遇になっていたはずだ。

 当人の資質以前にも問題はある。人材も少なければ生まれた能力が用途に合うとも限らず、運用先を一点に集中させている現状、肩身のせまい思いをする者は少なくないのだ


 元々、怪獣への唯一の特効策でもなければ、存在が歓迎されることもない。

 事前検査で義務付けられた者はともかく、志願者にとって、余り物の名誉と定率の生活保証は割に合わないのかもしれない。


「だから、万が一の場合には、私みたいな能力持ちが便利使いされるわけだね。実力もあって何より制圧に便利だから。殺すより穏便だし」


「てっきり、前線の方かと思いました」


「無いこともない。これまでだと二度かな? 罰則というより本人の意思だけど。変身に何度も失敗するくらいならパッと手放せた方が楽というのは、たぶん皆が考えていることだと思う」


 変身に失敗するようなら以降の活躍は難しく、危険があるから引き止めるのも無理だ。運用される魔法少女の終着点ともなれば、帰還の車両を見送るばかりになるだろう。


 ミワさんから語られる話に、自分との関わりは薄い。

 怪獣相手の前線防衛など経験することのない遠い実態だ。


 だが、辞め方という一点では自分も苦労する。


 いずれ経験するそれへの不安はある。

 ミワさんの語りはそれを強く意識させるものだ。


「サツキは、どうやって辞めたい?」


「辞めないと言い切った以上、何かは考えておく方が良いですよね」


「何とでもなる部分はあるけど一応ね」


 自分を満足させるだけの理屈がいる。

 それは場当たり的なものではなく、過去からの経験を合わせた何か。


「魔法少女に成れたこと自体も偶然でした。本来の教育課程を経ないまま来て、今の待遇があることも、まだ信じられません」


 独力で得た環境ではないが、こうして魔法少女としての能力を持つ今の自分がいる。


「私、初めて魔法少女になった時は、怪獣に対して何もできなくて、他で迷子になっていた男の子を連れて避難所へ逃げ込んだんです。人助けができて嬉しかった面はありますけど、本当は魔法少女の助けになりたかった」


 これが本望であるはずだった。

 やり遂げるような目標でもなければ、また魔法少女の力に限る必要もない。

 意図しない自身の変化につられて目的を見失っていた。


「少なくとも……、ここへ来てからの君は他人のために力を使っている」


 沈黙は続かない。 


「魔法少女としての力で苦しむ者の助けに。彼らの内、全てでないにしても怪我からの復帰が叶えばいい。魔法少女の力を消すという選択も選ばせてあげられるはずだ。君の望んだ行動ができていないわけではないよ」


 良くも悪くも魔法少女の力は強い。いくら能力に悪影響があるとしても、肉体強化によって延命されている状態なら、簡単に手放せるものでもない。

 今の実験で彼らの弱点を補えるのなら、確かに一助になっている。


「……そうですよね。言っておきながら満足できないのは変ですね」


「そんなものだと思うけど? 正直、私としては、君の行動力に驚きたいところだよ」


 他人から見た印象では十分なのかもしれない。

 研究されるだけの能力を得て、実際に貢献もしている。今が当たり前に届いているというなら、この自分は、他人に告げられて満足できるような清楚ではないらしい。


「たとえばだけど、――私が力を失った時、年齢的にも限界で、それでも返り咲きたいって言ったら助けてくれる?」


「半端な力しかありませんけど、できれば助けたいです」


「なら、それでいいんじゃないかな」


 達成できる課題を積み上げるのではなく、在り方を問う。

 必ず報われるとも限らない在り方は、目先の変化にとらわれる自分には厳しいものだ。


「効果があるか分かりませんけど、……試しに受けてみますか?」


「こら。そういうのは本当に大事な時まで、とっておくものだよ」


「そうですね。効果は一度きりかもしれませんし」


 最初に忠告したことで仕事は済んだ。いつ立ち去ろうと構わないのに相談にも付き合ってくれていた。手鏡もなければ上手に笑みを返せたかは分からない。


 心地よい日当たりで過ごす内に、間食も終わる。 

 空の器を手放すと、横から反応が来た。


「しっかり食べ切ったね」


「せっかく頂いたのに悪い気がして。あの、ごちそうさまでした」


「いいよ。そこまで美味しいものでもないだろうし、次は好みの味付けを頼むといいよ」


 説得は十二分に効いた。再びとなると興味割り増しの猟奇的な訴えになりそうで怖い。 

 血入りの料理も珍しい話ではないが、そこまでするなら怪獣素材で十分だ。


「どう? パワーアップした感じある?」


「どうって、特に何も」


「そっか、最強の血でも駄目だったか」


「冗談ですよね。……それよりも最強なんですか?」


「それはもう! 学院時代では初年度以降は最優秀だよ。もっとも他に能力なんてなかったから、素手と剣鉈が武器だったけどね」


「私も……戦う能力ではなかったので、杖を振るっていました」


 固有の能力ではなく、共通の身体向上だけで活躍してきた人だ。


 苦労するはずの戦場でも長く活躍できるくらいに、身体操作は一人抜きん出たものなのだろう。

 複数人での連携が基本でも指揮のみではいられず、攻撃のためには接近すれば巨体相手だと死角ばかりになる。

 とはいえ、同じ戦術を選んでいた者として比較対象にはなりたくない。


「あれ悲しいよね。ただ殴るより、まだ食べる方が効果的って知ったのは」


「直接食べたんですか?」


「選べば食べられる。握りつぶすより確実だよ」


 研究所での日々は、そう長いものでもなく。

 自ら提案した仕事をこなしていく内に、派遣の期限がやってくる。

 いざ終わりに近づくと、過ぎ去ることばかりを数えた過去が見当違いに思えた。




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